「いやさ、あたしら二年になってから親睦会してなかったじゃん? 中間も終わったし、そろそろどっか遊びに行こうかなって」
「あ、僕たちも誘ってくれるの?」
誠が食いついた。こういうタイプの女子にも物怖じしないからすごい。
「もちろん! 今のところカラオケが有力かなあ……どこか行きたいとこある?」
「僕もカラオケがいいな。如月さん、歌が上手いって聞いたから」
「おおっ、あたしの十八番を聞きたいとな!? いいよいいよ、誠くんのために昭和歌謡のフルコースを熱唱したげるぜ!」
女子たちが「え~またぁ~?」とブーイングをあげた。
そこでふと思う。
「もしかして、夜凪ノア……さんも誘ったのか?」
「ヴっ」
如月が奇妙な声を出して目を泳がせた。
「そりゃーもちろんさー。クラス全員で行けるのが理想だけどさー……」
「光莉、フラれちゃったもんねえ」
「だって! 話しかけても『いいえ』と『今忙しいので』しか言わないんだよ!? イクラちゃんより語彙が少ねえ」
再び爆笑。でも俺は笑えなかった。
やはり学校における夜凪ノアは特異な存在なのだ。明らかにコミュ強の如月ですら崩せない鉄壁の牙城。そもそも、あいつは何故学生なんかをやっているのだろうか?
「うぅうぅ、ノアちゃんにも参加してほしいんだけどなあ」
「夜凪さん、スウェーデンから来たばっかりだから馴染めてないのかもね」
本当はスウェーデンではなく夜ノ郷という謎の異世界である。
むむむ、と如月は唸り声をあげ、
「じゃあ、馴染めるようにあたしらが頑張らないとね! 決めた! 何回も誘えば気が変わるかもしれないから──」
「逸夜くん」
場に緊張が走った。
恐る恐る振り返ってみると、夜凪ノアが立っていた。無表情で。
ガタン! と如月が立ち上がり、
「の、ノアちゃん! あはは、いつからいたのー!? びっくりさせないでよもー」
「これを読んでください」
如月を無視し紙切れを寄越してきた。
これは──折り畳まれたノートの切れ端?
「何これ?」
「こうするほうが効果的だとカルネが言ってました」
カルネ──あの喧しいメイドか。何やら嫌な予感しかしない。
夜凪ノアはくるりと踵を返すと、自分の席に戻って教科書を読み始めた。
最初に沈黙を破ったのは誠だった。
「逸夜、夜凪さんと何かあった?」
「なかった」
「古刀! それ何て書いてあるの!?」
如月が興味津々といった様子でつめ寄ってくる。他の人に見せるなと言われたわけではないので、俺は躊躇なくその切れ端を開いてみた。
『昼休み、屋上で待ってます 夜凪ノア』
……どうしてわざわざ爆弾を投下するのだろう?
あいつは目立ちたいのか? 想像力が欠如しているのか?
呆れながら顔を上げた瞬間、爆弾は見事に爆発してしまった。
「きゃ────!!」
如月を含めた女子グループが悲鳴をあげる。
「な、なんでなんで!? あたしには素っ気ないのに!? なんで古刀なんかを!?」
「『なんか』って失礼じゃね……?」
「ノアちゃんに何をしたの、されたの!? 吐けよ古刀!! おらおらおら!!」
本人に聞いてほしかった。
俺が吐けるのは羞恥と諦めの溜息だけだ。
□
俺は夜凪ノアが語った真実を反芻する。
この世には昼ノ郷/夜ノ郷という区分が存在しており、後者にはナイトログと呼ばれるバケモノが住んでいる。ナイトログは夜煌錬成という特殊能力で人間を夜煌刀に変換し、武器として使用する。現在、この街ではナイトログたちが天外と呼ばれるお宝を巡って抗争を繰り広げていて、多くの人間が巻き込まれている。連続失踪事件の被害者はナイトログの手で刀にされた可能性があるため、元に戻すためには、何でも願いを叶えることができる天外が必要。
「無視するわけにもいかないよな……」
時間は矢のように過ぎ去り、あっという間に昼休みになってしまった。
俺は妙にドキドキした気分で屋上を目指す。背後から誰かがついてくる気配がしたが、気にしている余裕はなかった。どうせ野次馬根性を働かせた誠や如月だろう。
四階からさらに階段を上がり、がこぉん…──と金属製の扉を開け放った。
うららかな日差しが差し込み、思わず目を細めてしまう。屋上はもともと開放されているため、お昼ご飯を食べたり勉強したりしている生徒がちらほら見られた。
その中でもひときわ異彩を放つ、純白の妖精。
夜凪ノアは、寄せ植えされたプランターの近くにぽつんと立っていた。
「逸夜くん。来ましたね」
「何の用だ?」
「ではさっそく──」
フェンスに手を添え、ゆっくりと振り返りながら言った。
「あなたを落としたいと思います」
「……落とす? ここから? 殺害予告?」
「ち、違います」
白い頰が無花果のように染まっていく。
「あなたの心を落とすと決めたのです。ナイトログと夜煌刀がお互いの力を最大限に発揮するためには、お互いを信頼し、好き合っている必要があります」
心なしか早口だ。何かを誤魔化すように。
「しかし現実問題として、強制的に夜煌刀にされた人間は使い手であるナイトログのことを毛嫌いする傾向にあります。だから私はあなたの心を懐柔したい。利害や損得による縛りではなく、お互いがお互いのことを大切に思うような関係を築きたいんです」
「どうやって?」
「恋愛的な意味で落とします。そうするのが一番だとカルネが言ってました。私はあなたのことを好きになろうと努力しますから、あなたも私のことを好きになってください」
「ごめん。発想が異次元すぎてついていけない……」
「あなたは私の愛刀です」
かんっ!!──背後の物陰で誰かが何かを落とした。
「わああ!」と悲鳴をあげたのは如月だ。床に転がったスチール缶からドクドクとコーラがあふれ出ていくのが見えた。聞き耳を立てている者がいるのを悟ったのか、夜凪ノアはぐっと俺に近づくと、声をひそめて囁いた。
「あなたは、どうしたら私のことを好きになってくれますか?」
「よく分からないが、お前はナイトログなんだろ? 人間とそういう関係になれるの?」
「はい。私は抵抗がないですし、そういうアベックもいたとお父様が言ってました」
「アベックてお前」
「それに最近の研究によると、ナイトログと人間には生物学的な差異はないそうです。常夜神の祝福を受けて夜ノ郷に住むのがナイトログ、そうでないのが人間。分かりやすく言えば、人間と類人猿くらいの違いです」
「生物学的に随分違うと思うけど……」
「ダメですか?」
「俺は猿とはつきあえない」
「あなたが猿です」
「ややこしい!」
「お願いです。私の刀になってください。あなたは私の初めての夜煌刀だから……もちろん別の夜煌刀を新しく作ったりはしませんので」
「それが俺に執着する理由か。俺のことが好きってわけじゃないんだよな」
「夜煌刀として好きです。人として好きになるのはこれからです」
夜凪ノアは赤くなってうつむいてしまった。
なんというか、話が面倒くさい方向にどんどん変化している。「妹さんの捜索に協力するので手を組みましょう」ならまだ分かるが、アベックとはいったいどういう了見だ。
俺は夜凪ノアの感情の機微には露ほども興味がない。
湖昼が消えたあの日から、あらゆる物事に対して「湖昼を助けるために利用できるかできないか」という観点でしか考えられなくなっている。
「悪い。昨日も言ったが、そういう関係にはなれない」
「ど、どうしてですか? 私が無口で不愛想だからでしょうか……」
「そうじゃない。そもそも俺は」
「──ノア様!! 敵が来ていますっ!!」
がさり!!
プランターの陰から赤髪のメイドが躍り出た。
その傍らにはラフなパーカーを着た石木水葉の姿もある。お前ら何やってるんだよと問いかけるよりも早く、夜凪ノアが俺の身体に勢いよくタックルをかましてきた。
「危ないっ」
「ぐへ!?」
そのまま夜凪ノアと縺れ合うようにして背後に転倒してしまった。
次の瞬間、それまで俺たちが立っていた場所に無数の棘のようなモノが降ってきて──
爆発した。
火薬による爆発ではない。それは漆黒のエネルギーの奔流だった。プランターが吹っ飛び、おぞましい黒煙が立ち上がる。生徒たちの生っぽい悲鳴が屋上にこだました。
「い、いったい何が……」
「逸夜くん」
夜に咲く花のような香りが鼻腔をくすぐった。
俺を押し倒す形で夜凪ノアが抱きついてきていた。至近距離で潤んだ瞳に見つめられ、その柔らかな体重を感じているうちに思考がフリーズしかけたところ、
「足を挫きました。立てません」
「だ、大丈夫か? くそ、俺が動けていれば──」
「はっはっはっは! お前が夜凪楼の夜凪ノアだな? やっと見つけたぞ!」
野太い大音声が頭上から降ってくる。
驚いて見上げると、悲鳴をあげて戸惑う生徒たちの向こう、ペントハウスの上に奇妙な男が立っていた。身体のラインが浮かび上がる全身タイツを身にまとい、バケモノのような仮面で顔を隠している。右手に装備しているのは、ギザギザの刃がおぞましいノコギリだ。
まるでヒーローショーに出てくる怪人のような。
それは明らかにナイトログだった。
男は屋上に飛び降りると、酔っ払いのような千鳥足で近づいてくる。