プロローグ③

 まず口を開いたのはクラレスだった。

 エメラルド色のステッキをこつんと一つ鳴らし、

「さて。目的は一緒なわけで、どうしたものかなこの状況。一応聞いておこうか。どうかな、ボクたち四人で仲良くノーマン先生を助けに行くというのは」

 妖精とも呼ばれた少女は華やかな笑みで三人に問いかけ、

「…………ありえないでしょう」

「結構です」

「冗談にもならん。正直に言ったらどうだ? 自分がメインヒロインになるから、私たちに引き立て役になれと」

流石さすが。話が速いねぇ」

 くすくすと、クラレスは笑い、ステッキの柄を手の中で遊ばせながら視線を向ける。

「ボクとしてはせっかく四人がそろったんだ。協力してほしいところなんだけどね。なんと一年半ぶりくらいじゃないかい?」

「…………協力してほしいなんてウケますね、クラレスさん」

「何かな、シズクちゃん」

 ほほ笑みを向けられたシズクは、口端だけをゆがませた笑みで返した。

「ノーマン君がトラブルに巻き込まれたのは、の直後だったでしょうに。それがこのざまですか。《妖精》の名が泣きますよ?」

 暗い黄の瞳が、クラレスに突き刺さる。

 嘲るように、問いただすように。

「協力させてください、の間違いなんじゃないですか? 自分がノーマン君を守り切れなかったせいです、ってね」

「────流石さすが、キレがあるねシズクちゃん」

 返す笑顔は張り付いている仮面のようだった。

「確かにボクの落ち度と言えるかもしれない。甘んじて受け入れよう。だけど、ねぇ。涙花ちゃん。君こそ───ノーマン先生の危険に気づけたはずだろ? どうせ、自分の番じゃなくても

 それに、とクラレスは言葉を続けた。

「君、他人を攻撃する時だけ早口になるね」

「─────ちっ」

 今度はシズクが二色の眼光を受ける番だった。

 クラレスの指摘に彼女は舌打ちをする。

があるとすれば……いや、言い訳みたいになっちゃうけどね。お互い様じゃないかな? ボクたちはそういう間柄だろう? そうは思わないかな、探偵さんも魔犬ちゃんも」

「どうして私がちゃんづけなんでしょうか」

「いや君はわいい系だからね」

「確かに私はかつこうい超絶美人だし、ちゃん付けは似合わないな」

 話に割り込んだのは煙草たばこを指でまむロンズデーであり、

「あちらは仲が悪そうだ。どうだエルティール、私たちだけでも仲良くするか?」

「何を愚かなことを」

「だって、お前はノーマンの犬だろう?」

 彼女の言葉にエルティールは眉をひそめる。

 その先には吸った煙を吐き出す美女がいて、

「あいつの犬なら、? 常々私は思っていた」

「────下品な人ですね」

「はっ! 品が無いのはお前だろう、《魔犬》」

「それに性格も悪いですね。何もかも、会話ができないのですか? 貴女あなたに付き合わされるノーマン様の気苦労がしのばれます」

「それが私の仕事だ。あと、ノーマンは楽しくやっているぞ? あれでマゾだから」

「は? 逆でしょう。攻め上手です」

「くすくす。そこに関してはそれぞれで見解に違いがありそうだ。ねぇ、シズクちゃん」

「…………下らない。そんな話をしてる場合じゃないでしょうが」

 四人が四人とも互いに対して言葉でけんせいし、言外で敵意をぶつけ合っている。

 餌を取り合う肉食獣がにらみ合っているみたいに。

 結局のところ、言いたいことは一つだ。

 彼女たちの内面は何もかも違いながら、それだけは違わない。

「――ノーマン君は私がいないと駄目なんですから」

「――ノーマン様は私がお救い差し上げます」

「――ノーマンは私のものだ」

「――ノーマン先生にはボクがいる」

 だから───お前たちは邪魔をするなと。

 態度で、仕草で、気配で、言葉以外のあらゆるもので全方位にその意思を投げかける。

「私も会話は好きだがお前たち相手だと別だな。《妖精》はともかく、そっちの二人なら言うまでもないだろう」

「勝手に人のこと語らないでほしいですね、ロンズデーさん」

「……エルティールさんに同意するのもじくたるものがありますがその通りですね。余計なお世話です。私はノーマン君さえいれば良い」

「くすくす。分かってはいたけど。これは話が通じないねぇ」

 誰もがお互いを親のかたきのように見据えている。

 態度に差異はあれど根本的なものは同じだ。

 シズクは革手袋の指先を口でくわえて外し、その指を掲げて。

 エルティールは背中を丸めて腰を落とし、歯をむき出しにして。

 ロンズデーは凄惨に頰をげ、拳を鳴らして。

 クラレスはにこやかな笑みを張りつけながら、ステッキで石畳の地面を突いて。

 四人の少女────四人の《アンロウ》は己を解き放つ。

 この世のことわりに反する、何かを。



「────どう思うかね、君は」

「うーん。……ん」

 ノーマンは問いに腕を動かそうとし、しかし拘束されていることを思い出してため息をいてから、にっこりと笑った。

「四人とも俺を助けに来てくれるなんて、感動ものだね」

「…………私が言うのもなんだが、君の笑顔はあまりにもうそくさいね」

 金の瞳があきれたように半分に細められた。

 殺し合いをしていると聞いたのにその言葉だ。

 本当だとしたら人でなしが過ぎるし、うそだとしたらあからさますぎる。

 ノーマンが何を考えているか、今の時点ではジムには何もわからない。

 これまでもずっとそうだった。

「……コホン。とにかく私の仕事は君のここ一ヶ月におきた事件の詳細を聞くことだ」

「報告書は姉さんに提出したから君も読んでいるはずだし、何なら合間合間に君の研究室でそれに関する雑談もしたでしょ。なのにわざわざ繰り返すのかな?」

もちろん、本題は別にある。だが、その前に必要なことなんだ。確認作業、通過儀礼、とでも思ってくれ」

「………………ちなみに。君のことを完全に無視し続けたらどうなる?」

 ジムは満面の笑みを浮かべながら右手でゆっくりと自分の首をなぞった。

「……なるほど」

「まあ私が頑張って命は助けてもいい! だがその場合、君の身柄は私のものさ! ちょっと待てよ!? それもかなりいんじゃないか!? いやぁ何をしてもらおうかなぁ!」

「よし、聞きたいことを話そうか。その代わり君が満足したら俺も君に聞きたいことがある」

「おっと! まぁそれもまた良しとしよう!」

 では、とジムは手にしていたバインダーを開き、あるページで手を止める。

「まずはこれだ! この一ヶ月間、君は君の《アンロウ》と随分この街を騒がせていただろう? 四つの事件、四体のバケモノ。その一件目。ある邸宅で起きた怪死事件。されど《アンロウ》がからむなら、それはただの殺人事件。解決するのが《涙花テイアードロツプ》ならなおさらだ! アレの前ではあらゆるトリックは意味を成さない! それを携えた君はそれに対してどう思ったのかをね!」

「あー……強いて言うなら……特別なものの重要性、かな?」

「悪くはない語り出しだ!」

 うきうきと語り出すジムはまるで子供のようだ。

 拉致監禁し、尋問をしていても、まるで敵意も害意もない。

 友人と話すような気軽さはずっと変わらず。

 だからこそ、不気味だ。

「さぁ、語りを頼むよ。《アンロウ》の話はミステリにはならない。アクションか、サスペンスか、ホラーか。モンスターパニックになるのか」

「……さぁね、悪いけど期待しないでほしいな。きっとどれも違う」

 じゃあ何かと聞かれれば、答えに困るのだけれど。

 そんな風にジャンル分けできるなら、楽だったなとノーマンは思う。

「ただ、一つだけ訂正だ。ジム・アダムワース」

「聞こう、ノーマン・ヘイミッシュ」

 ノーマンは言葉をつむぐ。

 ついさっきも言ったことだけれど。

 何度だって、彼は繰り返す。


「これはバケモノの物語なんかじゃない。───人間の物語だよ」

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バケモノのきみに告ぐ、2の書影
バケモノのきみに告ぐ、の書影