獣道を走る影があった。
人の手が入っていない山は陰気なほど草木が生い茂り、ささやかながら差し込む木漏れ日が逃げ道を指し示すようだった。
「なんで……」
こんな目に遭っているのかと影、兎吹千早は自問する。
だが、答えを出す暇はない。
追跡者たちが木々の隙間に見え隠れしている。
追跡者たちは小型の恐竜、ラプトルのような見た目をしていた。頭の高さも地面から三メートルほどのところにあり、肉を嚙みちぎることに特化した鋭い歯からしたたる涎が異様に長い髭状の感覚器を伝って地面に落ちる。
爛々と輝く瞳がこちらを視界に収め、猛スピードで駆けてくる。地上に露出する木の根を踏み砕くような脚力で猛追されては、千早が逃げ切れるはずもない。
「ひっ……」
引き攣ったような悲鳴を上げつつ、千早は両手で支えている突撃銃『ブレイクスルー』に目を向ける。
このままでは確実に追いつかれる。手元の文明の利器に頼るしかない。
視界が開けたタイミングで振り返り、銃口を向ける。狙いを定めるつもりもない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論だ。
フルオートで連射された弾丸が原生林にばらまかれる。大木の樹皮を剝がし、小石を撥ね上げるその文明の暴力が追跡者に牙をむく。
金属同士がこすれるような耳障りな音を立てて、追跡者の鱗は弾丸を弾き飛ばした。
「やっぱりぃ!?」
有効射程内のはずだが、半端な銃器では歯が立たない。事前に知識として知ってはいたが、痛み以前に痒みすら覚えていない様子で突っ込んでくる追跡者を見れば叫びたくもなる。
身を翻して再びの全力疾走。それでも追いつかれるのは時間の問題と思われたが──
「ふへっ?」
突然視界ががくんと下がり、山の斜面を滑り落ちる。斜面はすぐに角度を変え、崖と呼んで差し支えのない傾斜となり、千早を空中に放り出した。
「なんでぇ!?」
口癖を叫び、重たい音を立てて地面に着地する。つい最近地滑りでも起こしたか、崖の底は腐葉土がたまった柔らかな地面で千早を受け止めた。
たいして深くはなかったのも幸いだったとほっと息をついた千早だったが、崖の上に四対の獰猛な目を見つけて息を吞む。
四頭の追跡者たちは千早が崖から上がってこないと見て、すぐさま二手に分かれた。崖の出入り口を押さえて挟み撃ちにする気だ。
どうしよう、どうしようと千早は混乱と焦燥であたふたしながら周囲を見回し、半ば腐葉土に埋もれたソレを見つけた。
「……コンテナ?」
土砂崩れに巻き込まれて放棄されたらしい貨物用コンテナが転がっていた。
手持ちの銃は役に立たない。だが、コンテナの中に何かあるかもしれない。
というより、前後を挟まれている現状で活路はコンテナの中身にしかない。
千早はすぐにコンテナに飛びついた。周りに輸送用の車はない。コンテナだけが土砂崩れに巻き込まれたのだろう。
歪んでしまっているコンテナの扉を強引に引きはがし、中を見る。
「……うひっ」
コンテナに残されていたのは高威力の銃や弾丸ではなかった。
大量の掘削用爆薬だった。
二方向からどすどすと追跡者が迫る足音が聞こえる。興奮気味の鳴き声が近づいてくる。
千早は意味がないと知りつつ吐く息にすら注意してコンテナの中に入った。
せめて見つかりませんように。
そんな淡く儚い願いは叶わない。
臭いでもたどったのか、それとも髭状の感覚器で位置を捉えていたのか、四頭の追跡者が我先にとコンテナの中に顔を突っ込む。
「うへっ、ようこそ……?」
意外と綺麗な歯並びを見せつけながらコンテナに次々と乗り込んでくる追跡者たち。
それを見ながら、千早は引きつった笑みで銃口を胸に当てた。
「爆発オチなんて、さ、サイテー」
引き金を引いた瞬間、飛び出した弾丸が千早の胸を貫き、バッテリーを撃ち抜いた。
たちまちバッテリーから噴きあがった炎は周囲の掘削用爆薬に引火、コンテナは千早と追跡者を巻き込んで大爆発を引き起こす。
爆音轟き地を揺らし、吹き上がる腐葉土は新たに作り出されたクレーターに降り積もる。
「お仕事だから……ごめんなさい」
ぽつりとつぶやいて、千早はNO SIGNALと表示された画面に手を合わせ、自らが操作していた等身大の人型ロボット、アクタノイドに謝罪した。