1 夜のいざない⑤
そうだ。この感覚だ。やっぱりこれは夢じゃないのかもしれない。
「これが
しっかりと俺の核をつかんで──そのまま一気に引き抜いた。
「わあっ! すごいですノア様! これが
カルネがぱちぱちと手を
ノアは刀となった俺を握り、周囲に滞留していた宵闇を振り払った。
「どうですか? 刀にされる感覚は」
《……分かった。分かったから元に戻してくれ》
「念じてください。人間形態への変換は自力でできるそうです」
言われた通りにすると、もやもやとした闇が俺の刀身にまとわりついてきた。闇はうごめく粘土のように変形し、
気がつくと、俺は
再びこんなことをされたら信じないわけにもいかない。
「現実逃避をしたくなってきた」
「あなたはこれからどうするおつもりですか?」
「もちろん
「選択肢が一つあります」
細い人差し指がピンと立てられた。それは選択肢とは言わない。
「私の
俺はしばらく熟考した。
メイドのカルネが「ほらほら
「──ごめん。無理だ」
「ふぁ」
手から箸が落ちる。
「な……
「心の整理がつかない。保留にさせてくれ」
「チャーハンを
俺は財布から千円札を取り出してテーブルに
「このチャーハンは十万円です」
「なわけあるか。帰る」
あたふたする
世界の秘密を教えてくれた彼女には感謝している。しかし、手を組むかどうかは別問題だ。右も左も分からない以上、あらゆるものを疑ってかかったほうがいい。
「──ノア様ノア様! こうなったら最終
「最終
背後で何かの計画が動き出す気配。
直後、がしっと腕をつかまれてしまった。
「……待ってください。実はあなたを私のモノにするプランは考えてあるのです」
「まさか、暴力?」
「
ちょっとドキリとした。下の名前で呼ばれるなんて。
「もともと私は利害関係であなたを縛るつもりはありません。もっと深い関係が理想だと思っているのです。正直、
「俺がその【
「それもありますが。あなただからこそ実行できるプランがあるんです。あなたは学校で私のことをずっと見てますよね。というか、登下校中もずっと監視してますよね」
「なので、あなたにアベック申請を行います」
「……へ?」
いつものクールな声色で。
耳を疑うようなセリフをのたまった。
「私のことが好きなんですよね? その
カルネが黄色い悲鳴をあげた。
よく見れば、
「……あ、あの。返事を聞かせてくれませんか」
ああ。こいつは演技じゃない。
素だ。ド素だ。
申し訳ないと思うが、もちろん断った。
□
ごーん、ごーん、と鐘の音が八回くらい鳴っています。近所迷惑としか思えない音色を鼓膜で感じながら、私はドラゴン亭のテーブルに突っ伏しました。
「…………………………………………………………………………………………しにたい」
人生で初めて告白して(しかも超上から目線)、見事にフラれたのです。
人間はナイトログと違って平和的な生き物なので、戦いに首を突っ込みたがるはずがありません。彼らを奮い立たせるためには愛の力が必要なのです、とカルネが言っていました。ノア様は
でもカルネは
「元気出してくださいノア様!
「じゃあ私が告白する必要なくないですか……?」
よく考えてみれば、
カルネが「てへ」と舌を出しました。
私は激怒してぽかぽかとメイドを殴ります。
「どうしてくれるのですか! 変な子だって思われたかもしれません!」
「
「ううううっ……!」
契約を結んだナイトログと
自分だけの愛刀と仲を深めることは、私の夢でもあるのです。
「失敗しました。カルネに頼った私が愚かでした」
「えぇ? でも
「うざい……」
カルネが
羨ましい、私も自分の
「そうだノア様、
「へ?」
「同じ
私は期待を込めた
彼女は居心地悪そうに身じろぎをして目を
「僕は協力しない。あんたらで勝手にやってれば」
「え~? もしかして
「僕はあの人に同情してるだけだよ。いきなり刀にされたら誰だって困惑するでしょ。普通の人間だったら受け入れられないって。まー僕は
「カメラの映像」
「おぉ?」
そこに映っているのは、刀を構えた少女の姿でした。
「これは……ナイトログですね」
「場所はここからそう離れていないよ。近いうちに仕掛けてくるかもね」
私は不穏な気分になって画面を見つめました。
彼女の足元に散らばっているのは、無数の折れた刀。
どう見ても普通の刀剣ではありません。間違いなく
もしかしたら、彼女が連続失踪事件の犯人なのかも。
やつらに対抗するためにも、はやく
□
翌朝。俺はもやもやした気分で登校することになった。
昨日のことが
「おはよう
重たい足取りで廊下を歩いていると、中学時代からつるんでいる
「寝不足?
「分かってるさ」
「体調崩すと成績にも響くし。また赤点とって補習になったら面倒でしょ」
補習になったところで
俺にとって重要なのは
「ああ、そういえば。また消えたんだって」
「何が?」
「塾帰りの中学生が行方不明になったらしいよ。うちの学校もピリピリしてて、生徒たちを集団下校させようかって話になってるみたい」
「高校で集団下校かよ」
連続失踪事件には色々な解釈がなされている。
ただの偶然。集団幻覚。犯罪組織の陰謀──いずれも的を射たものではなかった。
普通の人間はナイトログと接点がないからだ。
「あ、
色々と考えながら教室に入ると、無駄に元気のいい声が響きわたった。
ど真ん中の席で手を振っていたのは、
身長はうちの妹よりも小さく、露出したでこっぱちが幼い印象に拍車をかける。
俺は彼女のもとへ向かいつつ、横目で
「どしたの?
「元からこんな顔だよ」
近くにいた女子ももれなく爆笑する。なんだか
「で、何か用事?」