プロローグ②

「君は、この街でその《アンロウ》を飼っている。政府直属『カルテシウス』のエージェントとして! そして君は、君が経験した事件について話す。それを私が吟味し、『カルテシウス』の上に報告する。立場と状況を理解したまえよ!」

 なぜならと、ジムは両腕を大きく広げた。

「治安の悪化に始まり、公的施設の破壊、さらには『カルテシウス』への背反の容疑だ!」

「心外だね、ちゃんと真面目に働いていたのに。こんな目に遭うとは姉さんに『カルテシウス』に勧誘された時は思って……いや、ちょっとは考えたかな? まさか本当にこんな目に遭うとは思っていなかったし、相手が君だとは思わなかった」

「誰を想定してたんだい?」

「姉さん」

「わははははははははは!」

『カルテシウス』。

 ジムの言う通り、彼もノーマンも、話に出てきたノーマンの姉もそれに所属する研究員、あるいはエージェントだ。

「知っての通り、我々は《アンロウ》という超常存在の研究・調査あるいは対処を行うわけだ。私は研究者として、ノーマン君や君の姉が実働のエージェントとして所属しているわけだね」

 彼は立ち上がり、机に置かれたバインダーを手に取った。

「《アンロウ》はその危険性から秘匿されるべきとされている。ま、そりゃそうだ。基本的に外見は人間とほど変わらない。危険性は言うまでもないがね。だからこそ──我々『カルテシウス』の一部のエージェントは《アンロウ》を管理し、運用しているわけだ。君のようにね」

 そこから取り出した書類は四枚。

 ジムは写真付きのそれを眼前の机に並べた。

「───」

 ノーマンは薄いブルーの瞳を細めて、それらを見据え、ジムは言葉をつむいだ。

「《涙花テイアードロツプ》」

 フードをかぶった銀髪の少女。黄色い目はそっぽを向いている。

 つまらなそうな瞳はまるで世界の全てを見放したような、そんな視線。

「《魔犬シリウスフレイム》」

 長い金髪の背の高い女。首を傾けて控えめにほほ笑んでいる。

 こんな自分が写真を世界に残すのは申し訳ない、そんな仕草。

「《宝石エンハンスダイヤ》」

 褐色の肌に、黒い髪の女。一房だけ赤い前髪と不敵な笑み。

 世界の全ては自分を中心に回っている、そんな雰囲気。

「《妖精エアリイステツプ》」

 亜麻色の髪の少女。ウィンクと共に手の甲を向けたピースサインを顎に添えている。

 世の中にどんなことがあっても彼女は笑っていそうな、そんな笑顔。

「合わせて四体、君の玩具のバケモノたちについて話を聞きたくてねぇ」

「────バケモノじゃない、人間だ」

 ノーマンの暗くよどんだ青とジムの輝く金の視線がぶつかり合い。

 ───ジリジリジリ! という、通信機の音が響き渡った。

「…………やれやれ、興ががれたね。出てもいいかい、ノーマン君」

「…………好きにすれば?」

「では」

 肩をすくめたジムは、通信機につながれた受話器を取りに行く。

 そのまま数言、言葉を交わし、

「…………ふむ」

 首をひねりながら椅子に座った。

 机の上に広げられた四枚の写真をじっくりと眺め、

「ノーマン君、君はこのバケモノたちが人間だという」

「あぁそうだ。ついでに言うとわいい女の子たちだね」

「なるほど」

 ジムは一つうなずき、真顔で口を開き、


「その四人、外で殺し合いしているようだよ?」



 人気のない夜の街道に、銀色が舞う。

 腰まで伸びた長い髪が、少女の動きを追いかける。

 わずかな街灯を浴びてきらびやかに輝いた。

 特徴的な暗い黄色の瞳も。活動的な少年のようなよそおいは、顔以外に一切の露出がない。

 両手でさえ革手袋を着け、そしてきやしやな少女に不釣り合いなものを構えていた。

 身の丈もある狙撃銃だ。

 通常、はらいになった状態で使用される火器ではあるが、

「あぁもう本当に鬱陶しい……!」

 少女は端整な顔立ちをいらたしげにゆがめ、立ったままに引き金を引いた。

 響くのは銃声────だけではなかった。

 物理的な空気の震えではない。

 もっと、別の何かに伝わる振動。

 それを、

『オオォォォォォォォォ────ン!!』

 獣のようなほうこうとともに、また別の何かが暗闇から打ち砕いた。

 姿は見えない。

 ただ、真っ暗な闇の中で赤いそうぼうが輝いていた。

「───品性が足りませんね、シズクさん」

 赤のそうぼうとがめるような言葉をつむいだ瞬間、

「品性があれば良いという話でもないだろう!」

 横から乱入者の飛び蹴りがたたまれた。

 衝撃とごうおん

 赤瞳の影は街灯の下に飛び出すことなく闇の中に吹き飛ぶ。

「ハッ! い蹴り心地だエルティール!」

 高らかな笑い声と共にまた新しい女が着地する。

 一房だけ赤く染めた黒髪、くわえた煙草たばこ、褐色の肌の男装の美女。

 黒のジャケットは袖を通さずに肩に掛け、右脚のズボンの丈は大胆に切り落とされている。

「礼はいらんぞシズク!」

 名を呼ばれた銀髪の少女は返事代わりに引き金を引いた。

 至近距離からの発砲は一瞬で黒髪の女の胸に着弾し、

「相変わらず見た目に似合わない銃だが───私には効かんな」

 何かにはばまれ豊かな胸に転がった弾丸を失笑気味に女は指ではじばす。

 奇妙なことに銃弾はひしゃげ、肌どころか服すら傷つけられていない。

「ちっ──!」

「おいおい、そう嫌がるな!」

 銀髪の少女は背後に退く。

 それを褐色の女が追った。

 元々数歩分しか離れていなかった距離がつまるのは一瞬。

 女はとした笑みを浮かべながら拳を振りかぶろうとした時だった。

 ────こつん。

 これまでになかった小気味のい音、そしてそれに続いたのは、

「それではボクがお返しをあげよう、ロンズデーさん」

 耳に届く新たな声。

「……!」

 とつの動きで、背後を裏拳で振りぬいた。

 響くのは、鈍い破砕音。

 非常に固い物体を無理やり殴り砕いたような音。

 だが、その場には何もない。あるのは薄暗い街の明かりだけ。

 それでも、女は確かに何かを殴っていた。

 銃弾でかすり傷すら付かなかった肌に血がにじんでいる。

 女はそれにすらも口端に弧を浮かべ、軽やかな歩みで現れた少女に叫んだ。

「遅かったな、妖精」

しんうちは最後に現れるんだよ、宝石さん」

 亜麻色の髪に制服の少女。

 右目のあさいろと左目の淡い桃色のこうさい異色が闇夜の中で輝いている。

「…………クラレスさん」

「やぁシズクちゃん。ボクに感謝してくれてもいいんだよ」

 褐色の女が足止めを食らっていた間に距離を空けた銀髪の少女が乱入者の名前を呼ぶ。

 その口調は、言葉を交わすことすらいまいましいと言わんばかりに絞り出すようなもの。

 言いたくはないけど、言わずにはいられない、という感じ。

「…………誰が。ロンズデーさんが反撃しなかったら私にも当ててましたよね」

「くすくす。さぁ、どうだろうか。君はどう思う、エルティール」

「……相も変わらず、けむくお人ですね」

 オッドアイの少女の問いに答えたのは、黒いもやから姿を現した長身の女だった。

 豊かな金髪の美女。

 特筆すべきは二メートルに届きかねないたいだ。

 首から下の全身をぎのトレンチコートで覆っている胸元は大きく膨らんでいる。

「中々目の保養になるかつこうだな、エルティール」

 トレンチコートの下は、全裸だった。

「放っておいてください」

 女は嘆息し、目を伏せながらわずかに鼻を鳴らす。

「───勢ぞろいですね」

 銀髪と狙撃銃を持つ少女、シズク。

 金髪と全裸コートの女、エルティール。

 黒髪と褐色肌の女、ロンズデー。

 亜麻色の髪とステッキを手にした少女、クラレス。

 四人の少女と女たちが、暗いあかりの下でたいし合う。

刊行シリーズ

バケモノのきみに告ぐ、2の書影
バケモノのきみに告ぐ、の書影