#10 間にはさまる者はオーバーキルする町野さん

 ドミノは麻雀と将棋をあわせたような、戦略性の高いゲームだ。

 とはいえ国内では、本来のルールで遊ばれることはほとんどない。

 おおむねは牌や図形を並べて倒す、「ドミノ倒し」として親しまれている。


「そういう意味だと、僕は『ドミノ倒され部』なのかな……」


 部室に入って床を見て、ふうとため息をつく。

 昨日の部活で並べた本線が、ギミック手前のストッパーまですべて倒れていた。

 地震、振動、すきま風。気温の上下や、湿度の高低。「なんにもしてないのにドミノが倒れた!」となることは、けっこう多い。


「まあ倒れたら、また並べるだけだけど」


 僕は隅の机にリュックを置き、床にひざまずいてドミノを並べ始めた。


「あっ、あの……スッズーリサン、いムァスクァ?」


 引き戸を開けて入ってきたのは、巻き舌の日本語を話す金髪碧眼の女子生徒。

 平均よりも小さい背もあいまって、人形めいたかわいらしさがある。


「あ、雪出さん。町野さんなら、今日はまだきてないよ」


 水泳部に所属する町野さんは、部活が始まるまでここで雑談していく。

 雪出さんはそれを知っていて、町野さんを捜しにきたのだろう。


「モスグ、クルゥ?」


 雪出さんは北欧系の見た目に反し、生粋の日本語ネイティブだ。けれど周囲の期待を裏切らないよう、「誇張しすぎた外国人タレント風の発音」でしゃべってくれる。


「うん、たぶん。ここで待つ?」


 部室の端に置いてあった椅子を、雪出さんの前に移動させた。


「インディスカ? ドモアリガト!」

「ユーアーウェルカム」

「スミマセン、二反田サン。ワタシジェネリック外国人……英語苦手デス……」

「ごめん、雪出さん。日本人は外国語訛りの日本語で道を聞いてきた人に、なぜか英語で答えようとする習性があるから……」


 雪出さんが困ったような顔をしながら、椅子に座る。

 僕もたぶん困ったような顔で、倒れているドミノを並べ直す。

 会話は、ない。

 雪出さんはおとなしい性格で、クラスでも町野さんの陰に隠れていることが多い。

 僕もコミュ力は著しく低く、こういう際のトークデッキは持ちあわせていない。

 とはいえ部屋の主なのだから、天気の話くらいは振るべきだろう。


「「あの」」


 勇気を出して口を開くと、ものの見事にかぶった。


「あ、なに? 雪出さん」

「ううん。二反田サン、ドゾ」

「いや、僕はたいしたことじゃないから……」

「ワタシも、別に……」


 そしてまた、気まずい沈黙が流れる。

 まったくの初対面より、「友だちの友だち」みたいな関係のほうが会話はむずかしい。

 しゃべった内容を友だちに報告されるかも、なんて心理が働いてしまう。

 けれどそれゆえに、いつまでも空気を凍らせているわけにはいかない。


「「あの」」


 また同時に言ってしまったけれど、今度は雪出さんががんばった。


「二反田サンは、ドミノ部なんですね。楽しそうデス」

「ドミノに興味がおありで!」


 僕がにわかに興奮すると、雪出さんが「……ヒッ」と表情を強ばらせる。


「あっ、ごめん。えっと、その……並べてみます?」

「インディスカ?」


 もちろんと、僕は倒れた本線の端を指さした。


「本線が止まるとドミノは終わりなんだ。だからカーブの箇所は『ダブル』と言って、分岐させて保険をかけるんだよ。並べごたえがあって、楽しいと思います」

「が、がんばるマス」


 雪出さんは尻ごみせず、果敢にドミノを並べ始めた。

 再び沈黙が続く。しかしさっきと違って間がもたないという感じではなく、集中しているゆえの静けさだった。雰囲気は悪くない。


「二反田サン。ドミノ、楽しいデス」


 ドミノがアイスブレイクしてくれたのか、雪出さんは笑顔だった。

 その見た目が美少女すぎるだけで、雪出さんの中身は「三つ編みメガネの空気を読みすぎる気弱キャラ」に近いと思う。どちらかと言えば、僕と同じ陰サイドだ。


「うれしいな。町野さんは、ほとんど興味を持ってくれないから」

「二反田サンは、スズリと仲よしデスネ」

「町野さんによれば、僕が四月の自己紹介ですべったのが面白かったって」

「ソウナンデス? ……ゴメンナサイ。どんな自己紹介? ワタシ緊張していて、ほとんど覚えてナイ……あっ、すべったなら言いたくないデスネ……」


 僕は歯を食いしばりながら、自分のすべったネタを解説する。


「……だから具体的なゲームではなくて、どのゲームにもいる影が薄いキャラクターだと自分を揶揄しているところが、おもしろポイントなわけで……」


 自分の死体を自分で掘り返し、自分に死体蹴りをしている気分だ。


「二反田サン、頭いいデスネ。ワタシ、よくわからないデス」


 雪出さんは眉をハの字にしながら、苦く、かわいく、笑ってくれた。


「コロシテ……マチノサン、コロシテ……」

「エッ」

「そっ、そういえば雪出さんは、いつから町野さんと友だちなの?」


 怯えた表情をされてしまい、僕は慌てて取り繕う。


「ワタシ、小学校卒業で引っ越すまでは、この辺りに住んでマシタ。スズリとはお習字の教室が一緒だったんデス。だから高校で、三年ぶりの再会デス」

「あー。町野さんのおばあさんの、書道教室」

「それを知ってるなんて、二反田サン、スズリと本当に仲いいんデスネ」


 町野さんは字が下手なのがコンプレックスだと、本人から聞いている。


「というか単純に、町野さんは面倒見がいいんだと思う。最初はたぶん、僕がひとりぼっちなのを気にかけてくれたみたいだし」

「わかりマス! スズリは昔から優しい子で、ワタシが男子にからかわれたら、その子の書道バッグがあふれるくらい、セミの抜け殻を詰めこんでくれマシタ」

「微笑ましいのラインをギリ越えてるけど、町野さんらしいね」

「最近もありマシタ。先月の『メイド事変』」


 過去の文化祭で使われたメイド服が校舎内で大量に見つかり、複数の女子生徒がそれを着用して教師と追いかけっこしたという、ほのぼの事件だ。


「あれはやっぱり、町野さんが首謀者だったの?」

「ワタシのためだったんデス。『バズる動画のネタを提供すれば、承認欲求モンスターたちは一度バズった味が忘れられず、次はそれを上回るネタを探すから』って」


 町野さんはかつて、ショート動画文化にもの申している。

 自分はともかく、同調圧力に負けて撮影される雪出さんがかわいそうだと。

 それゆえ町野さんは『メイド事変』というスケープゴートを用意して、角が立たないように雪出さんから承認欲求モンスターを遠ざけたのだろう。


「町野さんって、『この物語の主人公』って感じだよね」


 言ってふたりで笑ったタイミングで、部室の引き戸が開く。


「……は?」


 現れたのは、スポーツバッグを斜めがけにしたポニーテールの女子生徒。

 すなわち町野さんなのだけれど、いつもと違って目にハイライトがない。


「ちょっと待って、町野さん。たぶんなにかを誤解してる」

「そ、そうデス。ワタシが貸してたノートを返してもらおうとスズリを捜したら教室にいなくて、ここにきたら二反田サンが待たせてくれたけど、お互いコミュ力がないからスズリの話題が出るまでは地獄の気まずさで……デスヨネ、二反田サン」

「そうだね……そこまではっきり言わなくてもいいと思うけど、そうだね……」


 僕は雪出さんの容赦ない言葉に、心の中で涙を流した。


「わかるよ、ベニちゃん。二反田ってネットミームが多いから、『エグいって』と『ダルいって』しか言わない人と同じくらい、会話が苦痛なときあるよねー。いこ」


 町野さんが雪出さんの手を引き、僕をオーバーキルして部室を出ていく。

 そうしてくずおれた僕を振り返り、絵文字ばりのあかんべえをした。


「やだなー、二反田。昨日の『苦痛』は本心じゃないよ。アカウント乗っ取られ」


 翌日に町野さんから適当なフォローをされても、僕はしばらく立ち直れなかった。

 

 覚えておいてほしい。

 仲のよい女の子同士の間に割りこむと、男は死をもって償わされる。