第一話③


 講習が終了すると、専用アプリ『アクターズクエスト』の新人用アカウントへのログインパスワードを渡された。

「このアカウントにログインして初依頼をこなせば、ぶきさんは晴れてアクターとして正式に登録されるよ。初依頼はすべての経費を新界資源庁が負担してくれるから、機体を壊しても問題ない。新人研修をかねているから失敗するのも織り込み済みだし、気楽にやるとい」

 いわすじはやの緊張が和らぐよう言葉を尽くし、アクタールームから送り出してくれた。

 はやは廊下の案内板に従って建物の裏口へ向かう。どうやらはやが一番にインストラクターの講習を終えたらしく、通路に人はいなかった。

 裏口に立っていた職員がはやを見つけて扉を開ける。

「一番乗りですね。あちらに見えるホテルの部屋の鍵をお渡しします。初依頼はホテルの設備を使ってこなしてください。それから、こちらの説明書を一部とっていってください」

 裏口横に置かれた長机の上にアクター入門と書かれた数枚の紙があった。

 指示通りに鍵と紙を受け取って、はやはホテルに向かう。

 紙と鍵をカウンターで見せるとすぐに部屋番号を告げられた。

 割り当てられた部屋はベッドが一つとテレビ、小さな机と椅子だけの殺風景な部屋だった。

 しかし、奥の扉を開けてみると広々としたアクタールームがある。

「おぉ……」

 防音性が抜群のアクタールームははやが通っていた工業高校の教室の半分の広さ。機材の配置もアクターに配慮してあり、十分に身体からだを動かせるスペースがある。見上げれば天井も高い。試しに両腕を伸ばしてぴょんぴょんと精一杯ジャンプしてみるが、はやの身長の低さを加味しても誰も手が届かない高さだ。最新型らしい機材には洗浄済みと書かれた札がついていた。

 新人研修でここまで用意するとは、本当に人手不足を解消したくて仕方がないらしい。

 部屋の机に置かれていたホテルの宿泊プランを見てみる。

 このホテルは複数人のアクターがチームを組んだりした場合に利用することが想定されているようだ。合宿所的な利用方法はボッチのはやに縁がないので詳しく読み込むこともない。

 はやは荷物を置いて、ベッドに座って大きく深呼吸する。

「つ、疲れた……」

 つぶやきながら、スマホを手に取る。

 初依頼をこなせば正式にアクターとして登録される。そうなれば、新界開発区のアパートを借りることができるようになる。

 スマホを操作してアクターズクエストを開き、初めての依頼を探す。

 はやのアカウントは新人アクター向けの仮アカウントなので、依頼掲示板には日本政府が発注している簡単な依頼が並んでいる。報酬額は二万円程度。依頼を受ければ短くとも半日はアクタノイドを操作することになる。

 人の多い場所や陽キャとのマンツーマンで疲れ切っていたが、嫌なことは早めに終わらせたい。

 なにより、早く合格して就活生活から抜け出したい。

 はやはスマホを眺めて、一つの依頼に目を留める。

 物資の輸送依頼だ。しかも、新人アクターのはやとは別に民間の四人組チームとの合同らしい。

 はやが少し失敗したところで、民間チームが埋め合わせてくれる。新人研修としてはいい条件だろう。

「これ」

 人差し指で受注のボタンを押し、はやは疲れ切ったため息を吐き出してベッドに倒れ込んだ。

 この後は民間チームと一緒にボイスチャットで相談しつつお仕事。コミュ障ゆえに数々の入社試験に落ちてきたはやにとって最大の試練となる。

 しかし救いはある。アクター業は基本的に個人事業主。つまり、成果も失敗も自己責任だ。チームとしてうまく動くのではなく依頼目標を達成できるかどうかが重要となる。

 極論、単独でも目標を達成してしまえば正義だ。

 なお、はやのようなドしろうとが単独で達成できるかは別問題である。

 とりあえずコミュニケーションの練習はしておいた方がいい。そう思ったはやは備え付けのパソコンを起動してボイスチャットを起動しようとして、別のアイコンに気付いた。

「ボイスチェンジャー……?」

 マイクを通した声を機械変換する機能だ。

 生声で会話をする必要がない神アイテムである。

 アクターの中には年齢や性別を隠す者も多い。害獣駆除などは環境保護活動家からの圧力があり、いやがらせを受けることもある。先ほどの新人アクター向け説明会でも、アカウントを作り直す理由としてさらし行為の被害を挙げていた。

 年齢や性別を明かすデメリットが大きいのだ。

 そのため、アクターはボイスチェンジャーの使用者も多い。

「やはり天職で、あったか……」

 時代がかった口調で感動しつつ、はやはボイスチェンジャーを触ってみる。

 いくつかの調整を経て、はやは機械っぽさを残しながら聞き苦しくない声を手に入れた。

 調整内容をメモしていると、スマホが依頼の開始時間を知らせた。

 すぐに隣のアクタールームへ入り、機材を身に着ける。

「ふ、ふぅ……。よし、がんばろ」

 深呼吸して、はやは政府から貸し出されているオールラウンダーのパスワードを入力してアクセスする。

 ガレージと呼ばれるアクタノイドの駐機スペースが画面に映し出された。

 続いて、今回の依頼に参加したチーム専用のチャットルームにアクセスする。

 はやは一番乗りらしく、チャットルームに他のアカウント名は表示されていない。

 チャットルームを画面端に表示しつつ、はやはオールラウンダーを操作する。はやが感圧式のマットレスを踏み込めば、オールラウンダーは滑らかに歩き出す。はやがマットレスにかけた体重に応じてオールラウンダーは速度を上げ、最終的には走り出した。

 集合場所であるガレージの外へ向かう。

 駐機場を出るなりの光に照らされて、周囲の状況が明らかになった。

 装甲車両や輸送車両などが駐車場にまっている。ならされた地面は舗装されておらず、むき出しの地面は地球のそれと同じような色合いで、まばらに雑草が生えていた。

 ガレージ前には案内板がある。フェンスで囲まれたこの基地内部の地図には、アクタノイドの整備場や購入した機体や武装を一時保管できる貸出ガレージやロッカー、さらには射撃訓練場などが描かれている。

 フェンスの外はうつそうとした森が広がっている。一見、地球の森と変わりがない。

 だが、木々のサイズ感が地球よりも大きかった。樹高三十メートルを超えていそうな木が多く、飛んでいる鳥も心なしか大きい気がする。

 集合場所へとオールラウンダーを走らせつつ、武装を確認する。

 オールラウンダーの武装は突撃銃ブレイクスルーが一丁としゆりゆうだんが二つ。ワイヤーが数メートル分。

 ソフト面がぜいじやくなオールラウンダーはAIやアプリが使用できない。射撃の補助を行うAIが導入できないため、しろうとはやにとって連射可能な突撃銃はありがたい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの精神だ。

 新人アクター向けのオールラウンダーなので、はやのように射撃をまともにしたことのないアクターでも扱える銃を標準搭載しているのかもしれない。

 一応、地球のパソコンに導入することでアプリを起動する裏技のようなものもあるが、射撃補助などリアルタイムでなければ効果が薄いAIやアプリは諦めるしかない。

「立ち回りに、気を付けよう」

 戦闘は極力避けたいのがはやの本音だ。単純に怖いというのもあるが、オールラウンダーを壊したくない。いくら政府がすべてを負担してくれる初回依頼だからとはいえ、税金を使うのは心苦しい。

 いざという時は点での攻撃である銃よりも空間への攻撃であるしゆりゆうだんの方がいいだろう。攻撃範囲が広ければ狙いが甘くても融通がく。

 立ち回りを色々と考えていると、集合場所に到着した。チャットルームとは違い、すでにメンバーがそろっている。

 はやのオールラウンダーを見つけて、四人組が一瞬銃口を持ち上げる。しかし、政府貸出機のマークを見つけたらしく、銃口を下げてくれた。

 はやは首をかしげる。

「なんで、撃とうとしたの?」

 野生動物と誤認するような場所でも距離でもない。そもそも、集合時間にはやのオールラウンダーが来るのは予想できたはずだ。

 疑問に思ったのもつかの間、チャットルームへの入室者を告げるベルの音が響く。

「ヤッホー新人さん、緊張してるー?」

 先ほど銃口を向けかけてきたとは思えない軽いノリで四人組の一人が挨拶してくる。

 銃口の件は見間違いだったのかと、はやは一人納得した。

 チャットルームのベルがさらに鳴り響く。計五人の入室を告げてベルがんだ。

 四人組のアクターチームに加え、物資を積み込んだ輸送車を運転する新界資源庁の職員だ。はやの補佐も兼ねるこの職員がこの即席チームのリーダーである。

「今回のリーダーを務めるとらあいです。依頼はこの輸送車を目的地であるたかくら仮設ガレージへ届けることで達成となります。輸送車の前後左右にアクタノイドを配置して護衛してください。新人さんは私の指示に全面的に従い、アクター業の流れを覚えてくだされば結構です。ひとまず、新人さんは輸送車の後方からついてきてください」

 早速、輸送車が走り出す。

 ガレージを出るとすぐに大自然が広がっていた。アクタノイドや車がよく通る道だけ草刈りがされているため道に迷うことはなさそうだ。

「普通に追いつける……」

 ボイスチャットがオフなのを見て、はやは独り言をつぶやく。

 オールラウンダーの時速は八十から百キロメートル。輸送車は道交法に縛られないのをいいことに結構な速度を出しているが、はやが操るオールラウンダーは余裕をもってついていける。

 輸送車の後ろを走りながら、はやはオールラウンダーの視界をモニターに表示させる。頭部のメインカメラだけでなく、左右後方を確認できるすべての視界を表示して索敵に当たった。

 新界の輸送依頼で起こるトラブルの代表例が襲撃らしい。新界の野生動物にはどうもうな種類も多いため、動くモノなら問答無用で襲い掛かってくる。

 だが、道中は平和そのものだった。時折、輸送車のエンジン音に驚いた鳥が森から飛び立つくらいだ。

 ただ感圧式マットレスを踏み込むだけでこの依頼が終わりそうだ。

 電波状況も良好で、多少のラグはあるものの意図しない挙動はしない。姿勢制御が効いているおかげではやのつたない操作でもオールラウンダーは転倒せず、輸送車の後ろを走っている。

 マラソンランナーと先導車みたい、とのんに思っていたはやだったが、チャットルームから聞こえてきたとらあいの声で現実に引き戻される。

「そろそろ目的地です」

 人間とはまるで違う速度で走るアクタノイドと輸送車だけあって到着も早い。

 はやは画面端の時刻表示を見る。おおよそ三時間で到着だ。景色を見ながらの余裕があったためか、体感よりも時間がっていた。

 目的地は森の中の少し高くなった丘の上にある。

 斜面を輸送車の後から登って行く。オールラウンダーのメインカメラの映像を眺めていたはやは、画面の隅に映った鈍色の物体に気付いた。

「……頭?」

 森の中に破損したオールラウンダーの頭が転がっていた。付近に首から下がない。

 嫌な予感がして、はやはオールラウンダーを操作し、輸送車の真後ろから横にずれて前方の視界を確保する。

 丘の上に金網フェンスに囲まれたガレージがある。道がここから延びている以上、出入り口もこの道の延長にあるはず。しかし、出入り口の警備をするだろうアクタノイドの姿がない。

 アクタノイドを新人含めて五機も護衛につける道の先で、警備するアクタノイドが配置されていないとは考えにくい。

 はやはオールラウンダーの速度を落として輸送車による死角を減らしつつ突撃銃ブレイクスルーを構える。四人組のアクターチームと連携するのは新人の自分には荷が重い。それなら、邪魔にならない少し離れた位置に立っていた方がいい。

 バレーボールの授業と同じだとはやは自らに言い聞かせる。バレーボール部に試合を任せて自分はコートの外に転がり出たボールを拾ってくる係になるのだ。

 丘を登り切った輸送車から状況を確認したとらあいが思わず漏らした声をボイスチャットが拾う。

「壊滅してる……?」

 予想外だったのだろう。政府関係のガレージである以上、襲撃があったら輸送車を運転するとらあいにも連絡があるはずだ。

 連絡が間に合わないほど速攻でガレージが潰されている。しかも、警備から報告が届いていないのだから、襲撃はついさっきということになる。警備に当たっていたアクタノイドが壊されようと、地球にいるアクターは一つ負わないのだから、連絡できる。

「周囲の警戒を──」

 とらあいが呼び掛けるより早く、森から巨大な何かが飛び出して輸送車の横にいたアクタノイドを突き飛ばした。

 ドンッと鈍い音がして、ラグで反応が遅れたアクタノイドが地面に転がる。

「右方より襲撃!」

 転がされたアクタノイドを操作するアクターが報告したのもつか、森から次々に巨体が姿を現す。地面につくほど長いひげ状の感覚器を持ち、虎模様の二足歩行する小型恐竜だ。

 輸送車に取り付けられた全方位モニターで襲撃者を目撃したとらあいが声を上げる。

「イェンバーです! はんな銃器は効きません!」

 言ってるそばから、転がされたアクタノイドがイェンバーのきようじんな脚で頭を踏み潰される。

「あぁ! ローンが残ってるのに!?」

 頭部を潰されたアクターが嘆く声。政府が全額保証してくれるはやと違ってローンで購入したアクタノイドだったらしい。

 頭を潰したイェンバーに銃口を向けていたはやは慌てて後続のイェンバーに向きを変える。ローンで購入したというアクタノイドに流れ弾を当てるわけにはいかない。機械のアクタノイドは頭を壊されても動かせるのだから。

「撃て、撃て! ひるませればそれでいい!」

 緊急事態で言葉遣いが荒くなったとらあいの命令に、はやは引き金を引く。

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