第一話②
※
新界開発区は群馬県にある。
山を切り開くように造られた新界開発区はいくつかの区画に分けられており、開拓を指揮する新界資源庁の他、各種企業の本社、支社、工場などと関係者が住む住宅区に分かれている。
新界にまつわる産業特区であり、産業スパイなどの侵入を防ぐため身分証の提示が義務付けられている。
法律などにあまり詳しくない
アクタノイドの操作業務を行う者はアクターと呼ばれ、新界開発区に居住が定められている。アクター志望の
見知らぬ土地、見知らぬ人。
部屋の外に出ると緊張する引きこもりの
飾り気のないコンクリートの建物が並ぶ行政区に到着し、バスが停車する。
新界という資源の山に直接かかわる庁舎だけあってなかなか巨大な建物だ。地上五階建て、広々とした庭があり喫茶店も併設している。一見和やかだが、入り口の左右には威圧するようにアクタノイドが配置されていた。警備員が操作しているのだろう、
びくりと肩をはねさせた
途端に、がやがやと
普段は自分以外に音を発することのない部屋にいる
早く用事を済ませるべく窓口を探してきょろきょろしていると、相談窓口から女性職員が出てきて声をかけてきた。
「ご案内しましょうか?」
「だ、だいじょうぶ、です……!」
声を絞り出すように答えて、
心配そうな視線を背中に感じつつ、
「ご用件をどうぞ」
促されて、
職員は慣れた手つきで素早く書類審査を終えると、
「お待たせしました。こちらが新界開発区での身分証になります。警察官等に提示を求められる場合もありますので、外出時には欠かさず携帯してください」
「……はい」
「新人アクター向けの説明会はあちらの廊下を曲がってまっすぐ行った大部屋です」
「あり、がとうございます……」
口ごもりつつもぺこぺこ頭を下げて、
何とか無難に受け答えができたと内心で自画自賛するが、
廊下の端を歩きつつ説明会場へ向かう。
説明会場は普段は何らかの講義にでも使っているらしき広い部屋だった。四十人くらいは入れるだろう。
狙い目は最後列の中央付近。帽子を
カバンと飲みかけのペットボトルで左右の席を占有してしまえば、
あとは気配を消して時が過ぎ去るのを待つのみ。
ちらりと説明会場を見回す。人手不足と聞いているが、会場には
彼らにならい、
企業や新界資源庁、または同業者であるアクターが発注する依頼もあるらしい。
新界資源庁が制作したスマホアプリ『アクターズクエスト』にアカウントを作ることで依頼を受注できる。説明書には依頼掲示板の一例として画像が載っていた。それまでに受注した依頼の内容や達成率、単位時間当たりの報酬額などからアクターに適した依頼が表示される仕組みだと書かれている。
害獣駆除の依頼ばかりをやっていれば害獣駆除の依頼が並び、測量ばかりをしていれば測量の依頼が並ぶ。
しかも、アカウントには銀行口座などの個人情報が
アカウントを新しくする意味なんてないのでは、と思ったのだ。
どうやら、依頼主と
コミュ障故に
ちょうどその時、講義を行う新界資源庁の職員が登壇した。
講義の内容はほとんど説明書の読み上げだった。唯一時間を多めに割いたのは
「現在、アクタノイドが普及したことで様々な特化型の機体が出ております。大別すると様々な環境で扱うことができるラウンダー系、速度に特化したスプリンター系、通信電波を強化するランノイド系、アクタノイドの修理を新界で行うメディカロイド系、特注されたいわゆる専用機であるオーダー系の五分類です。ラウンダー系は軽装甲と重装甲で特性が異なるので軽ラウンダー系、重ラウンダー系と呼び分ける場合もあります」
それぞれの代表的な機体をスクリーンに映して説明をした後で、職員が説明会場の外、廊下の扉に合図する。
扉のわきに控えていた若い職員が
「新人アクターである皆様にはこれから軽ラウンダー系オールラウンダーを実際に操作してもらいます。それぞれにインストラクターが付きますので、指示に従ってください。では、最初の方──」
名前を呼ばれた女性が席を立ち、廊下に出ていく。
個別指導らしい。
一人ずつ名前を呼ばれては廊下に出ていく。ちらりと見える廊下では見るからに体育会系ですと言わんばかりの体格をした陽キャの群れが新人アクターを出迎えて、二人一組を作って廊下の奥へ消えていく。
インストラクターと二人きりだと確定し、
操作訓練があるのは知っていたが、グループではなく二人一組とは思わなかった。
おどおどする
さっさと荷物を持って、
待ち受けていたのは陽キャの群れの長と
「
はきはきとした
「君のインストラクターを務める
陽のオーラに
支えようとしてくる
「ふひっへっだいじょうぶ、です……」
おどおどとした
陰のオーラに戸惑った
「えっと、男性が苦手なら女性インストラクターに代わることもできるよ?」
きっといい人なのだろう。だが、苦手だ。
「どうする?」
「だいじょうぶ、です」
膝が笑っている
当時からコミュ障をこじらせていた
いやに張り切っていたその男子生徒と一緒にスタートし、カエルが池に飛び込む音にもびくびくしながら肝試しの順路を進んでいた。
ことが起きたのは順路の半ばを過ぎたあたりだ。男子生徒の歩幅に合わせて頑張っていた
やっと追いついた。そう言って駆け寄っていく男子生徒。
影が薄い
以来、
そして、一人で置いて行かれても逃げ出せるくらいには足を鍛えようと思ったのだ。
そんなわけで置いて行かれることもなくアクタールームと呼ばれるアクタノイドの操作室に到着した。
鍵を開けながら、
「アクタノイドの操作技師、アクターはモーションキャプチャーを利用する。それなりに広い空間が必要になるから、新界開発区のアクター用物件は地下室にアクタールームが備えてあるよ。ここは地上だけどね」
騒音対策で地下に設置してあるのかと
アクタールームは防音壁に囲まれた殺風景な部屋だった。扉の横にはオールラウンダーの模型が展示してあり、壁の棚にはモーションキャプチャーに使う各種道具が置かれている。部屋中央にはマットがあり、その正面には新界のアクタノイドの視界を映し出すモニターがあった。
「モーションキャプチャーを反映する以上、アクターの運動能力はアクタノイドにも反映される。例えば、僕はバク転ができるけど、
「でき、ないです」
「だとすると、君が操作するアクタノイドは性能に関係なくバク転ができない。だからこそ、アクターは
ぐっと腕に力を込めて力こぶを作ってみせて、
「女性向けの会員制ジムも新界開発区にあるから利用してみてね!」
「へへっ」
「今回の操作訓練に使うのはオールラウンダー。新界開発の最初期に作り出された機体でソフト面は
身長百五十五センチメートルの
「それでは機材の装着から始めよう。足回りはあの感圧式マットレスで操作ができるんだけど、今回は完全マニュアル式で動かすから、専用靴も履いてね」
サイズに迷うこともなく流れるように機材を身に着ける
「事前に調べてきたのかな? 手がかからなくて助かるよ。では、実際に動かしてみよう!」
どこかの倉庫の中に作られた特設スペースがモニターに映し出された。向かい側にも同様のスペースがあり、オールラウンダーが一機ぽつんと立っている。どうやら、新人アクターの操作訓練に使うスペースのようで、首を回して周囲を見ると同様のスペースが並んでいた。
「気付いたようだね。アクタノイドは新界にあるからどうしても通信ラグが発生するんだ」
無線で世界すら超えた遠隔地にあるアクタノイドを動かす以上、発生する問題──通信ラグ。
試しに顔の前に手を持ってきて閉じたり開いたりすれば、一秒に満たないながら動作の遅れがあるのが分かる。
指示するまでもなく通信ラグを見極めようとする
「これくらいのラグなら慣れもする。けれど、新界には
地球から操作するアクタノイドとは違い、現地の生物はリアルタイムで状況に対処する。アクターはコンマ数秒前の状況に対処することになり、非常に不利だ。
「だから、アクターは常に危険予測を心がけるのが大事だ。物陰から動物が飛び出してくるかもしれない。突然足元の崖が崩れるかもしれない。アクタノイドが足を滑らせるかもしれない。常に先の可能性を頭に入れてアクタノイドを操作するように気を付けてほしい」
「へ、へい」
「素晴らしい理解力だ。大変よろしい!」
輝く笑顔で
「では、各カメラの視野を説明しよう。メインモニターは頭部にあるけれど、肩の方にはサブカメラがある。オールラウンダーの場合は首の付け根に後方確認ができるバックカメラがついている。機体によってはこれらのカメラの他に赤外線カメラを装着しているものもある。依頼の内容によって使い分けるといいよ」