序章①

 ▼レイドボス『フレアケーブイール』戦にエントリーしました。

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 ▼特殊戦闘のため、レシオを決定してください。

 ▼余剰レシオが存在しなかったため、あなたはレシオ1で設定されました。


「暑ぅ……って、なんか出た」

 ぼうぼうと燃え盛る炎の草に、熱した鉄のようにオレンジ色をした岩や壁。活火山の火口をグルンと回転させて横にしたような洞窟を歩くという行為は、まさに焼き肉の気持ちを深く考えさせてくれるかのようだ。

「いや、ヤマちゃんは熱くないやろ? ちゅうか、ワイの上に乗っかって移動していて熱いワケがあらへんやんけ。むしろ、地面に接してニョロニョロしとるワイの方がアッツい思うで?」

 私のお尻の下で全長二十メートルにもなろうかという巨大な蛇……いや、龍であるタツさんがぶつくさと文句を言っている。

 なので、私はタツさんのゴツゴツとした頭のうろこを片手でペシペシとたたいて返す。

「何言ってんのさ。こんな美少女のお尻を頭に乗せてダンジョンを進めるなんて、役得以外の何物でもないでしょうに。文句言わないの」

 同行しているメンバーの何人かが「お尻!?」と反応を示すけど、タツさんとしては涼しい顔だ。全く動じていない。

「リアルやったらえぇんやけどなぁ。ゲームの中やしなぁ。アバターやしなぁ」

 どうやらガッカリ感満載であると言いたいらしい。

 というか、アバターじゃなきゃ、こんな危険そうな摂氏数百度の洞窟になんて来てないし、タツさんの頭に薄い布何枚か挟んだだけで体育座りなんてしてないからね?

 そこはアバターならではってところだよ。

「ちゅうか、なんか来たで」

「なんか来たね」

 私たちが進む先、そこから何人かのプレイヤーが駆けてくるのが見える。息せき切って駆けてきたかと思ったら、タツさんを見て慌てて剣を抜くプレイヤーたち。

 うん、気持ちはわかる。

「うわぁ! こっちにもモンスターが出たぞ!」

「アホか! ワイも同じプレイヤーや!」

「え? あ、そ、そうか。すまない。──じゃない!」

 剣は収めたものの、そのプレイヤーたちは決死の形相で背後を振り返り、そしてまた向き直る。

「アンタらも逃げた方がいいぞ! バカがレシオを抱えて落ちやがった!」

 なにその、『シューティングゲームでボムを抱え落ちした』みたいな表現? ちょっと好き。

「レシオを抱えて落ちるやと?」

「あんたらもレイド戦のフィールドに入った時に見ただろう? このレイド戦ではレシオ制が導入されているんだ! ボスのフレアケーブイールのレシオは五十。対するプレイヤーたちにも五十のレシオが用意されていて、それをプレイヤー間で話し合って、く割り振ってステータスを強化して戦うのが、このレイドボス戦のだいだ! だが、功をあせったバカが五十しかないレシオの三十を自分に割り振って……しかも、死にやがった!」

 死にやがった、の声が少しだけ重くなる。

 このゲームでは、その言葉の持つ意味がとてつもなく重い。

 私の顔も思わずこわる。

「レイドボス戦に参加していたパーティーは動揺してガタガタになって、あっという間にフレアケーブイールに各個撃破され始めた! とてもじゃないが、今回のレイドボス戦は勝てる戦いじゃない! 今から行っても無駄死にするだけだ! 逃げた方が賢明だぞ!」

 なるほど。レシオ制の戦いは過去にやったことがあるけど、通常のステータスがレシオ数に合わせて強化される仕組みだ。

 例えば、通常時の物攻が十だったとして、レシオが五十なら、五十倍の五百が戦闘時の物攻になる。フレアケーブイールの通常時のステータスがどのくらいかは知らないけど、レシオ五十を前提にレイドボスとして設定されているなら、レシオ五十といってもそこまで強くはないんじゃないかな?

「ちなみに、フレアケーブイールの通常時のステータスってわかる?」

「ん? どこからか声が……」

「龍の頭の上だよ」

「あぁ、そこにいるのか……。一応、姿も見えないアンタに言っておく。フレアケーブイールの通常時のステータスは全てのパラメーターが百前後だ。つまり、現在のパラメーターはレシオも考慮すると五千前後ということになる。このタイミングで戦闘フィールドに参加したということは、アンタのレシオは1だろ? つまり、素のステータスで相手の五千とかいうバカげたステータスに肉薄できなきゃ、勝ち目なんてありゃしないってことだ。無謀な戦いはやめた方がいいぞ」

 一流のプレイヤーのあかしとされるA級冒険者のステータスは得意分野のパラメーターでも二百前後でしかない。フレアケーブイールのパラメーターが五千前後だとしたら、二百前後のパラメーターなんてじんかいにも等しいということになる。

 そりゃ、逃げることを勧めるのが普通だよね。

「情報ありがとね。じゃ、タツさん行こっか?」

「せやな」

「待て! 俺の話を聞いていたか!? 相手のステータスは五千を超えて──」

 親切なプレイヤーさんの言葉を遮って、タツさんが動き出す。

 あのまま話を聞いていたら、いつまでっても終わらないと思ったんだろうね。ズリズリと地面をい、やがてオレンジ色の洞窟の奥へと辿たどく。そこには、粘度の高いマグマまりから顔を出す巨大な蛇──いや、あれはどう見てもうなぎだね。しかも、頭が八つもある。ヤツメウナギならぬ、ヤツアタマウナギ。もしくは、ヤマタノウナギの姿がそこにあった。

「じゅる……しそう……」

 今言ったのは誰? ミサキちゃん? 気持ちはわかるけど落ち着いて?

「生のうなぎの血には毒があるから、刺身よりもちゃんとさばいてかばきにした方がいいぞ」

 そして、ツナさんも余計な知識でフォローしない!

「おい、バカ! やめとけ! 死ぬだけだぞ!」

 あ、さっきの親切な冒険者さんもついてきちゃった。

 タツさんの足元で「逃げろー!」とか叫んでいるけど、タツさんは完全に無視。

 むしろ、やる気をみなぎらせているぐらいだ。

「おっしゃ、挨拶代わりにいっちょやったるか! 【スプレッドボム】×7、発動や!」

 そう言うタツさんの目の前に複雑な紋様の魔法陣が複数展開されると、それが一瞬でひとつに集束して巨大な魔法陣へと姿を変える。タツさんお得意の魔法のだ。開戦の口火を切るようにして、巨大な炎の球がフレアケーブイール目掛けて高速で射出される。

 そして、避ける素振りも見せなかったフレアケーブイールに炎の球が直撃したと同時に、炎の球はその場ではじけ、フレアケーブイールの胴体を巻き込んで連鎖的な大爆発を巻き起こす。

 まるで空中から爆弾でもばらいたかのような連鎖的な爆発は白の輝きを断続的に周囲にばらき、私たちの網膜を優しくない光で焼いてくれた。うおっまぶし。

「なんだ、今の魔法は!? 爆風とせんこうで目が開けられん!」

 並のモンスターなら、この一撃でこなじんに吹き飛んでいるはずなんだけど……。

「やはり、レシオ五十相手には無理なのか……」

 親切なプレイヤーさんがつぶやいたように、フレアケーブイールはつうようを全く感じさせない様子でマグマまりの中から、こちらをじっとにらんでいた。いきなり爆発させられたから驚いているのかもしれない。

「ま、こんなもんやろな」

「全然ダメージが入ってないぞ!」

「当たり前や! 今のワイは進化したてのレベル1のヨチヨチ赤ちゃんやぞ! しかも、耐性持ってそうな【炎魔法】をぶっ放して、一撃で倒せたら鼻血出るわ!」

「そこまでわかっていて、なぜ攻撃をする!?」

「戦闘参加することで経験値欲しかったからに決まっとるやろが!」

「そういうことなら、僕たちも」

「参加せざるを得ない」

 続いてタツさんの頭から飛び降りたのは、硬質な筋肉のよろいで生成されたクリーチャーと、重量感たっぷりのぜんしんよろいを身に着けた黒騎士であった。硬質な筋肉のよろいまとったクリーチャーからは純朴そうな少年の声が聞こえ、黒騎士の方からはどこか気だるげな少女の声が聞こえる。見た目と中身のギャップがすごいのもアバターならではといったところだ。

 その二人がズシンズシンと重さを感じさせる着地音を響かせながら大地に立つ。

 誰もがその光景を見て、重量系のパワータイプが出てきたぞと思ったことだろう。

 けど、動き始めたら、あら不思議。軽戦士もかくやと思わせるような軽やかな動きで地面を疾駆していく。

「あの二人は見た目とステータスの振り方が合っていないから混乱するな」

 ツナさんがそうつぶやくけど、フレアケーブイールはそうでもないみたい。向かってくる二人を敵と認識したらしく、タツさんとどっこいどっこいの巨体をくねらせて、二人目掛けて突進してくる。

 だが、それをクリーチャーは正面から盾ではじかえし、黒騎士は二メートルもありそうな巨大な剣で同じく真っ向からたたかえす。多分、【パリィ】が成功したんだと思うけど、二人共あの巨体を相手に一歩も引かずによくやるよ。そのまま、一気に攻勢に転じて首二本を押し返しているところなんか流石さすがだね。

「むぅ、攻撃が重い……」

「というか、近いと炎の継続ダメージが入ってなかなか厄介ですよ、コイツ!」

 文句を言いつつも巨大な敵のヘイトを引いて、こちらに攻撃を通さない動きもお見事。

 とはいえ、所詮は八本の頭の内の二本の注意を引いただけにすぎない。

 残りの六本の頭の内の二本は、その口を大きく開きブレスを吐こうとして──、

「カァカァカァ!」

「!?」

 突如として襲来したからすの群れに視界を塞がれて、そのブレスの狙いが大きく外れたままに放たれる。

刊行シリーズ

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