第三章 第七階位①

 三歳になった。

 言葉にするととても簡単に聞こえるが、一歳から三歳への成長は大きなものがある。

 まず、一人で歩けるようになった。食事だってにゆうしよくじゃなくて、ちゃんとしたものが食べられるようになった。それになによりトイレが一人で出来るようになったのだ!

 なんという成長。これで毎度毎度たびに、母親の手をわずらわせることがなくなった。なくなったので、トレーニングのひんを高めることができた。ひんが高まったので、うつわの成長も早くなった。

 さらにこれはうれしい誤算だったのだが、トレーニングでうつわが成長すると取り込むりよく量が増える。多分だが、りよく量を調整できない幼い身体からだは『もっと取り込まないと』とかんちがいして、それだけ取り込んでしまうのだろう。

 おかげで、俺はいが起きなくなる日……身体からだが成長しきる最後のしゆんかんまでうつわを成長させることができた。二歳の最後の方なんかは一日に二十回以上もいを起こしていたのだ。

 それで……これ、最初の何倍になってんだろ?

 多分だけど、最初の数十倍とか数百倍とかになってないだろうか。生まれたときのうつわの大きさなんて覚えてないので完全に体感だけど、それくらい大きくなっている気がする。

 俺はいつものくせはいせつトレーニングをしようとりよくをおなかに集めてみるが、ふわっ、と温かくなっただけで何も起きない。

「……ん」

 やっぱり、何度ためしてみてもいは起きない。自分の成長をはだで感じながら、俺はうれしいような悲しいような、そんな気持ちになりながらとんの上に横になる。

 そろそろ起きないと……と、思っていたら障子を開けて母親が入ってきた。

「イツキ。起きてるかな~?」

「ママ、起きてるよ!」

「今日は『七五三』だから家の外に出れるよ。楽しみにしてたもんね!」

「うん!」

 勢いよくうなずく。

 何しろ母親の言う通り、俺は家の外に出るのだ。

 テンションの上がったまま、俺は思わず聞いた。

「外出れる? ちゃんと出れる!?」

「そうだよ。ほら、おえしようね」

 家から外に出ていないというのは、じようだんでもちようでも何でもなく本当の話だ。子どもなら絶対受ける予防接種とか定期けんしんとかはわざわざ医者が家にやってきて受けているのである。

 生まれたときに俺が感じた『もしかして金持ちの家?』という予想は大当たりだったのだが、いくら金持ちだからって意味もなく子どもを一回も外に出さないなんてありえない。

 だから何か理由があると思って父親に聞いたところ『〝〟におそわれないため』と返ってきた。モンスターはりよくを求め、人をおそう。その中でも子どもは特にねらわれると。

 俺はその日にテレビで見た動物番組のことを思い出し、みようなつとくした覚えがあったりする。野生動物もねらわれるのは子どもや病気の個体など、おそいやすい生き物らしいし。

「イツキ。えたか!」

「まだ!」

 うわさをすればなんとやら。父親が勢いよく部屋までやってきた。

 だんは仕事でいそがしくしている父親も今日だけは無理を言って休みをもらってきたらしい。ふつにとってそれだけ七五三の意味するところが大きいのだ。

 何しろ七五三は子どものりよく量を測定する行事。

 これで本人の人生はおろか、家のせいすいまで決まる……らしい。とんでもないことだ。まさか三歳にして家の期待を背負うようなことになるとは。

きんちようしてるか、イツキ」

「してない!」

 うそだ。めちゃくちゃしてる。

 というか、期待かけられまくりの状態できんちようしない方が無理あるだろ。

 思い返せば前世だと就職したしゆんかんに人生の進路が決定的になった。だが、あれはあくまでも自分の人生だけで家の期待なんてものはくっついていなかった。しかし、考えたからと言ってきんちようがどうなるわけでもない。

「よし、行くか。イツキ」

「行く!」

 え終わるやいなばされた父親の手を取って、部屋の外に出る。

 それだけで父親の顔がほころぶ。

「朝ごはんは車の中で食べるんだぞ」

「くるま! くるま乗れるの!?」

「そうだ。ぶーぶーだ!」

 片目に眼帯した傷だらけの男が『ぶーぶー』なんて言葉を口にするのは、血をき出すときのくぐもった息れくらいだと思っていたのだが、そうじゃないらしい。

 てか、その見た目でぶーぶーて……。

 俺はやや引きながら父に手を引かれながら門をくぐって家の外に出た。外に出てから目に入ったのは数年ぶりに目にするアスファルトの道路と、そこに門の近くにめてある黒い高級車。そして、車の前で姿勢を正すスーツ姿の青年。

いか、イツキ」

「どうしたの? パパ」

 思わずうきあし立ってしまい今すぐにでも飛び出したい気持ちになっていた俺の手をぎゅっとにぎりしめて、父親が立ち止まる。

「これから『かみありづき』家に向かう。そのちゆうは何があっても、どんなことがあってもパパからはなれぬことだ」

「う! 分かった!」

「良い子だ」

 いまさら理由を説明されなくても、俺はちゃんと理解している。

 父親からはなれたせいでモンスターに殺されました、なんてシャレにならない。絶対に父親からはなれないからな俺は。

 俺たちが向かうやいなや、車の近くに立っていた青年が深々と頭を下げた。え、だれ

「お待ちしておりました。そういちろう様」

「やめてくれ。今日はこの子が主役だ」

 しかし、父親はそんな青年にこんわくした様子もまどう様子も見せずに、すっと受け入れてしまっている。

「失礼いたしました」

い。今日はたのむ」

 父親の言葉で、何だかじようきようつかめてきた。この人あれだ。運転手だ。

 いや、待て。運転手が車を運転してくれんの? ウチってそんなにお金持ちなの?

 俺が目を白黒させていると後部座席のドアが青年の手によって開かれた。

「イツキ。これが車だぞ!」

「ぶ、ぶぅ……」

 俺が目を白黒させているのを車におどろいているんだとかんちがいしたっぽい父親による説明をらい、思わず子どもらしくす。あの、俺が気になってるのは車じゃなくて運転手……。

 しかし、そんなことを口にするのも変なので、俺は用意されたチャイルドシートにぎようよくすわった。その横にすわるのは母親ではなく父親だ。

「では、出発いたします」

 バックミラーを使って俺のシートベルトが正しく付けられていることを見た青年が車を進める。運転手なだけあって、とてもおだやかな加速だ。都内でタクシーに乗るとこうはいかない。

「あなた、これをイツキに」

「うむ」

 母親が父親にわたしたのはカレーパンのふくろ

 何をかくそう俺はカレーパンが大好きなのだ。しかも、なぜかこっちの世界にやってきてから初めて好きになった。そういう意味ならというべきか。前世では特に興味もなかったんだけどな。食の好みが変わるなんて、転生は不思議だ。

 父親伝いでわたされたパンをもそもそと食べながら窓の外をながめる。

 生まれて初めてみる日本の風景だったが、俺の感想は『前世と何も変わらない』だった。

 ほうがある世界だから中世っぽい建物の外観だったり、さむらいみたいな格好をした人が歩いていたりと、そういう変わったことをちょっと期待したのだが……まぁ、そんなことはない。

 テレビを見たときからうすうす気がついていたが、やっぱりここはつうの日本だ。もしかしたら、ほういつぱん的じゃないのかも。

 そんなことをボンヤリ考えていると、車が交差点をおだやかに左折する──そのしゆんかんだった。

 ドン、とにぶい音が車の後ろから聞こえた。

『ねェ』

 それとかすれた女の人の声が聞こえたのは同時だった。

 ぬっと、車の後ろから声とともに顔が現れる。かみの毛が風にられて後ろになびきながら、ばっくりと開いた大きな口が見える。いや、ちがう。顔には。そんな不気味な化け物がドン! と、窓をたたく。

 あしみたいに化け物の細い指が窓いっぱいに広がる。

『見えテるんでしょ?』

「ふぎゃあああ!?」

 化け物と目が合った俺が悲鳴をあげるのと、ソイツがするのは同時だった。

『ぎゃぁあああああ!』

 火だるまになった化け物が車からがれ落ちる。思わずり向くと、化け物の身体からだは数回アスファルトの上をバウンドすると、ほのおにもがき苦しんでいるようだった。

 だが、通行人も他の車もそれを気にしている様子はない。

 ……見えてない?

刊行シリーズ

凡人転生の努力無双3 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影
凡人転生の努力無双2 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影
凡人転生の努力無双 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影