プロローグ

 宵闇の中──

 しよくだいの炎がゆらゆらと揺れ、ぜいの限りを尽くしたような応接間に不気味な影を生み出す。張りつめた静寂の中で、今、二人の男女が向かい合っていた。

 一方は純白の髪の少女。幼さと美しさが絶妙にからうかんばせは、極度の緊張によって少しこわっている。死人よりも白い肌に炎のぬくもりが落ち、じっと正面を見据えるそのそうぼうに、星のようなりんとした輝きが宿る。

 もう一方は華美な衣服に身を包んだ男だった。ごうしやなソファに深く座り、氷のように寒々とした視線で少女を射貫く。

「本当に参加するつもりかね。ろつせんそうに」

「はい。お父様には是非お許しをいただきたく」

 男は、「はあ」とためいきを吐いた。

とこがみに選ばれたからには参加しなければ失礼にあたる。……だが、きみはこうとうを一振りも持っていないではないか。それでは殺されに行くようなものだ」

「それは……」

 少女は口籠る。男の言はすべて正しい。この世界において重要なのは、一にも二にも力である。ところが、少女はあらゆる意味で力不足だったのだ。

「……何とかします。私はなぎろうの娘ですので」

「決意は揺るがない、といった様子だな」

 少女はこくりとうなずいた。

 六人の戦士を選び、異界で武を競わせる儀式──〝ろつせんそう〟。

 優勝することができれば栄光が手に入るが、できなければ、待っているのは尊厳の破壊と無様な死だけ。しかし、少女にはこの戦いに身を投じる道しか残されていなかった。

「──分かった。許可しよう」

「ありがとうございます」

 少女は深々と頭を下げる。

 ろうそくの炎が大きく揺れ、化け物のような影が覆いかぶさった。それは少女の未来を暗示しているかのような現象だったが、当の本人は決然とした面持ちでゆっくりと立ち上がる。

「──必ずやなぎろうに栄光をもたらしてみせます。私が落ちこぼれでないことを、証明してみせますから」

 不安。後悔。恐怖。

 あらゆる負の感情を胸にしまい、少女は立ち上がる覚悟を決めた。

 小さな願いを懸けた戦争が、静かに幕を開ける。

刊行シリーズ

吸血令嬢は魔刀を手に取る2の書影
吸血令嬢は魔刀を手に取るの書影