続・ツッコミ待ちの町野さん

#41 恋愛相談を丸投げする町野さん

 いわゆる「迷走」は、基本的に第三者からの評価になる。

 現状を打破しようとしている本人は、自身の行動を「挑戦」と言うだろう。


「だから僕は、彼女を静かに見守るべきだと思う。思うけど……」


 部室の床にドミノを並べながら、僕は懊悩する。

 先週末、横浜へ買い物にいった。すると黒マスクをしたクラスメイトを見かけた。

 安楽寝さんじゃない。

 ウエストが絞られた黒いスカート。フリルがついたピンクのブラウス。

 そして金色の髪と、カラコンでない青い瞳――。

 あの北欧系美少女の雪出さんが、めちゃめちゃ地雷系ファッションになっていた。


「バーベキューのときは、普通にかわいい感じだったのに……」


 天使になにが起こったか。八木は知っているのか。知らなかったら教えてあげるべきなのかと考えていると、部室の引き戸がすーっと開いた。


「せ、先輩サン。こんちッス」


 現れたのは、ポニーテールの町野さん……ではなかった。

 低めの身長に、金色の少し髪が伸びたボブ。

 おどおどと辺りをうかがう青い瞳。

 僕たちの愛した天使が、制服姿でそこに立っていた。


「こ、こんにちは雪出さん。えっと……町野さんは、まだきてないけど」

「違うッス。今日はワタシが、先輩に相談したいッス」

「なんでも聞くから、町野さんに吹きこまれた後輩口調やめて?」

「そうなんデス?『二反田? 後輩口調でチョロロw』って聞いたんですケド」

「裏での性格、悪すぎない!?」

「そんなことないデス! スズリはいい子デス!」

「よかった……雪出さん、中身は天使のままだった――」


 自分の失言に気づいたときは、すでに遅かった。


「『中身は』……? まさか、二反田サン……!」


 マテリアみたいな瞳でじーっと見つめられ、僕は屈した。


「実は先週末。横浜でいつもと違う雪出さんを見たんだ」

「……声をかけるのをためらうほど、ワタシの服は変だったデス?」

「いまから否定しますので、よきところで止めてください」


 僕は首を横に振り始めた。ぶん、ぶんぶん、ぶんぶんぶん――。


「は、早いデス二反田サン! 残像が出てマス!」

「神絵師の作画みたいに似あってました。死ぬほどかわいかったです。ああああ……」

「もう大丈夫デス! 三十連勤したケルベロスみたいになってマス!」

「伝わって……よかった。声をかけられなかったのは、シンプルに陰キャだからです」


 僕はやりきった表情で、雪出さんにサムズアップした。


「わかりマス。外で知りあい見かけても、スルーしちゃいますよネ……」

「相手が友だちと一緒なら、隠れるまであるよ」


 雪出さんがくすくす笑ってくれたので、僕の体力は全回復した。


「フフ。スズリが『二反田めっちゃかわいいって言ってくれるから、自己肯定感爆上げ』って言ってたけど、本当デスネ」

「爆上げっていうか、カツアゲだけどね」


 町野さんは頻繁に「かわいい」を要求してくる。僕に言われるまでもないのに。


「でもやっぱり、八木サンよりもほめ上手デス」

「八木もあのファッション、知ってたんだね。なんて言われたの?」

「『迷走かわいい!』って。Vtuberの新衣装お披露目スパチャみたいデシタ」

「あの失言ぼっくり……!」


 冒頭の僕のような葛藤を、八木はまったくしなかったようだ。


「実際ワタシ、迷走してるんデス。二反田サン、相談に乗ってクダサイ」

「う、うん。僕でよければ」


 これは恋愛相談というやつかもしれない。僕は「わかり手」になれるだろうか。


「イオと坂本サン。一方通行ケンカップルって感じで、すごくお似あいデス」

「言い得て妙だね」

「スズリと二反田サン。できる陽キャとできない陰キャって感じで、相方感パないデス」

「雪出さん、いつも僕にだけ容赦ないね……」

「ワタシと八木サンだけ、距離が縮まらないデス……だから服とかキャラとか変えてみてるんですケド……それはそれで変身願望を満たせて楽しいんですケド……」


 雪出さんが口を「3」にしつつ、両手の人差し指をあわせる。かわいい。

 さておき恐ろしいことに、八木と雪出さんは両想いだ。

 ふたりは中学が同じで、過去に雪出さんに因縁をつけてきたクラスメイトを八木がディスりまくって公開処刑したことがある。

 女子が欲するのは白馬の王子様ではなく「自分だけを守ってくれるシリアルキラー」なんて言うけれど、雪出さんはまさにそのタイプだ。

 一方の八木は雪出さんをアイドル視していて、「つながりオタク」を許さない。

 おかげで去年町野さんが介入するまで、ふたりは相思相愛なのにギクシャクしていた。


「八木はいいやつだけど、距離感ぜんぶバグってるんだよね」


 一回しゃべっただけで親友のテンションで肩を組んでくるので、慣れるまではけっこうウザがられる。でもそれゆえに、僕のような受け身人間とは相性がいい。


「グイグイきてくれるから、ワタシは話しやすいデス」

「だね。端から見ても、雪出さんと八木は仲いいと思うよ」

「でも『仲がいい』止まりデス……八木サンあんな髪型なのに、空気読めるカラ……」

「雪出さんが踏みこむと、すっ飛んで逃げると」


 八木は誰でも雑に扱うけれど、雪出さんにだけはリスペクトがある。


「ワタシは別に、彼氏彼女の関係までは望んでないんデス」

「うれし……じゃなくて、うんうん」

「ワタシはスズリと二反田サンみたいに、『おまえらもうつきあっちゃえよ!』って言われるくらい仲よくなりたいだけなんデス……」

「言われたことないけど!?」

「ワタシの脳内では言われてますヨ。あとつきあったらつきあったで、『それはそれでなんか違う』って言いますヨ」

「マックのアンケートに『サラダ出して』って書いておいて、いざサラダが出たら『マックにヘルシー求めてない』って言うタイプ……!」

「二反田サン。どうすればもっと、八木サンと仲よくなれマス?」


 ひとまず、雪出さんが抱える悩みはわかった。


「問題は八木だよね。ふたりは相思相愛でも、『好き』の種類が微妙に違うというか」

「ハイ。ワタシはたぶん、八木サンの『推し』なんだと思いマス」


 だから解決方法は、八木に「ガチ恋」をさせるしかない。

 とはいえガチ恋させるための方法は、雪出さんもとっくにためしているだろう。

 それでもどうしようもなかったから、僕にまで頼ってきたはずだ。


「うーん……雪出さんがアイドルじゃなくなる、とか?」

「ワタシ、元々アイドルじゃないデス。一般JKデス」

「そこがややこしいところだよね。雪出さんが本当にアイドルだったら、仕事とプライベートをはっきり分けられるのに」


 ただ続けるための会話だったけれど、雪出さんの目が見開かれた。


「二反田サン、天才デスカ!」

「えっ」

「でも一朝一夕にはムリ……いますぐ準備を始めないとデスネ……」

「雪出さん?」

「こうしちゃいられマセン。二反田サン、ありがとうございマシタ!」


 雪出さんは希望に満ちた表情で、廊下を駆けていった。かわいい。


 ほどなくして、再び部室の引き戸が開く。


「教えてやるよ、恋のドミノの倒しかた。どうも。恋愛マスター、NAMITOです」


 バラの感じでちくわをくわえ、ポニーテールの女子が現れた。

 誰も覚えていないだろうけれど、僕の名前は二反田並人です。


「いらっしゃい、町野さん。そのイジりのために、雪出さんにいろいろ吹きこんだの?」

「うん。実際パーフェクト恋愛相談だったよ、NAMITO」

「とてもそうは思えないけど」

「だって『どうすれば意中の人と仲よくなれますか』って聞かれたら、普通はオススメのデートスポットとか紹介するし」

「そんな発想がこれっぽっちもなかった自分に、いま愕然としてるよ……」

「でもベニちゃんの悩みを解決できた。自信持って、NAMITO」

「雪出さんが自分でなにかを理解っただけで、僕は呼吸してただけだよ……」


 この自虐にピキったのか、町野さんが片眉だけを器用に上げる。


「『わかんなくなっちゃったから一緒に考えて』って頼ってきた人に、問題を整理してあげたり、相づちを打ってあげたりするのが相談。助言はマストじゃないの!」

「そういう……ものなんです?」

「わたしの知る限り、NAMITOはすごく聞き上手。相談する人は答えを求めるけど、答えを出すのはいつも本人。だからNAMITOは、恋愛相談にうってつけなんだよ」

「自虐したのは謝るので、そろそろNAMITO呼びやめてください」

「本名なのに」

「本名だから」

「そっか。『おまえらもうつきあっちゃえよ!』って思われちゃうもんね」

「雪出さんしか思ってないから!」


 たぶん赤くなったであろう僕を見て、町野さんが、口を「ω」の形にする。


「二反田、本当にありがとね。このお礼は必ずするから」


 じゃあねと、町野さんが部室を去っていった。


「疲れた……初めての恋愛相談に緊張してたのかな……」


 たまにあるシリアス回と同じくらい、肩の筋肉がこっている。


「それにしても、雪出さんはなにを理解ったんだろう」


 その答えがわかるのは、一ヶ月ほど先のことだった。

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