第1章 深窓の令嬢の夜の顔⑧


 この街はいいところだと思う。

 中心部にJRといくつかの私鉄が交差するターミナル駅があり、そこに広がるショッピングモールをはじめとする商業施設に行けばたいていのものは手に入るし、たいていの娯楽はある。もっと都会に出たければそこから電車に乗ればいい。

 住んでいる街の満足度ランキングがあれば、意外と上位にくるのではないだろうか。そんな地方都市だ。

 普段もっぱらネットストアを利用しているというぞえは、今日は駅の周りにある大型ショッピングモールに行って、その目で確かめながら服を探したいのだそうだ。今からどこへ行くのかと問えば、そんな答えが返ってきた。


「あの子かわいー」

「すごーい。モデルかな?」


 僕の家を出たときはよかったのだが、駅が近づき、行き交う人が多くなるにつれ、そんな声が耳に届いてくるようになってきた。

「あ、あの、もしかしてわたし、目立ってます……?」

「目立ってるか目立ってないかで言えば、まぁ、目立ってるな」

 先ほどの声は当然ぞえにも聞こえる。彼女は戸惑ったように僕に尋ね、僕は正直に答えた。

 もともと破格の美少女で、ただそこにいるだけでもぞえは目を引く。それがさらに人目を引くファッションをチョイスしたのだから目立たないはずはない。

「気にするな。似合ってるから目立ってるんだ」

「そ、そうでしょうか……?」

 ぞえは自信なさそうな様子で自分の服を見下ろす。

「いつもコンビニには行ってるだろ」

「ですが……」

 僕に言われただけですぐに胸を張れるほどぞえは単純ではないか。例えるなら、家でギターを弾いてる人間がいきなり路上ライブをする感じだろうか。自信とは場所や環境によって出たり入ったりするものだ。とは言え、これも今だけだろう。


 程なくして予想通りになった。

 ショッピングモールのファッションフロアに入ってしまえば、周りにあるのは服ばかり。ぞえもコーディネイトされたマネキンに負けてはいないが、買いもの客が見るのは店に並ぶアイテムのほうだ。相対的に彼女は目立たなくなる。

 そして、ぞえ自身も同じだ。色とりどりの服に気を取られ、時折自分に向けられる目は気にならなくなっていた。

「あ、これ、すごくいいです」

 そのファッションフロアを歩いている最中、何か琴線に触れるものがあったのか、ぞえが陳列されていた服のひとつに飛びついた。いま彼女が着ているのとよく似た、シルエットの大きいオープンショルダーのトップスだった。

 ほかのアイテムやコーディネイトされたものを見るに、やはりここはギャル系ファッションを扱う店なのだろう。ただ、これ単体なら普通の服に見える。ということは、ギャル系ファッションというのは服を組み合わせた上で、何ならメイクやヘアスタイルまで含め、そこから漂う雰囲気の総称なのかもしれない。

「ここ、見ていきましょう」

 ぞえがその店に入っていき、僕も後をついていく。

 と、そのときだった。

「こんにちはー」

 ぞえが声をかけられた。店員だ。当然のように一分の隙もないギャル系のファッションに身を包んでいる。

「今日はどんなのを探してるんですか?」

「え? えっと……」

 いきなり砕けた調子で話しかけてきた店員にぞえひるむ。

 そこで店員が何かに気づいた。

「あ、その服、素敵ですね。すごくいいです! それに髪がきれい。こういう明るい色だといろんな服に合っていいですよね」

 戸惑うぞえに、店員は目を輝かせながら矢継ぎ早に話題を振ってくる。

 どうやらばっちりコーディネイトしたぞえを見て、彼女がこういう店にも慣れていると思い、フレンドリーに話しかけてきたようだ。

「え、ええ、まぁ……」

 だが、残念ながら店員の予想は外れていた。ぞえはまったくもってこういう場所は不慣れで、いきなり距離を詰めてくるタイプの店員とのコミュニケーションも不得手だったようだ。

「何かSNSやってます? やってないならぜひやりましょう。服やコーデの紹介に自撮りを載せたりして。絶対人気でますよ。よかったら連絡先──」

「すみません」

 仕方がないので僕が割って入る。

「商品を見せてもらっても? 聞きたいことがあれば呼びますので」

「あ、そうですね。わかりました。何でも聞いてくださいね」

 店員は笑顔で離れていった。おそらく彼女はちょっとはりきりすぎたくらいの気持ちで、ぞえを困らせていた自覚はないだろう。

「す、すみません。あかざわさん……」

「いいよ、別に。ほら、好きに見るといい」

 謝るぞえに、僕は気兼ねなく続けろと促す。

「あ、はい……」

 そうは言ったもののぞえは店員の目が気になるのか、明らかに最初に比べて勢いが落ちていた。順にアイテムを見ているが、何かを吟味している様子はない。ただ手に取り、眺めるだけの流れ作業。

「もう出ましょう。あかざわさん」

 そして、結局そそくさとこの店から退散したのだった。

 つまるところ、服が変わってもぞえぞえということか。いや、学校では深窓の令嬢然としつつも堂々としているわけだから、対人コミュニケーションの面ではむしろ後退しているとも言える。聞いた感じでは今日が本格的なギャル系ファッションデビューだから、そのあたりの緊張もあるのだろう。


§§§


 その後もぞえは店舗の中には踏み入らず、外からでも見えるアイテムについて「あれ、いいですね」「ああいうのも着てみたいです」と言うばかりのウィンドウショッピングが続いた。

 僕たちは気分転換に一度ショッピングモールの外に出る。

ぞえ、クレープでも食べないか?」

 表には広場のような場所があり、その周りにいくつかの店があった。コーヒースタンド、ソフトクリーム屋、ホットサンドの店、などなど。その中にクレープを扱う店もある。

「え? あ、いいですね」

 沈んだ顔をしていたぞえが、少しだけ笑顔を見せる。

 彼女がそう答えたことで、僕たちはそちらに足を向けた。

「いらっしゃいませー。どれにしましょう?」

 店員の明るい声が僕らを迎える。

 ぞえが僕を見た。

「僕は後でいいよ」

「じゃ、じゃあ……」

 と、彼女は店舗のあちこちに貼られたクレープの写真に目を向ける。

「わたしはこれを」

 やがてそう言って注文したのは、フルーツやらアイスクリームやらが載った派手なクレープだった。

「ありがとうございまーす」

 能天気なお礼の言葉とともに値段が告げられる。確認した素振りはないので、すべての商品の価格を覚えているのだろう。僕はぞえがどれを食べようかと迷っている間に用意しておいた千円札を差し出した。

あかざわさん。そんな、悪いです」

「いいよ。たいした値段じゃない」

 僕はお釣りを受け取りながら答える。こうして千円札一枚でお釣りが返ってくるのだから、たかがしれている。クレープひとつにその値段が妥当なのかは知らないが。

「でも……」

「お待たせしましたー」

 まだ何か言おうとしたぞえに、パフェとまがうばかりのクレープが差し出された。写真を見たときはどうやって食べるのだろうかと思ったが、極々シンプルにスプーンも一緒に刺さっていた。いよいよパフェだ。

「じゃ、じゃあ、いただきます……」

 差し出されたクレープをいつまでもそのままにはしておけず、ぞえは遠慮がちにそれを受け取った。ここまでくれば選択肢はそれしかない。であれば気持ちよく食べてくれたほうが僕としてはうれしい。

 続けて今度は僕が、先ほどのお釣りに少し小銭を足してオーソドックスな生クリームとカスタード入りのクレープを買った。見た目はごくありふれた三角形に近いやつだ。それに紙が巻かれている。

 僕たちは空いているベンチに移動した。ぞえは座り、僕は立つ。そこに特に意味はない。

刊行シリーズ

孤独な深窓の令嬢はギャルの夢を見るかの書影