第一話①

 さかのぼること一か月前、ぶきはやは就職活動に失敗していた。

 ──今後のご活躍を心よりお祈りいたします。

 もはや見慣れたメールの一文に、はやは曖昧な笑みを浮かべる。

 かたわらのカピバラぬいぐるみを抱き寄せて、床の上に横たわる。

「またダメだった……」

 工業高校を卒業したはやは在学中から設計分野に絞って就活を続けていたが、結果は見事なまでにざんぱい

 書類は確実に突破できる。筆記などの試験も問題ない。

 だが、面接に進むと確実にお祈りメールが届く。

「まともに会話ができない方はちょっとね……」

 どこの面接官にも言われるこの言葉がはやの本質であり、就活失敗の主原因だ。

 極端なまでにコミュニケーションができない。内気で口ごもる癖があり、おどおどとして目は泳ぎっぱなし。相談もできないため、問題が起きれば一人で解決しようとするためグループ活動もままならない。

 物心ついた頃からこの調子で、大概のことは一人で解決する能力こそあるものの、組織に欲しいかと問われると誰もが苦い顔をする。

 見た目に華があるわけでもなく、いつだって腰が引けている。フワフワした黒髪は人の視線を遮るように目元を隠し、目は絶えず泳ぎ、ここ最近は就職浪人への不安で目元にクマまでできている。それなりに整った容姿もまとうくらい雰囲気のせいで不気味さに拍車をかける始末。どんなに円満なグループでもはやがいるだけで微妙な空気が流れ始め円滑だった人間関係がぎくしゃくしていく。

 同じ大学のサークル三人組だという仲のよさそうなグループに一人放り込まれたはやは意見を求められても視線をさまよわせるばかり。

 お荷物を抱え込んじゃったという空気と、まぁ、四つも年下なんだから大目に見るかという微妙な緩みの中で、はやはイメージ向上に必死になった。

 よい結果を出せば入社できるはず。それしか頭になかった。

 そうして出した結果といえば、まともにしやべることもなく企画の誤脱字修正にグラフのえを整え、抜けていた設計図などの資料を追加し、他社の類似商品の売り上げを比較して──と考えつく限りをまとめて大学生三人にそっと提出した。

 はやはカピバラぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 大学生三人の目を思い出して背筋が寒くなったのだ。

 ──完成まで一人でやったらグループワークの意味ないだろ。

 ため息の三重奏はしばらくはやの耳から消えないだろう。

 入社試験なのだから、課題には適切な評価項目がある。協調性やコミュニケーション能力、特に問題の解決に必要な報告、連絡、相談ができるかを見るグループワークで、はやの行動は空気が読めないどころの話ではない。

 能力があっても相談すらできない人材は能力を超えた問題に無力どころか被害を拡大しかねない。だから組織に必要ない。

 ぶきはや、十八歳。致命的に社会生活に向いていない。

「うぇへっ」

 笑い方すらこの不気味な引き笑い。緊張が高まると笑ってごまかそうとするくせにこの笑い方で周囲からドン引きされ、さらに緊張が高まる悪循環。

 工業高校に進学した理由すら、同じ中学の出身者がいないだけでなく女子が少ないため必然的に関わらないで済み、男子を避けても問題なさそうだからという打算からだった。

 そんな高校生活でコミュ障が直るはずもない。

 カピバラぬいぐるみに顔をうずめる。

「むりぃ」

 実家に帰るしかないのだろうか。顔見知り以上の存在しかいないあの地元に戻るのか。「ひさしぶり」と声を掛けられるたびに引き笑いでごまかして、近所にうわさされるあの生活に戻るのか。

 耐えきれるはずがない。

 はやはなんとしても就職したかった。極力人と関わらないで済む仕事をしたい。営業なんて絶対に無理だ。

 落ち込んでいないで次の会社を探そうとスマホをいじり始めた時、カタンと玄関の郵便受けが鳴った。

 またお祈りメールかなと、はやはうつろな目を向ける。目にかかった黒髪を指先で横に流して立ち上がった。

 無職ゆえの暇に飽かして磨き上げた清潔な床を歩き、郵便受けをのぞき込む。

「……なにこれ」

 中には分厚い封筒が入っていた。はやの卒業した工業高校の印と共に見覚えのない印鑑が押されている。

「新界資源庁?」

 封筒を取り出しつつ読み上げて首をかしげる。

 はやも聞いたことがある。二十年ほど前に新設された省庁だ。

 異世界へと通じるゲートを開くことに成功した各国がこぞって立ち上げ、新界と名付けられた異世界の開拓や資源調査を目的とする省庁。

 なんでこんなところから封筒が届くのだろうか。

 不思議に思いながらもカピバラぬいぐるみの元に戻り、封筒を開く。

 中にはいくつかの冊子が入っていた。

 どうやら全国の工業高校卒業生へと一括で送られているらしいその冊子には、新界での資源調査などを行う等身大の人型建設機械アクタノイドの操縦者の募集をしていると書かれていた。

 人型建設機械、アクタノイド。はやも聞き覚えがある。なんなら、工業高校での授業で実物を見たこともあった。

 冊子には授業で見たアクタノイドの写真が載っている。災害現場でがれき除去などをして活躍している写真だ。

 アクタノイドは有線、無線で操作することができ、モーションキャプチャーによる感覚的な操作が可能なことから遠隔地や危険地域での作業に適している。

 新界こと異世界には様々な未知のウイルスや危険な動植物が存在する。地球上ですら外来生物による被害が取りざたされている中で、異世界からそれらを持ち込むわけにはいかない。

 そこで開発されたのがこのアクタノイドだ。新界に立ち入れない人間の代わりに、人間用に開発された各種の道具を十全に扱えるアクタノイドは急速に開発が進められ、発展した。

 新界資源庁が工業高校卒業生にこの冊子を送って操縦者の募集をしているのも、最低限の機械知識がある人材をほつしているからだろう。

「アクタノイドかー」

 ポスポスとカピバラぬいぐるみの頭をたたく。のほほんと目を細めるカピバラぬいぐるみは雑な仕打ちを柔らかく受け止めた。

 就職先が決まっていないのだから、いっそこの求人に応募するのもありかもしれない。

 そんなふうに思いながら冊子をめくると業務内容が書かれていた。

『遠隔でのロボット操作業務。通信環境が整った部屋から出る必要はなく、出来高制ながら平均年収一千万円。チームを組んだ場合でもリモートで完結』

 ──リモートで完結。

「うひっ」

 何度も読み返して、はやは小さく笑う。

 これだ、と思った。

 完全リモート作業。部屋の中から出る必要がない。人と直接会う必要もない。はやが求めてやまなかった天職だ。

 機密保持契約を結ばなくてはならなかったり、日本政府が用意した新界開発区への居住が定められていたりといくつかの制約こそあるものの、引っ越し費用も国費で出ると書かれている。よほどの人手不足なのだろう。

 だが、いささか都合がよすぎる気もする。

 はやはネットで検索をかけてみる。

 アクタノイドの普及に伴い、世界各国で新界の開発が大きく進んだ。

 新界は国際条約で各国に一つの異世界が割り当てられている。つまり、一国で未知の異世界を丸ごと一つ調査するため、どの国でも人手不足だという。

 新界は石油やレアメタルなどの資源を期待できるだけでなく、新たな農産物など遺伝子資源も見つかる。新界の未知の細菌を用いるバイオテロを警戒してどの国も外国のスパイなどには細心の注意を払っており、新界にかかわるのは資本規制や自国民のみといった制限をかけていることもあり、人手不足に拍車をかけていた。

 日本も例外ではない。人手不足でアクタノイドが余っているほどで、それらのアクタノイドを貸し出すことで新規参入のハードルを下げているらしい。

 新界資源庁からの冊子を見てみれば、確かにアクタノイドの貸し出しが行われている。破損した場合には修理費などを払うことになるが、丸ごと一機を購入するよりよほど安く済む。

 新界資源庁、つまりは国だけでなく企業も貸し出しをしており、アクタノイドの開発企業には自社のアクタノイドを貸し出すことで顧客を増やすもくもあるようだ。高性能機のお試し的な意味でも貸し出しが行われている。

 高校を卒業したばかりで貯金もないはやにとってはありがたい話だ。

「オールラウンダー、二百万円……」

 日本最古のアクタノイドにして最も普及している汎用機、オールラウンダー。その本体価格を見てはやは寒気を覚えて体を震わせる。

 最古のアクタノイドだけあってオール・ド・ラウンダーなどともされる機体。それでも二百万円である。

 少し怖い。壊したら借金である。だが、冊子によれば最初の仕事では政府が経費を持ち、そこには機体が破損、または大破した場合の修理費も含まれる。

 ひとまず一回、お試しでいいから参加してほしい。そんな願いが聞こえてくるような好待遇だ。人手不足がよほど深刻なのだろう。

「……どうせ、就職できそうにないし」

 ギャンブルかもしれないが、初回に限ってはタダでやれるギャンブルだ。履歴書に書ける珍しい経験と考えれば乗らない手はない。

 覚悟を決めたはやは応募用紙に記入し始めた。

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