#20 寝落ちもちもち町野さん

 一般的な男子高校生はあまり持たないものが、僕の部屋にはいくつかある。

 まずはドミノ関連。学校にも置いてあるけれど、自分の部屋にも衣装ケースに入れて保管してあった。牌はもちろん、ストッパーがけっこうかさばる。

 次にノートパソコンとアクションカメラ。学校で撮影して、家で動画を編集するスタイルでやっている。ノーパソは父のお下がり。

 最後がぬいぐるみ。うちはマンションで動物が飼えないから、代わりにひとつ買ったらどんどん増えた。ベッドの枕元には、ダックスとゼニガメとホオジロザメがいる。


『え、見たい。画像送ってよ』


 イヤホンから聞こえる町野さんの声は、テンションのわりには静かだ。

 ここ二日ほどは避難訓練だったり、安楽寝さんに遠方のイオンにつきあわされたりで、町野さんと話せていなかった。『明日は学校で話せるね』なんて夜にLINEをしていると、


『文字通りの意味で月がきれいだから、寝落ちもちもちしようよ』


 なんて深い意味がないことを明言しつつ、通話に誘われたのだった。


「画像はいやです。部屋を見せるのは恥ずかしいもの」


 僕はベッドの縁に腰掛けて、ぬいぐるみを振り返りながら答える。


『おーねーがーいー。わたしも、なんか撮って送るから』

「天井とか送ってきそう……まあいいか……はい。いま撮影して送ったよ」

『……SNS慣れしてないのが丸わかりな、写真の下手さだね』

「おっと、予想以上に傷ついたぞ」

『男の子の部屋って、パンチングボードに工具かヘッドホンを吊してると思ってた』

「『男子あるある』がない部屋ですいません」

『でも、ぬいぐるみはかわいいよ。手触りよさそう』

「この間の恐竜展で、ステゴサウルスのぬいぐるみ買わなかったのを後悔してるよ」

『あれかわいいけど、高かったもんね。こっちも送ったよー』


 僕はベッドの上で居住まいを正し、神妙に画像を確認した。


「……まさかの自撮り」


 もこもこのルームウェアを着た町野さんが、姿見にスマホを構えて映っている。


『だって部屋は恥ずかしいし。だぼ袖ピース、かわいいでしょ?』

「……あ。鏡にローテーブルとメイク道具が映ってるね。なるほど。リップはMACと」

『二反田、たまにぞっとするくらいキモいよね……』

「すみません。面白いと思って言ってしまいました。以後気をつけます」

『謝れてえらい。わたし学校行くときは、ほぼすっぴんだけどね』

「泳ぐ人は、そうなっちゃう?」

『泳がなくてもかなー。恐竜展のときも、ファンデと眉毛とリップだけ』

「そうそう。そうだったね。だからリップに目がいったんだよ」

『あの日リップしてないよ。これだから文化部男子は』


 町野さんの声がいつもよりも耳に近く、顔も見えないから情報量が少ない。そのせいか普段と違うボケもツッコミもない会話でも、だらだらと続けられる。


「たしかに文化部男子でも気づけるのは、安楽寝さんの髪色くらいかも」


 今朝学校に行くと、安楽寝さんの髪が海賊みたいなビビッドレッドになっていた。


『なんかねー、ベニちゃんとの金色かぶりが気になったんだって』


 安楽寝さんがドミノ部を訪問した日から、二日ほどたっている。その間にクラスでは町野さんが安楽寝さんに話しかける姿が見られ、チョロくねさんはチョロチョロしていた。


「そこまでして、雪出さんと友だちになりたかったんだ……」

『ベニちゃんそういうの気づくタイプだから、ちょっと仲よくなってたよ。イオちゃん本人もヤンキー感が増したって、赤髪を気に入ってるみたい』


 僕のせいなら申し訳ないと思ったけれど、本人が喜んでいるならよかった。


「たしかにますます、近づきがたいビジュアルになったね」

『イオちゃん、男の人が苦手なんだよね。あの赤髪も黒いネイルも、半分は威嚇みたい』

「……腑に落ちたよ。安楽寝さんが、ロボットと友だちになろうとした理由に」


 僕が男らしくないと警戒を解かれたなら、それを誇るべき時代ではあるけれど。


『あの日わたしが部室に行かなかったら、イオちゃんドミノ部に入ってたよね』


 これが今日の本題かなと、僕はベッドに寝転がった。


「一応入ったんだよ。文化祭の時だけ手伝ってくれる、幽霊部員の扱いで」

『籍の問題じゃなくて、二反田と毎日活動してたかもってこと』

「どうかな。安楽寝さんは、ドミノに興味ないみたいだったけど」

『……』

「町野さん、起きてる?」

『……反省中。わたし、やきもち焼いちゃったなって』

「誰に?」

『イオちゃんにだよ。わたしの居場所を取られちゃうーって。それであんな風に、追いだすみたいにしちゃったのかも』

「安楽寝さんがドミノ部に入ったら、三人で話すだけじゃないかな」

『……二反田は、そう思ったんだ』

「すみません。今日はプレミが多い日みたいです」

『つまり?』

「やっぱり考えたよ。町野さんとの時間がなくなるかもって」

『じゃあわたしと一緒だ。これって空間に対する同担拒否? 教えて、言語化の達人』

「なんでもかんでも、言葉にしなくていいんじゃないかな」

『逃げた』

「感情は共有できたよ。幼稚園に置いてある、自分しか使わないおもちゃみたいな」

『おもちゃかー……そっか。そうだね』


 なんとなく、「ω」の口が見えたような気がする。


「町野さんは、眠くないの?」

『ぼちぼちかな。二反田は?』

「僕もぼちぼち。フードコートで炭水化物をいっぱい食べたから」

『いいなー、イオちゃんとイオンデート』

「スポーツに打ちこむのがSランクの青春で、僕たちは一生底辺にいると思ってたけど、町野さんにキャリーされてCからBにランクアップして、いまは一般高校生みたいにフードコートでだべっているって、感動……ふぁ……してたよ」


 かみ殺し切れず、あくびがちょっと出てしまう。


『初めて使う言葉だけど、益体もない話だね。二反田、そろそろ寝る?』

「まだ平気。町野さん、電話だとちょっと声が違うね」

『え。お母さんみたいに、1オクターブ高くなってる?』

「逆だよ。ローテンションで落ち着いてる」

『じゃあ普段といま、どっちのわたしが好き?』

「……すー」

『もちもーち。答えにくい質問に寝たふりしてる?』

「すみません。よくわかりません」

『びっくりした。Siri起動したのかと思った』

「似てたかな。じゃあショートの読み上げ音声もいけるかも。WWWW」

『わたしからネタ振ったけど、AIっぽいの怖い……』


 僕に感情が薄いせいか、町野さんはロボとかホヤとかを苦手にしている。


「ごめん。町野さんは、僕の自我を気に入ってくれてるんだね」

『それ肯定したら、ほぼ告白だよ。気に入ってる』

「……いま告白した?」

『ガワが好きとは言ってない』

「今日からVtuberになるよ」

『そうなったら一生推すかも』

「喜ぶべきか泣くべきか」


 ほとんど頭を使わず口先だけでしゃべっているから、明日になったら赤くなりそうなことを言っている気がする。寝落ちもちもち、恐るべし。


『ふわぁ……そろそろわたしも、眠くなってきたかも』

「じゃあ切ろうか。また明日学校で」

『やだよぉ。どっちかが寝落ちするまで、続けようよぉ』

「すごいむにゃむにゃ声」

『こんな甘えた……聞けるの……二反田……だけ……すー』

「町野さん、寝た?」

『……起きてる……たまには……わた……興味……て……すー……すー』

「だぼ袖ピース、かわいかったです」

『……すー』


 決死の告白をしたのに起きなかったのだから、本当に眠ったようだ。


 僕はしばらく中秋の名月を眺め、寝息におやすみを言って通話を切った。