第一話③
※
講習が終了すると、専用アプリ『アクターズクエスト』の新人用アカウントへのログインパスワードを渡された。
「このアカウントにログインして初依頼をこなせば、
裏口に立っていた職員が
「一番乗りですね。あちらに見えるホテルの部屋の鍵をお渡しします。初依頼はホテルの設備を使ってこなしてください。それから、こちらの説明書を一部とっていってください」
裏口横に置かれた長机の上にアクター入門と書かれた数枚の紙があった。
指示通りに鍵と紙を受け取って、
紙と鍵をカウンターで見せるとすぐに部屋番号を告げられた。
割り当てられた部屋はベッドが一つとテレビ、小さな机と椅子だけの殺風景な部屋だった。
しかし、奥の扉を開けてみると広々としたアクタールームがある。
「おぉ……」
防音性が抜群のアクタールームは
新人研修でここまで用意するとは、本当に人手不足を解消したくて仕方がないらしい。
部屋の机に置かれていたホテルの宿泊プランを見てみる。
このホテルは複数人のアクターがチームを組んだりした場合に利用することが想定されているようだ。合宿所的な利用方法はボッチの
「つ、疲れた……」
初依頼をこなせば正式にアクターとして登録される。そうなれば、新界開発区のアパートを借りることができるようになる。
スマホを操作してアクターズクエストを開き、初めての依頼を探す。
人の多い場所や陽キャとのマンツーマンで疲れ切っていたが、嫌なことは早めに終わらせたい。
なにより、早く合格して就活生活から抜け出したい。
物資の輸送依頼だ。しかも、新人アクターの
「これ」
人差し指で受注のボタンを押し、
この後は民間チームと一緒にボイスチャットで相談しつつお仕事。コミュ障ゆえに数々の入社試験に落ちてきた
しかし救いはある。アクター業は基本的に個人事業主。つまり、成果も失敗も自己責任だ。チームとしてうまく動くのではなく依頼目標を達成できるかどうかが重要となる。
極論、単独でも目標を達成してしまえば正義だ。
なお、
とりあえずコミュニケーションの練習はしておいた方がいい。そう思った
「ボイスチェンジャー……?」
マイクを通した声を機械変換する機能だ。
生声で会話をする必要がない神アイテムである。
アクターの中には年齢や性別を隠す者も多い。害獣駆除などは環境保護活動家からの圧力があり、いやがらせを受けることもある。先ほどの新人アクター向け説明会でも、アカウントを作り直す理由として
年齢や性別を明かすデメリットが大きいのだ。
そのため、アクターはボイスチェンジャーの使用者も多い。
「やはり天職で、あったか……」
時代がかった口調で感動しつつ、
いくつかの調整を経て、
調整内容をメモしていると、スマホが依頼の開始時間を知らせた。
すぐに隣のアクタールームへ入り、機材を身に着ける。
「ふ、ふぅ……。よし、がんばろ」
深呼吸して、
ガレージと呼ばれるアクタノイドの駐機スペースが画面に映し出された。
続いて、今回の依頼に参加したチーム専用のチャットルームにアクセスする。
チャットルームを画面端に表示しつつ、
集合場所であるガレージの外へ向かう。
駐機場を出るなり
装甲車両や輸送車両などが駐車場に
ガレージ前には案内板がある。フェンスで囲まれたこの基地内部の地図には、アクタノイドの整備場や購入した機体や武装を一時保管できる貸出ガレージやロッカー、さらには射撃訓練場などが描かれている。
フェンスの外は
だが、木々のサイズ感が地球よりも大きかった。樹高三十メートルを超えていそうな木が多く、飛んでいる鳥も心なしか大きい気がする。
集合場所へとオールラウンダーを走らせつつ、武装を確認する。
オールラウンダーの武装は突撃銃ブレイクスルーが一丁と
ソフト面が
新人アクター向けのオールラウンダーなので、
一応、地球のパソコンに導入することでアプリを起動する裏技のようなものもあるが、射撃補助などリアルタイムでなければ効果が薄いAIやアプリは諦めるしかない。
「立ち回りに、気を付けよう」
戦闘は極力避けたいのが
いざという時は点での攻撃である銃よりも空間への攻撃である
立ち回りを色々と考えていると、集合場所に到着した。チャットルームとは違い、すでにメンバーがそろっている。
「なんで、撃とうとしたの?」
野生動物と誤認するような場所でも距離でもない。そもそも、集合時間に
疑問に思ったのもつかの間、チャットルームへの入室者を告げるベルの音が響く。
「ヤッホー新人さん、緊張してるー?」
先ほど銃口を向けかけてきたとは思えない軽いノリで四人組の一人が挨拶してくる。
銃口の件は見間違いだったのかと、
チャットルームのベルがさらに鳴り響く。計五人の入室を告げてベルが
四人組のアクターチームに加え、物資を積み込んだ輸送車を運転する新界資源庁の職員だ。
「今回のリーダーを務める
早速、輸送車が走り出す。
ガレージを出るとすぐに大自然が広がっていた。アクタノイドや車がよく通る道だけ草刈りがされているため道に迷うことはなさそうだ。
「普通に追いつける……」
ボイスチャットがオフなのを見て、
オールラウンダーの時速は八十から百キロメートル。輸送車は道交法に縛られないのをいいことに結構な速度を出しているが、
輸送車の後ろを走りながら、
新界の輸送依頼で起こるトラブルの代表例が襲撃らしい。新界の野生動物には
だが、道中は平和そのものだった。時折、輸送車のエンジン音に驚いた鳥が森から飛び立つくらいだ。
ただ感圧式マットレスを踏み込むだけでこの依頼が終わりそうだ。
電波状況も良好で、多少のラグはあるものの意図しない挙動はしない。姿勢制御が効いているおかげで
マラソンランナーと先導車みたい、と
「そろそろ目的地です」
人間とはまるで違う速度で走るアクタノイドと輸送車だけあって到着も早い。
目的地は森の中の少し高くなった丘の上にある。
斜面を輸送車の後から登って行く。オールラウンダーのメインカメラの映像を眺めていた
「……頭?」
森の中に破損したオールラウンダーの頭が転がっていた。付近に首から下がない。
嫌な予感がして、
丘の上に金網フェンスに囲まれたガレージがある。道がここから延びている以上、出入り口もこの道の延長にあるはず。しかし、出入り口の警備をするだろうアクタノイドの姿がない。
アクタノイドを新人含めて五機も護衛につける道の先で、警備するアクタノイドが配置されていないとは考えにくい。
バレーボールの授業と同じだと
丘を登り切った輸送車から状況を確認した
「壊滅してる……?」
予想外だったのだろう。政府関係のガレージである以上、襲撃があったら輸送車を運転する
連絡が間に合わないほど速攻でガレージが潰されている。しかも、警備から報告が届いていないのだから、襲撃はついさっきということになる。警備に当たっていたアクタノイドが壊されようと、地球にいるアクターは
「周囲の警戒を──」
ドンッと鈍い音がして、ラグで反応が遅れたアクタノイドが地面に転がる。
「右方より襲撃!」
転がされたアクタノイドを操作するアクターが報告したのも
輸送車に取り付けられた全方位モニターで襲撃者を目撃した
「イェンバーです!
言ってるそばから、転がされたアクタノイドがイェンバーの
「あぁ! ローンが残ってるのに!?」
頭部を潰されたアクターが嘆く声。政府が全額保証してくれる
頭を潰したイェンバーに銃口を向けていた
「撃て、撃て!
緊急事態で言葉遣いが荒くなった