錆喰いビスコ9 我の星、梵の星
5 ①
抱きしめた肉から、こぼれる──
真っ赤な死のぬめり。とめどなく
腕の中で、愛するものが冷たくなってゆく恐怖に、
レッドはその身を震わせて、
絶望に
「あああ……。」
「いやだ、いやだ、いやだ……!」
「あたしも一緒に死ぬ。」
「殺してくれ、」
「あたしを殺してくれ────ッッ!!」
***
「う……!」
「! レッドさん!」
ミロは寝台で身じろぎした
「いやだよ。いかないで。ミロ……!!」
覚醒してはいないようだが、その童顔は苦しげに
(レッドさん……。)
どんな夢を見ているかはわからないが、ミロは
(……この
入り組んだ
(この人は。一体どれだけ、つらい思いをしてきたんだろう?)
ミロの優しい手に触れられている間だけ、レッドは呼吸を落ちつけるようだった。ミロは青く星のような瞳でその寝顔をひととき見つめ、それで触診を終えた。
『別時空から女ビスコが降って来た』──
という尋常ならぬニュースは、すぐにチロルによって共有され、現在は
あの
(心はともかく、
「ミロ、もう入っていい?」
「あっ、チロル!」
病室の外から、チロルの軽薄な声がする。
「待ってね、いま服を着せて……」
「いいらしい」
「うむ、どれどれ……」
「やっぱ疑わしくなってきたわ。こんなバケモンが、ほんとに俺なのか~~~?」
「ああっっ、だめだって、こら、入ってくんなっっ!!」
ミロが制止するのも聞かず、ならずもの三人がゾロゾロと病室に入ってきた。ミロの繊細な施術を台無しにするがことく、
(((じい~~~っっ)))
寝台の前後左右から無遠慮にレッドを
レッドは目覚めぬまでも露骨に息苦しさを感じたのか、「ウ~~~ン!!」と
「ほほ~。これが女
「こ、これが……!!」
「コラ──!? 女子二人!! ちょっとは遠慮しなさい!!」
品定めするようなチロルと、まなこを見開いてレッドに
「いまだに納得いかねえぜ。見ろ、狂犬じみたこのツラの、どこが俺なんだ!? こんなのが世の中に放たれてみろ。法も平和もあったもんじゃね~」
「あんた鏡見たことないの?」
「法も平和も
「本気かお前ら!? 何とか言ってやれミロ、こいつそもそも──」
「女じゃねえか、って言いたいのもわかるけど」
女子二人の想像以上の
「医学的見地で見ても、この人の組成はほぼビスコだよ。チロルの分析どおり、黒時空の人達はみんな性別が反転してるんだと思う」
「ふう~~~ん……」
「ま、もともと
「どういう意味だ!? 説明しろ!!」
「……説明してもらうのはこちらのほうだっ!」
びくっ! と
「女になった自分を見てみろ、亭主殿。すべてが私より大きいではないか!? 妻の私に恥をかかせおって、どういうつもりなんだ!」
「ええっっ!?」
「そうだよ。どういうつもり!?」
「知ったことか俺がァ───っっ!?!?」
(う、うう……)
やかましい声が……
さすがにレッドの混濁した意識の奥にとどき、
(う、うるせ~~……!!)
正当な感想を導き出す。
濁った頭のまま薄目を開けても、まだ視力や聴力は回復しきっておらず、何も見えない。ただ感触で理解するには、自分は何か寝台のようなものに寝かされていて、様々な計器で
(どこだここは。あたしは、一体……!?)
曖昧な意識のまま本能的な危機を感じたレッドは、
(ま……)
(まずい、)
(
「……うううおおおおお─────ッッ!!」
ばぎんっ!
「「「ああっっ!!」」」
レッドを
「どおおおらッッ!!」
筋肉に
「ヒェ──ッ!! 起きた!!」
「こいつ!」
「ビスコ、ステイっ! レッドさん、落ち着いて!」
ミロは慌てて一同の前に立ち、意識が混濁したままのレッドを説得しようとする。
「僕たちは敵じゃありません。あなたは精神に深いダメージを受けている……僕を信じて、治療を受けてください!」
「お、おまえ、は……?」
「僕は、
明るく理知的で、涼やかな声。少し音域が低いようだが、それでもレッドの心を優しく包むような、相棒の声だ。
「ビスコの相棒です。学校でてます! だから安心して……」
「……ミロ? そんな、そんなはず、ない……」
いかなる患者もなだめてきた、美貌のパンダ医師の優しい声にほだされかけて、レッドは先の悪夢を
この声が、この暖かさが、ミロであるはずがない。
「だって……ミロは、死、死──」
「おい、やばいぞ。
「レッドさん、しっかりして!」
「その、声で! 話しかけるなあああ────っっ!!」
思い出したくない、深く封印した記憶に焦がされるようにして、レッドの全身の
「わああ──っ!?
熱波でめらめらと燃える貴重な書物を前に、チロルがお下げを逆立てて騒ぐ。
「ちょっとミロ! あんたの声で落ち着くどころか、逆効果じゃん!」
「ど、どうして!?」
「いんちきパンダの本質を早くも見抜いたらしい。さすがは俺といったところだ」
「どこがいんちきか言ってみろおいっっ!!」
「退がれ、男児どもっ!」
少年たちが
「このままではレッド殿の傷が増すばかり。もう一度気絶させる他あるまい。
「パウー、だと……!?」
ふらつく頭にその名を聞いて、レッドがハッと顔を上げる。視力の戻り切らないその瞳の前に、活人の
「ご無礼、許されよ! けええええりゃあ────ッッ!!」