続・ツッコミ待ちの町野さん

#SIDE 坂本秀斎 ~IO それが見えたら求愛~

 ぼくはこの世に生誕してから、引け目を感じたことがなかった。

 たとえば伊緒はぼくよりも成績がいいが、自分が劣っているとは感じない。素晴らしいパートナーに出会えたと、自分の運に感謝するだけである。

 ところが今日のバーベキューで、ぼくは初めて敗北を知った。

 我が友、二反田くんにである。

 二反田くんは伊緒と仲がいい。心根で互いを理解している節がある。

 なぜそうなのかと問うと、二反田くんは「出自が同じ」というようなことを言った。

 要するに、コミュニケーションが不得手なもの同士らしい。

 二反田くんは友人が少ないことに引け目を感じ、目立つ生徒は自分よりも上の存在と認識している。敵意こそないが、相容れないものと接触を避けている。

 ぼくは用があれば誰とでも話す。クラスメイトに上も下もない。


「坂本くんは、メンタルTeir1だから」


 二反田くんはそう評したが、ぼくは「メンタル」もよくわからない。

 しかし伊緒のことは理解したいので、二反田くんに教えを請うた。


「二反田くんは、伊緒が虫ぎらいと知っていたのか」


 バーベキューの後片づけをしていた、ゴボウみたいな背中に声をかける。


「確証はないけど、そうじゃないかなって。安楽寝さんは苦手なものと同化することで、弱点を克服するタイプの能力者だから」

「わからないな。カボチャの種くらいのスナック感覚で頼む」

「ヤンキーが苦手だからヤンキーの衣装を羽織る。虫ぎらいだから虫の意匠を頼る」

「伊緒の赤髪や黒い爪は、男避けではなかったのか?」

「それもあるし、ヤンキーへの憧れもあると思うよ。安楽寝さん、ツンデレだから」

「わからないな。二反田くんはサッカー部に憧れても、ユニフォームは着ないだろう」

「単純に、似あわないからね」

「さっぱりわからん。どうすれば二反田くんのように、伊緒を理解できる」

「僕と思考パターンが近いだけで、ぜんぜん理解はしてないよ。たとえば最近の安楽寝さんはルーズソックスをはいてるけど、『令和になぜ?』って意味がわからないし」

「あれはぼくが頼んだ。伊緒に似あうと思った。実際似あう」

「ほほう。それはそれは」


 二反田くんが、ニチャアと笑った。


「どうした、二反田くん。淫猥なことを考えたのか」

「違うよ! 町野さんが喜びそうなエピソードだなって」

「内密に頼む。言ったら伊緒は怒りそうな気がする」

「わかった。口外しないよ。坂本くんも、ちゃんと安楽寝さんを理解してるね」

「モロヘイヤ?」

「うん。安楽寝さんが言う『きらい』は、本当に『きらい』な場合と『好き』の裏返しのときがあって。坂本くんとの関係をからかわれるのは恥ずかしいから『きらい』だけど、坂本くん本人を『きらい』なわけじゃないというか。そういう例外を安楽寝さんの反応というフィードバックを得て、しっかり蓄積できていると思うよ」


 その言葉を聞くと、ふっと背中からなにかが抜けた気がした。


「九割聞き流したが、心の中にあった『引け目』がなくなったようだ」

「坂本くんにも、そういう感覚があったの?」

「伊緒への理解度で二反田くんに敗北した気分だったが、いま並んだ」

「上場したてのベンチャーみたいなメンタリティ」

「ありがとう、二反田くん。ぼくも洗いものを手伝おう」

「待って待って! スプーンはそうやって洗うと、僕がびしゃびしゃになるから!」


 二反田くんに水がしたたり、少しいい男になった。


「うぃーす。ゴミまとめ終わったぞ。なーにサボってんだアホメガネ」


 伊緒がやってきて、ぼくにかまってほしそうに言う。


「とても弱虫だな、伊緒は。だが案ずるな。ぼくがいる」

「なんだいきなり! ケンカ売ってんのかテメェ!」

「ぼくは伊緒が好きだ」

「なっ……人前でやめろバカ!」


 伊緒が頬を染め、二反田くんもくねくねとはにかんだ。


「そうだな。伊緒がいやがることはやめよう」

「……どうした。いつもはのべつまくなしに求愛するくせに」

「いまもしたい。だから二反田くん。悪いが席を外してくれ」

「えっ、見るからに作業中の僕が?」

「アホメガネ! こういうときは、うちらが場所を変え――違っ、違っ!」


 伊緒がますます紅潮して、黒いマスクがよく映えた。


「う……うわああああ! ラブコメだ! 仏恥義理純情ラブコメに殺される!」

「まっ、待て二反田! あーしを置いて――ヒッ」


 ぼくは一歩、伊緒に近づいた。

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