第三章 第七階位②

 俺が不思議に思っているとお化けの身体からだはぐずぐずとくずれて、黒いきりになって消えていった。その一部始終を見ていた俺は思わず父親の方を見た。

 か。決まっている。

 あのお化けを燃やしたのは父親だからだ。

 窓に張り付いたしゆんかんに、父親の方から半とうめいの糸みたいなものがびて、それが化け物を包んだしゆんかんに燃えたのだ。

 ほうだ。

 俺は生まれて初めて見るそれに思わず目をうばわれた。張り付いていた化け物のことなんて忘れてしまうほどに。

「イツキ。なんともなかったか?」

「パパ! すごい!」

「わはは。すごいだろう。こう見えてもパパは強いふつで……」

「パパが糸ばしてた! それで燃えた!」

「……むッ!? 今のが見えたのか!」

 俺が目の色を変えてそう言うと、父親は顔色を変えた。

「き、聞いたかカエデッ!? イツキはの『シルベイト』が見えてるぞッ! 『しんがん』持ちだッ!」

「……い、イツキ。本当に見えたの?」

 母親が勢いよくり向いて、そう聞いてくる。

 シルベイトが何かは良く分からないが、さっき父親からびていた糸がそうなら、ちがいなく見えていた。

「うん。見えたよ!」

「て、天才だ。イツキは天才なのかも知れんッ!」

 父親がやけに盛り上がっているが、これはいつものことである。

 というか糸が見えただけで、そんなに盛り上がっているのが良く分からなかったので、父親にたずねた。

「パパ。しるべいとって何?」

「イツキ。さっきお化けが急に燃えただろう?」

「うん。火がでてた」

「あれがほうだ。そのほうを使うにはシルベイトが必要なのだ」

「さっきの糸?」

「そうだ」

 父親に言われて俺は確信した。

 やっぱりさっきお化けが燃えるときに父親が使っていた半とうめいの糸がシルベイトなんだ。だが、それが見えたからって何があるんだろう。

「見えたらダメなの?」

「まさか! ただ、つうは他人のシルベイトほうなしに見ることは出来ないのだ。だからこそ、そのしんがんのどから手が出るほどしがるふつあふれるほどいる。しかし……」

「むー?」

「そのは努力では手に入らない。天性のものなのだ。イツキ! お前はすごいぞッ!」

「わっ!」

 急にめられて、思わずパンを落としそうになった。


 そこからは化け物におそわれることなく首都高を走りけて、東京をけて北の方に向かうこと数時間。

みなさまとうちやくいたしました」

「うむ。ご苦労」

 ちゆうでトイレきゆうけいなんかをはさみながらも、運転しっぱなしだった運転手さんが車をめたのはこれまた大きな門の前。

 この門、ウチよりデカくない……?

 そもそも家の前に門を構える時点でいつぱんじんからはかけはなれた財力があることはちがいないのだが、一口に同じ門とはいってもその大きさで財力の格差を感じざるを得ない。

「イツキ、初めての車はどうだった?」

「楽しかった!」

「そうか。お前が五歳をむかえれば、また乗れる日も来るだろう」

 何なんだよ、その七五三のたびに何かが来る方式。

「つぎ五歳? どして?」

「『カイジユツ』が使えないと、外には出られない。カイジユツというのはな……簡単に言えばりよくあやつる技術のことだな。これがないと〝〟にわれる。危険なのだ」

「パパがつかってたほーとはちがうの?」

「その手前の技術だな。カイジユツ身体からだの中のりよくあやつる。その後、りよく身体からだの外に出す『ジユツ』というわざを学び、晴れてほうが使えるようになるのだ」

「むっ……」

 きゅ、急に難しくなってきたぞほうが。

 カイジュツにシジュツ……?

 何が何だか全然分からん。ほうはもっと簡単に使えると思ってたんだけど……。

 俺が顔をくもらせていると、父親が大きく笑った。

「わはは、そうくな。カイジユツの練習を始めるのはこれから。ゆっくり時間をかけて、五歳までに使えるようになれば良いのだ。すぐに使えるようになる必要はないぞ」

「四歳でかいじゆちゆが使えたら外でれるー?」

 カイジユツと言いたかったのだが、れつが回らなかった。だが、父親にはちゃんと伝わったみたいで、「おっ」とかたまゆを上げた。

「そうだな、使えるようになればだが」

 そして、俺をきかかえた。

「聞いたかカエデ! イツキはもうカイジユツを学ぶ気だぞ」

「えぇ、聞いていましたよ。あなたがイツキに熱をあげるのも分かりますけど。あまりイツキにめ込みすぎてはダメですよ」

「う、うむ。分かっている……。だが、カエデ。イツキは生まれてひとつきでおぼろげだがカイジユツを使っていた天才だからな……」

「もう。そんなのたまたまじゃないですか。それに、あまりに持ち上げては他の家の方に笑われますよ?」

「……む。だが、いや、しかし、イツキは天才だと思うのだが…………」

 がお母様は、ヤクザもかくやという父親とちがって細身の日本美人というで立ちなんだけど、そんなに父親が丸め込まれているのを見ると人って本当に見た目によらないんだな、と思う。

 というか、さらっと話が流れてしまったがカイジユツはずっと俺が使ってきたやつだよな?

 意図的にいを起こしたり、逆にりよく身体からだめ込むために身体からだりよくはずっと動かし続けてきた。父親の言っていることから考えるに、あれがカイジユツだろう。

 なんということだ。俺はいつの間にかほうを使うためのファーストステップを乗りえていたのだ。

 俺が意外に思ったのは、りよく身体からだの外に出す方法が『あれ』以外にあったということだ。知らなかった。ずっと、うんちをすることだけがりよく身体からだの外に出す方法とばかりに。

 しかし、冷静に考えてみればほうを使うときにりよくを使うのなら、身体からだの外に出す方法があることくらいつうに思いつくな。なんで俺はあんなにうんちにこだわってたんだ……。

 俺は自分の二年間にショックを受けながらかみありづき家の門をくぐると、立派な階段がむかえてくれた。

 ……門の先に石階段?

 先にあったのは神社の入り口みたいな階段。どんな家なんだ、かみありづき家。

 俺がそれにビビっていると、横から母親がやさしく語りかけてきた。

「イツキは石の階段見るの初めてだもんね。びっくりしたでしょ。ひとりでのぼれるかな?」

「のぼれる!」

 母親から心配の声をかけられたので、俺は勢いよくうなずいた。

 しかし、こんな立派な家の門をくぐるときにうんちのことを考えていたのは多分俺が最初で最後だ。心の中であやまっておこう。

「イツキ。この七五三にはお前以外にも他の家の子どもが来ている。仲良くできるか?」

「うん! 仲良くする」

 階段をのぼりながらうなずいたが……正直、おくれする。だって、人見知りだし。いや、相手は俺と同じ三歳の子か。だったらきんちようするのも変な話だな。

 他の家ってのはちがいなくふつの家の子で、いを乗りえたってことになる。どんな子が来るんだろう?

 わんぱくキッズだったりするのかな。わいい子だったらちょっとうれしいけど。

「確か今回いらっしゃるのはつき家としもつき家ですよね?」

「あぁ。しもつき家がイツキと同じ早生まれだから、つき家だけとししたになるな」

流石さすがに三家とも同いどしとはいかないんですね」

「そうだな。それに両家とも女の子だ」

「そう、ですか。まだ男の子にはめぐまれていらっしゃらないのですね……」

「側室を入れるか、養子を入れるという話も出ているらしい」

「大変ですね」

 石階段をのぼっている俺をはさんで大人の会話がり広げられる。

 やってくるのは二人で、二人とも女の子か……。別に相手が女の子だからとおくれするわけではない。どちらかというと、俺が気になっているのは母親の『男の子にはめぐまれていない』という言葉の方だ。

 ふつは基本的にだんそんじよ。というか、家父長制と言ったほうが正しいかもしれない。つまり、昔の日本のしきたりをいろく残しているのだ。だから家をぐのは基本的に長男。女の子だとげないらしい。

 というか……いま父親は側室って言わなかった? 側室ってあれだよな。本妻とは別の奥さんのことだよな……? じゆうこんすんの……?

 生まれてこの方、彼女どころか母親以外の女の人と手をつないだことすらない俺からすれば信じられないがいねんだ。というか現代の日本でそんなことやってもいいの? 犯罪じゃない?

 そんなもんもんとしたものをかかえながら、俺は最後の階段を飛びえる。

刊行シリーズ

凡人転生の努力無双3 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影
凡人転生の努力無双2 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影
凡人転生の努力無双 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影