序章②

「リリちゃん、ナイス!」

「間に合いました!」

 からすいろの髪をした少女が黒のフードの縁を両手で引っ張ってぶかかぶなおし、ひと息つく。あぁ、ブレスの光がまぶしかったのかな?

 狙いを外れたブレスは洞窟の壁をなぞるようにして吐き出され、私たちに直撃こそしなかったものの、この洞窟全体を大きく揺らしてみせていた。

 いや、あんなのが直撃したらと思うとぞっとしないね。

 と、洞窟が揺れた影響か、天井部分から大きな岩石が次々と落下してきて、雨のように私たち目掛けて降りかかる。

「わわわ!?」

「チッ、これはダンジョンギミックか? 面倒くさい相手だぜ!」

 黒ローブをまとった魔女スタイルのリリちゃんがその場に思わずしゃがみ込んでしまう中で、全身真っ黒なきよだいおおかみが口から炎の球を吐き出しながら、私たちの上に降ってくる岩石を全て焼き砕いてくれる。悪態を吐きながらもい仕事をしてくれるところは頼りになるねぇ。

「なんや!? フレアケーブイールの頭にも岩が当たってピヨっとるやん!?」

「チャンス! ということは、ボクの出番だね!」

 そこで真打ち登場というべきか、キタコちゃんが胸を張ってじゃーんと立ち上がる。

 うん。張ってもあまりないけどね。

「くらえっ、ドーン!」

 キタコちゃんの言葉が辺りに響いたかと思うと、何もない空間から白スーツの上下にサングラス姿の背の低い男の人が現れて、その人が日本刀を片手にゆっくりとフレアケーブイールへと近付いていく。

「えーと……?」

 私はしばらく考えた後で、ようやくピンときて声をあげていた。

「あぁ! 静かなる人!」

「なるほどなぁ! 確かにドンやわ!」

「「「あぁ、ドンってそういう……」」」

「ドンじゃなくて、ドーンだもんっ!?」

 なお、静かなる人はフレアケーブイールに日本刀で一撃を入れた後で消えてしまった。

 ダメージが入ったのかどうかはわからない。

「まぁ、カスダメは置いといてやな」

「カスダメ!?」

「ツナやん、頼むわ」

「心得た」

 次の瞬間、タツさんの頭上から巨大なもりが飛ぶ。音速すらも超えてすっ飛んだもりは見事にフレアケーブイールの喉元を捉えたかと思うと、フレアケーブイールの頭を昆虫標本のように洞窟の壁に縫い付けていた。しかも、飛んだもりは一本だけではない。合計で八本飛んだもりはそのことごとくがフレアケーブイールの頭を洞窟の壁へと縫い付ける。

「おぉっ! すごい!」

 親切な冒険者さんが歓声をあげる中、私はこの光景を見てアレを思い出していた。

「板前さんがうなぎとかをさばく時に、頭を固定するアレの光景に似てる!」

 いや、実際に狙ってやったでしょ、ツナさん!

「ゴッド、後はさばいてくれ」

「いや、うなぎさばかたとか知らないよ。でも、まぁ、とりあえず……」

 私は【収納】から剣を一本引き出すと、それをひゅんと振るう。

 剣術とかはできないけど包丁を使ってお料理したことはあるし、三枚におろすくらいならできるんじゃないかな? うん、魚は切り身しか買わないから実際にやったことはないけども。

「おいおいおい! 話を聞いていたか!? 相手のステータスは五千オーバーなんだぞ! それにメインの防御属性は斬属性だ! とげ属性のもりならまだしも剣でダメージなんて不可能だぞ!」

「そう? 問題ないと思うよ?」

 剣を構え、そして一瞬で剣身を伸ばして水平にぐ。

 ──ィン!

 大気すらも切り裂く甲高い音と共に派手なポリゴンを散らしてうなぎの首五つと、巨大なもりれいに両断されるのが見えた。

 …………。うん、斬りすぎた。

「俺のもりが」

「うん、ゴメン。後でちゃんと修理するから……」

 とりあえず、頭は落としたし、これで三枚におろせるかな? いや、かばきっておなかを開くんだっけ? それとも、背から開くの? 私がそんな風にのんに考えていると、またしても親切な冒険者さんから新たな情報が。

「なんというとんでもない武器だ! それでもダメだ! フレアケーブイールは頭に模様があって、それが数字になっているんだ! その数字の順番通りに頭を斬り飛ばさないと延々と再生し続けるぞ! レシオを抱え落ちしたやつも慢心してそれを怠ったからやられたんだ!」

「え?」

 そういう重要な情報は早めに教えてほしい! 切断したフレアケーブイールの首元からマグマがあふれ、それが頭部をかたどったかと思うと即座に再生していく。

 そして、何事もなかったかのように叫び声をあげながら、五つの首全てがブレスを吐こうと口を大きく開く。

「暴走モードだ! こうなったら、ひたすらにブレスを吐きまくる! その攻撃力には誰も耐えられないから、一定時間逃げ回るしかないぞ!」

 だから、そういう重要な情報は早めに教えてほしいんだけど!

「【はいかん】!」

 五条の熱線が空間を走る中で、私は空中に浮かぶ六つの灰色のひつぎを前面に展開して、そのひつぎの蓋を開く。蓋の中にはどこへつながっているかもわからないしんえんの虚無があり、それが膨大な熱量を受け止めて吸収してくれる。

 だが、流石さすがに全ての熱線は吸収できないらしい。フレアケーブイールから吐き出された半分の熱線が【はいかん】を押し切って燃やし──、そして私に直撃する。

「あぁぁぁ、なんてことだ……」

「あつっ」

「え?」

 親切な冒険者さんがすごくに落ちないみたいな声をあげているんだけど、でも、私の感想としてはそれぐらいのものだ。それでも、この熱線を浴び続けて髪の毛がアフロになるのは勘弁願いたいので、私は片腕を前に伸ばして反撃する。

「【肉雲化】」

 その力を発動させた瞬間、私の腕の肉が別の生き物のように圧倒的な速度で膨張していく。モリモリと際限なく膨れ上がっていく腕の肉と、それを燃やし尽くそうとして放たれる五条の熱線。

 勢いが均衡したのは一瞬──。

 次の瞬間には肉が光を一気に飲み込み、そのままフレアケーブイールの五つの頭全てをビチャアと洞窟の壁に貼り付けていた。

 まぁ、私には【それなりに超?回復】もあるからね。ダメージレースで私の肉雲を削り切るのは至難の業だと思うよ?

「というか、頭の模様を全然見てなかったや。誰か、うなぎの頭の模様の数字見てた人いる?」

「いや、見とらんわ。ちゅうか、ブレスがまぶしくて誰も見てへんやろ」

「1、2、3、4、5、6、7、8の順番だな。間違いない」

「なんで見えとるん!?」

 流石さすが、ツナさん。食べ物に対する執着というか、集中力がはんじゃないね。

「なるほど。じゃあ、この順番だね。えいっ」

 ツナさんが指し示してくれた順番通りにフレアケーブイールの頭をねていく。そして、全ての頭をわった時、フレアケーブイールはポリゴンの欠片かけらとなって、その場で砕け散っていた。

 うーん。素材は丸々残らなかったかぁ。じゃあ、次はドロップ確認だね。多分、あると思うけど、念のためやっておこうっと。

「は? いや、ステータス五千だぞ? それをレシオ1で圧倒できるプレイヤーがいるなんて……まさか!」

「こっちは外れやな。どや、ヤマちゃん? そっちはレアドロの【うなぎかばき】は落ちたか?」

「落ちたよ~。けど、ストックもっと欲しいよね?」

「恵まれた肉体を持っていながら、魔法メインに戦う変な関西弁のドラゴン。進化したばかりだと言っていたから、その姿を把握していなくても当然だ。そして、そのドラゴンの相方と言えば……」

 ブツブツと何かを言っている親切なプレイヤーさんをしりに、私は【収納】から【せいやく】を取り出す。そして、それをターゲットカーソルが出た部分に向けてひょいと放り投げる。放物線を描いて飛んだ【せいやく】は、ターゲットカーソルに当たるとパリンと容器が割れて──、

「ギャオオオオオオオオ───!」

「うん。うなぎが生き返った」

「なんでフレアケーブイールを生き返らせてるんだよぉぉぉぉぉ!?」

「リポップに時間かかるタイプのレイドボスやなくて良かったなぁ」

 いや、だって【うなぎかばき】を沢山ストックしておきたいんだもん。

 ついでに【全体化】の効果も発動したらしく、うなぎにやられたプレイヤーも全員生き返ったみたいだね。だから許してほしいかな。

「じゃ、狩ろう。目標百うなぎね」

「ワイもレベル上げにちようえぇからマラソンに付き合ったるわ」

「素材が丸ごと残ってくれるとうれしいんだがな」

「はわわ、頑張ります~」

「一本ぐらいは首をたたりたい。そして、剝製にして飾る」

「アンデッド系と炎属性ってあまり相性良くないんだけどなぁ」

「お前ら、そこは『オー!』とか言うところじゃないのかよ? 締まらねぇな」

「オー! ……えぇっ!? やんないんですか!? みなさん、ひどいですよ!?」

「このイカレ野郎ども! やっぱりヤマモトと愉快な仲間たちじゃないか!」

 親切なプレイヤーさんの悲鳴のような声をBGMに、私はうなぎを殺しては生き返らせてを繰り返す。

 この後、市場にはうなぎのドロップアイテムが大量に流れて価格破壊が起きることになるんだけど、この時の私はまだそれに気付いていないのであった。

 そして、またちょっとやりすぎちゃった私は、ゲーム内の掲示板でこう言われるのだ。

 またヤマモトの仕業か! と──。

 これは、そんな私の悠々自適なデスゲームの記録である。

刊行シリーズ

デスゲームに巻き込まれた山本さん、気ままにゲームバランスを崩壊させる3の書影
デスゲームに巻き込まれた山本さん、気ままにゲームバランスを崩壊させる2の書影
デスゲームに巻き込まれた山本さん、気ままにゲームバランスを崩壊させるの書影