1 夜のいざない⑥

「いやさ、あたしら二年になってから親睦会してなかったじゃん? 中間も終わったし、そろそろどっか遊びに行こうかなって」

「あ、僕たちも誘ってくれるの?」

 まことが食いついた。こういうタイプの女子にもものじしないからすごい。

「もちろん! 今のところカラオケが有力かなあ……どこか行きたいとこある?」

「僕もカラオケがいいな。きさらぎさん、歌がいって聞いたから」

「おおっ、あたしのを聞きたいとな!? いいよいいよ、まことくんのために昭和歌謡のフルコースを熱唱したげるぜ!」

 女子たちが「え~またぁ~?」とブーイングをあげた。

 そこでふと思う。

「もしかして、なぎノア……さんも誘ったのか?」

「ヴっ」

 きさらぎが奇妙な声を出して目を泳がせた。

「そりゃーもちろんさー。クラス全員で行けるのが理想だけどさー……」

ひか、フラれちゃったもんねえ」

「だって! 話しかけても『いいえ』と『今忙しいので』しか言わないんだよ!? イクラちゃんより語彙が少ねえ」

 再び爆笑。でも俺は笑えなかった。

 やはり学校におけるなぎノアは特異な存在なのだ。明らかにコミュ強のきさらぎですら崩せない鉄壁のじよう。そもそも、あいつは学生なんかをやっているのだろうか?

「うぅうぅ、ノアちゃんにも参加してほしいんだけどなあ」

なぎさん、スウェーデンから来たばっかりだからめてないのかもね」

 本当はスウェーデンではなく夜ノ郷ナイトピアという謎の異世界である。

 むむむ、ときさらぎうなり声をあげ、

「じゃあ、めるようにあたしらが頑張らないとね! 決めた! 何回も誘えば気が変わるかもしれないから──」

いつくん」

 場に緊張が走った。

 恐る恐る振り返ってみると、なぎノアが立っていた。無表情で。

 ガタン! ときさらぎが立ち上がり、

「の、ノアちゃん! あはは、いつからいたのー!? びっくりさせないでよもー」

「これを読んでください」

 きさらぎを無視し紙切れを寄越してきた。

 これは──折り畳まれたノートの切れ端?

「何これ?」

「こうするほうが効果的だとカルネが言ってました」

 カルネ──あのやかましいメイドか。何やら嫌な予感しかしない。

 なぎノアはくるりときびすかえすと、自分の席に戻って教科書を読み始めた。

 最初に沈黙を破ったのはまことだった。

いつなぎさんと何かあった?」

「なかった」

とう! それ何て書いてあるの!?」

 きさらぎきようしんしんといった様子でつめ寄ってくる。他の人に見せるなと言われたわけではないので、俺はちゆうちよなくその切れ端を開いてみた。

『昼休み、屋上で待ってます  なぎノア』

 ……どうしてわざわざ爆弾を投下するのだろう?

 あいつは目立ちたいのか? 想像力が欠如しているのか?

 あきれながら顔を上げた瞬間、爆弾は見事に爆発してしまった。

「きゃ────!!」

 きさらぎを含めた女子グループが悲鳴をあげる。

「な、なんでなんで!? あたしには素っ気ないのに!? なんでとうなんかを!?」

「『なんか』って失礼じゃね……?」

「ノアちゃんに何をしたの、されたの!? 吐けよとう!! おらおらおら!!」

 本人に聞いてほしかった。

 俺が吐けるのは羞恥と諦めのためいきだけだ。



 俺はなぎノアが語ったはんすうする。

 この世には昼ノ郷デイトピア夜ノ郷ナイトピアという区分が存在しており、後者にはナイトログと呼ばれるバケモノが住んでいる。ナイトログはこうれんせいという特殊能力で人間をこうとうに変換し、武器として使用する。現在、この街ではナイトログたちがてんがいと呼ばれるお宝を巡って抗争を繰り広げていて、多くの人間が巻き込まれている。連続失踪事件の被害者はナイトログの手で刀にされた可能性があるため、元に戻すためには、何でも願いをかなえることができるてんがいが必要。


「無視するわけにもいかないよな……」

 時間は矢のように過ぎ去り、あっという間に昼休みになってしまった。

 俺は妙にドキドキした気分で屋上を目指す。背後から誰かがついてくる気配がしたが、気にしている余裕はなかった。どうせ野次馬根性を働かせたまこときさらぎだろう。

 四階からさらに階段を上がり、がこぉん…──と金属製の扉を開け放った。

 うららかな日差しが差し込み、思わず目を細めてしまう。屋上はもともと開放されているため、お昼ご飯を食べたり勉強したりしている生徒がちらほら見られた。

 その中でもひときわ異彩を放つ、純白の妖精。

 なぎノアは、寄せ植えされたプランターの近くにぽつんと立っていた。

いつくん。来ましたね」

「何の用だ?」

「ではさっそく──」

 フェンスに手を添え、ゆっくりと振り返りながら言った。

「あなたを落としたいと思います」

「……落とす? ここから? 殺害予告?」

「ち、違います」

 白い頰が無花果いちじくのように染まっていく。

「あなたの心を落とすと決めたのです。ナイトログとこうとうがお互いの力を最大限に発揮するためには、お互いを信頼し、好き合っている必要があります」

 心なしか早口だ。何かを誤魔化すように。

「しかし現実問題として、強制的にこうとうにされた人間は使い手であるナイトログのことを毛嫌いする傾向にあります。だから私はあなたの心を懐柔したい。利害や損得による縛りではなく、お互いがお互いのことを大切に思うような関係を築きたいんです」

「どうやって?」

「恋愛的な意味で落とします。そうするのが一番だとカルネが言ってました。私はあなたのことを好きになろうと努力しますから、あなたも私のことを好きになってください」

「ごめん。発想が異次元すぎてついていけない……」

「あなたは私の愛刀です」

 かんっ!!──背後の物陰で誰かが何かを落とした。

「わああ!」と悲鳴をあげたのはきさらぎだ。床に転がったスチール缶からドクドクとコーラがあふれ出ていくのが見えた。聞き耳を立てている者がいるのを悟ったのか、なぎノアはぐっと俺に近づくと、声をひそめてささやいた。

「あなたは、どうしたら私のことを好きになってくれますか?」

「よく分からないが、お前はナイトログなんだろ? 人間とそういう関係になれるの?」

「はい。私は抵抗がないですし、そういうアベックもいたとお父様が言ってました」

「アベックてお前」

「それに最近の研究によると、ナイトログと人間には生物学的な差異はないそうです。とこがみの祝福を受けて夜ノ郷ナイトピアに住むのがナイトログ、そうでないのが人間。分かりやすく言えば、人間と類人猿くらいの違いです」

「生物学的に随分違うと思うけど……」

「ダメですか?」

「俺は猿とはつきあえない」

「あなたが猿です」

「ややこしい!」

「お願いです。私の刀になってください。あなたは私の初めてのこうとうだから……もちろん別のこうとうを新しく作ったりはしませんので」

「それが俺に執着する理由か。俺のことが好きってわけじゃないんだよな」

こうとうとして好きです。人として好きになるのはこれからです」

 なぎノアは赤くなってうつむいてしまった。

 なんというか、話が面倒くさい方向にどんどん変化している。「妹さんの捜索に協力するので手を組みましょう」ならまだ分かるが、アベックとはいったいどういう了見だ。

 俺はなぎノアの感情の機微には露ほども興味がない。

 ひるが消えたあの日から、あらゆる物事に対して「ひるを助けるために利用できるかできないか」という観点でしか考えられなくなっている。

「悪い。昨日も言ったが、そういう関係にはなれない」

「ど、どうしてですか? 私が無口であいそうだからでしょうか……」

「そうじゃない。そもそも俺は」

「──ノア様!! 敵が来ていますっ!!」

 がさり!!

 プランターの陰から赤髪のメイドが躍り出た。

 そのかたわらにはラフなパーカーを着たいしみずの姿もある。お前ら何やってるんだよと問いかけるよりも早く、なぎノアが俺の身体からだに勢いよくタックルをかましてきた。

「危ないっ」

「ぐへ!?」

 そのままなぎノアともつうようにして背後に転倒してしまった。

 次の瞬間、それまで俺たちが立っていた場所に無数のとげのようなモノが降ってきて──

 爆発した。

 火薬による爆発ではない。それは漆黒のエネルギーの奔流だった。プランターが吹っ飛び、おぞましい黒煙が立ち上がる。生徒たちの生っぽい悲鳴が屋上にこだました。

「い、いったい何が……」

いつくん」

 夜に咲く花のような香りがこうをくすぐった。

 俺を押し倒す形でなぎノアが抱きついてきていた。至近距離で潤んだ瞳に見つめられ、その柔らかな体重を感じているうちに思考がフリーズしかけたところ、

「足をくじきました。立てません」

「だ、大丈夫か? くそ、俺が動けていれば──」

「はっはっはっは! お前がなぎろうなぎノアだな? やっと見つけたぞ!」

 野太いだいおんじようが頭上から降ってくる。

 驚いて見上げると、悲鳴をあげて戸惑う生徒たちの向こう、ペントハウスの上に奇妙な男が立っていた。身体からだのラインが浮かび上がる全身タイツを身にまとい、バケモノのような仮面で顔を隠している。右手に装備しているのは、ギザギザの刃がおぞましいノコギリだ。

 まるでヒーローショーに出てくる怪人のような。

 それは明らかにナイトログだった。

 男は屋上に飛び降りると、酔っ払いのような千鳥足で近づいてくる。

刊行シリーズ

吸血令嬢は魔刀を手に取る2の書影
吸血令嬢は魔刀を手に取るの書影