続・ツッコミ待ちの町野さん
#38 ラブコメ三級の町野さん
「リョーマの『実家が野菜カフェ』設定が、初めて活きたな!」
アフロに日光を浴びながら、八木は観光地の名物店員みたいに陽気だった。
僕は鉄板の前でトングを片手に、黙々とタマネギを焼いている。
正面では町野さんが箸を片手に、もぐもぐと肉を食べている。
ゴールデンウィークの初日、僕たちは河川敷へやってきた。
専用のバーベキュー場じゃないから無料だし、近くの公園には水場やトイレもある。
おかげで高校生でも気軽に楽しめる反面、「初詣?」というくらいに人が多い。
「設定とはなんだ八木元気。ぼくの両親はちゃんとやってるっぽいぞ」
坂本くんがふんわり言って、レンズがグリーンのサングラスをスチャっとする。
僕は鉄板の前でトングを片手に、黙々と肉を焼いている。
正面では町野さんが箸を片手に、もぐもぐとタマネギを食べている。
「坂本サンちの『野菜カフェ』、横浜に三店舗もあるんデスヨ。無農薬でヘルシーで、自家製のドレッシングがおいしいと評判デス。知らんケド」
雪出さんが持ち前の空気読み力で、みんなが知りたい情報を解説してくれた。
最後の「知らんケド」は、流暢に日本語を話す外国人がこのワードで会話を締めるとウケると気づき、最近よく使っているらしい。
みんなが「知らんのかい!」とコミュニケーション相づちを返す中、
「……くっ、わかっていても笑っちまう……! かわいさが相まっちまう……!」
雪出さんを神聖視している八木だけが、崇拝者の反応をしていた。
僕は鉄板の前でトングを片手に、黙々とエリンギを焼いている。
正面では町野さんが箸を片手に、もぐもぐと肉を食べている。
「野菜カフェはともかく、『調理部』の設定はどうしたアホメガネ。二反田にばっか焼かせてないで、おまえも手ぇ動かせ」
焼き網の端にかぼちゃをキープしつつ、安楽寝さんが教育的にツッコんだ。
背中に女郎蜘蛛が描かれたスカジャンと、クモの巣の柄のタトゥータイツ。腰にはふわふわの尻尾キーホルダーで、今日も周囲に人を寄せつけないファッション。
「適材適所という言葉があるだろう。ぼくはビジュアル担当で忙しい」
坂本くんがサングラスをスチャり、高所からかぼちゃに塩をパラパラしている。
僕は鉄板の前でトングを片手に、黙々と肉を焼いている。
正面では町野さんが箸を片手に、もぐもぐとエリンギを食べている。
「いや『黙々』と『もぐもぐ』! 会話わい!」
とうとうしびれを切らし、安楽寝さんが僕たちにツッコむ。
「ごめん、安楽寝さん。六人分を焼くのに忙しくて。話はちゃんと聞いてるよ」
「ごめん、イオちゃん。六人分を食べるの忙しくて。話は三割聞いてるよ」
僕は鉄板の前でトングを片手に、黙々とパプリカを焼いている。
正面では町野さんが箸を片手に、もぐもぐと肉を食べている。
「町野さんにツッコめよ二反田! 野菜、肉、肉、キノコ、肉のループを止めろ!」
業を煮やした八木も参戦。
「八木ちゃん。そのパプリカ、二反田のバーニャカウダソースが絶品だよ」
「マジだうんめぇ……だが町野さんなら、もっとおもしろ食レポできるよな」
「おいしい……この三パックよりどり九百八十円の庶民肉に比べたら、わたしが普段食べているのはまるで一流レストランのシャトーブリアンですわ!」
「プライドを捨てきれないお嬢様の食レポ」
そろそろ会話に加わりたいので、僕もツッコんでおいた。
「あ、二反田。マキシマム取って」
「はい」
「にたんだー。えのきとチーズを使った和風創作料理食べたーい」
「はい」
「大喜利したいなー。『視聴者が微妙にイラっときたサザエさんの回』。二反田」
「『ノリスケのリスケ』」
町野さんといつものやりとりをしていると、雪出さんがぽつりとつぶやいた。
「ふたりって、実はすでにつきあってたりするんデス……?」
「そそそ、そんなわけないよ! ななな、なに言ってるのベニちゃん!」
「町野さんがラブコメ三級みたいなリアクションすると、逆になにもなさが伝わるね」
まあ僕の顔は火照っているけれども、火の前なのでバレないだろう。
「えっと……変なこと言ってゴメンナサイ。二反田サン、お料理上手デスネ」
「坂本くんちの野菜がおいしいから。あ、そろそろウィンナー焼けたかな」
なんてみんなに取り分けていると、安楽寝さんが怪訝な顔。
「……おかしい。あーしの知る二反田は、『バーベキュー? 不快指数の高い季節に、不衛生な環境で、不必要な量の食材を調理しきれず余らせる、不条理な会合のこと?』って引き笑いする香ばしい陰キャだったのに、なんだこの立ち回り……」
「安楽寝さん、虫苦手でしょ? 蚊取り線香あるから」
「きゅん……ち、違うぞ! いまのはうれしかったんじゃ……いや、普通にうれしいわ」
僕はリュックから蚊取り線香を取りだし、風向きを見て複数箇所に設置した。
「(……リョーマ。いま俺たちは、非常に立場が危うい)」
八木と坂本くんが、少し離れた場所でひそひそと話している。
「(うむ。ぼくは野菜を持ってきたのに、『いらない子』状態だ)」
「(クッソ……このまま二反田に、トングデ無双させてたまるかよ)」
「(策はあるのか八木元気)」
「(ああ。場の流れを、二反田の苦手ジャンルに持っていく)」
「(二反田くんと言えば、うんこマンだな。あと人の目を見て話せない)」
(よし、思いついた。具体的な作戦はこうだ――)」
坂本くんと八木が、自信満々の顔で帰ってきた。
「時がきた。みな体を動かそう。我々は、『愛してるバドミントン』をすべきだ」
「面白そうだろ? ちなルールは、相手の目を見て『愛してる』と言いながら――」
八木が説明を終える前に、安楽寝さんと雪出さんがため息をつく。
「周りをよく見ろ、アホメガネ」
「八木サン。この人混みだと、バドミントンは無理デスネ……」
苦笑いを浮かべるふたりの前で、八木ががっくりとうなだれた。
「俺じゃだめか……そうだよな。調理スキル持ち、異世界でもハーレム作るもんな……」
「やっぱり二反田くんは強いな。もうだめだ。強い……」
坂本くんがサングラスをスチャって、呂布カルマみたいに背を向ける。
「ま、まあ、バドは無理でも、あーしも散歩くらいはしようと思ってたけどな」
「わ、ワタシも、川の水に触ってみたいナー。でもひとりじゃ怖いナー」
あからさまな同情だけれど、八木も坂本くんもぱあっと顔を輝かせた。
川へと向かう四人を見送り、町野さんがにやりと笑う。
「調理スキルかー。前にわたしと行ったキャンプ、役に立ってるね」
「実はあれから、ひとりでも行ったんだ。意外とアウトドアが性にあうみたいで」
「ソロキャン? ずるい。わたしも行きたい」
町野さんとのデュオキャンは楽しかったけれど、そうしょっちゅうは行けない。
あんなに無邪気にくっつかれたら、僕の心臓がもたないから。
「町野さんは水遊びにいかないの? 荷物なら僕が見ておくよ」
「わたしがベニちゃんイオちゃんと、水辺できゃっきゃしてるとこ見たい?」
「さぞや絵になることでしょう」
「じゃ、あとでちょっとだけ行ってあげるよ。まだ疲れてるから休憩」
「疲れるようなことしてたっけ? ……あ、僕に気を使ってる?」
「気は使ってないよ。水に毎日浸かってるってだけ」
「水泳部ジョークだ」
「二反田、楽しい? ソロキャンのほうが気楽とか思ってない?」
「思ってないよ。そう見える?」
「顔に出てないし。じゃあどのくらい楽しい?」
「ボールプールに飛びこんだ園児くらい」
町野さんの口が、「ω」の形に変わった。
「休憩終わり! 二反田も、川の水きゃっきゃしよ」
立ち上がった町野さんが、僕の手を握る。
「でも、荷物が」
「あの子が番してくれるよ。二反田が火起こし中、疲れるくらいに遊んであげたから」
振り返ると、隣の家族連れの柴犬がこちらを見てうなずいた。
「いっ、犬がうなずいた!」
「『吉田ケンネル』って名前で、Webライターやってるんだって。賢いね」
「そんなわけ……またうなずいた!」
「ほら、いこ!」
混乱する僕の手を引き、町野さんが走りだす。
かくして僕は水遊びするヒロインたちのカットの隅に見切れるという、青春ラブコメの挿絵みたいな祝日をすごしたのだった。



