新しい人生で初めてできた友人がおむつかと思うと不安で仕方がないが、終わり良ければ全て良しとも言うし、前世では出来なかった友達づくりも現世では頑張っていきたい。
そんなこんなで魔喰いから逃れるために始めた排泄トレーニングはすっかり自分の中に染み付いていて、今もまさに終えたところだ。
「イツキ。今日も魔力出せてえらいね~!」
「まちょ! まちょー!」
「そう。たくさん出さないと、お腹いたいいたいなるからね」
母親から褒められると嬉しくなって、思わず俺は手を叩く。
トレーニングを始めてから数日ほど経ったのだけど、体外に出すようにしたら目に見えて母親が安心しだした。遺影の列を見れば、安心する理由は痛いほど分かる。
だからというわけではないが、排泄トレーニングにも熱が入る。やっぱり母親にはできるだけ安心していて欲しいと思うのだ。
一瞬だけ魔力を器に戻して、外に排出すれば俺は美味しいところだけを得ながら魔喰いの恐怖から逃れられる。魔喰いの仕組み的に俺がそれで死ぬことはないのだ。
やってることと、途中の姿はあれだけど、これでも俺の人生初めての親孝行だと思ってます。
というか、母親が安心しているところを見ると、不思議と俺も安心する。その気持ちを思い返してみれば前世でも子どものときはそんな気持ちを抱いていたような気がするのだ。俺は一体いつからそんな気持ちを忘れてたんだろうか。
俺が母親にされるがままになっていると、父親が部屋に入ってきた。
「楓。今年の『七五三』が終わったぞ」
「……そう、ですか」
その途端、露骨に母親の表情が曇る。
なんで七五三で……?
いや、思い返せば母親は『どうか無事に、三歳を迎えられますように』と言っていた。
ということは、七五三で何かあるんだろうか?
「心配するな。イツキは強い子だ。きっと、何事もなく三歳を迎えてくれるはずだ」
「本当に、無事に育ってくれれば良いのですが……」
そういう母親の言葉尻はどんどんと小さくなっていく。
き、気になるなぁ……。
祓魔師になることが決まっているなら、死なないために強くなる。
そう目標を立てたのは良いけど、祓魔師になる前に死んでしまっては元も子もない。だから気になるのだ。三歳までに何が俺に襲いかかってくるのかが。
父親も母親も明言しないから、俺の中で不安がだんだんと募っていく。
けど、俺はもういつまでも寝ているだけの赤ちゃんじゃない。分からないことは聞いてしまえば良いのだ。
「ちゃんちゃ?」
三歳、と言いたかったのだが、やっぱり歯が生え揃ってない口だと上手く言葉が発せない。
発せなかったのだが、父親が凄い勢いで食いついてきた。
「楓! いまイツキがパパと言わなかったか!?」
最近気がついたのだが、父親は親バカである。
そんな父親に苦笑しながら、母親が続けた。
「違いますよ。この子は三歳と言ったんです」
「もう言葉が分かるのか! 賢いな!」
「もちろん分かりますよ。絵本をたくさん読んでるんですから」
「そうか。やっぱりイツキは天才だな!」
父親はそう言うと、そっと俺を抱きかかえた。
「良いか、イツキ。三歳までな、お前は何度も魔喰いに襲われるだろう」
「む……」
「だが、三歳を過ぎたら身体が必要以上の魔力を身体に取り込まなくなる。そうすればお前はもう魔喰いに襲われなくて済むのだ!」
……何?
思わず眉をひそめてしまう。
「わはは。イツキにはまだ難しかったかな?」
そう言って父親が高らかに笑うのだが、俺が気になったのはそこじゃない。
三歳になれば魔喰いに襲われなくなる。確かにそれは良いことだ。今みたいにずっと魔力量に気を配っておく必要がなくなるんだから。だが、だからと言って手放しに喜べるようなものでもない。
魔喰いが起きなくなるってことは器を大きくすることが出来ないということじゃないのか。
「イツキが三歳になれば七五三か。魔力量の測定もあるな」
「そうですね。本当に、無事に育ってほしいです」
何だか俺の知っている七五三と意味が違う気がするが、そんなことはどうだって良い。器を大きくするトレーニングを行えるのがあと二年しかないというのが問題なのだ。
何しろ魔法の使用回数は魔力量に依存する。
寝る前に父親から聞いた話によると、祓魔師の死亡率の第一位はモンスターからの不意打ちで、二番目は魔力切れ。だから器を大きくしておくことは必須である。
そうだというのに魔喰いになるのが三歳までとなるとトレーニング期限は残り二年。これを問題と言わずしてなんと呼ぶ。
……魔喰いの頻度を増やした方が良いかもしれない。
せっかく生まれ直したのだ。『あの時、ちゃんとやっておけば』なんて後悔をしたくない。
そんなことを考えながら父親に抱っこされていると、ふと父親が首を傾げた。
「なぁ、楓。イツキの魔力総量……増えてないか?」
「えっ?」
突然、呼びかけられた母親がきょとんとした表情を浮かべる。
器に入る魔力の総量が増えているということは、たった数回だけどトレーニングの成果が出ているということになる。俺はやり方を間違えていないことを悟って、思わず笑った。
もっとだ。もっともっと大きくする。魔力切れなんて起こさないように。
トレーニングを続ける決意を固めている横で、母親が明らかに呆れた様子で父親に告げた。
「何を言ってるんですか。魔力総量は生まれたときから決まってるものでしょう?」
「それは、そうなのだが……」
父親は歯切れの悪いことを言いつつ、表情を濁らせる。
へー。魔力総量って生まれたときから変わらないんだ。
……ん? じゃあ何で俺の器は大きくなってるんだ?
自分でも量は増えたと思っているし、父親も増えたと感じている。
だから、それ自体は間違いではないはずだ。
「気のせい、か? いやしかし、前に抱いたときは今よりも少なかったと思うが……」
「〝魔〟と戦いすぎなのではないですか? きっとお疲れなんですよ」
「……ふむ」
納得のいっていない様子の父親は頷きながら俺を『たかいたかい』する。
それがくすぐったくて笑ってしまいながらも、俺はふとある可能性に思い当たった。
もしかして、器が成長するのは三歳までなんじゃないのか。
つまり、三歳までは身体が適正な分の魔力を取り込めないため、キャパオーバーし魔喰いを起こす。魔喰いが起きるから器が成長する。でも、三歳になるにつれ身体が器に合わせた魔力量の取り込みが出来るようになってくる。そして魔喰いが起きなくなる。魔喰いが起きないから器の成長は止まる。
そして、魔力総量を測るのは七五三のとき。完全に成長が終わったときだ。
だから器を広げられる──つまり魔力総量が増やせることが知られてないんじゃないのか。
いや、そもそも『増やせる』という考えが間違いなのかも知れない。
俺だって魔力を操れることを知らなかったら、自分で魔喰いを起こして器を大きくするなんてことは思いつかなかった。同じことを自我の芽生えていない普通の赤ちゃんができるとは思えない。
だから正しくは三歳までに増えているなんじゃないのか?
それは、もしかしたら俺の考えすぎなのかもしれない。
ただ、事実として俺の魔力総量は増えている。
それだけ分かれば十分だ。後はこれを続けていくだけ。
だから俺は、気合いを入れるために腕を目一杯のばした。
「おーっ!」
「いまパパって言ったぞ!?」
言ってねぇよ