続・ツッコミ待ちの町野さん

#46 チームカスカスに差を見せつける町野さん

 天気は少しどんよりした、六月中旬の土曜日。

 本日は雪出さんにお誘いいただき、呪文詠唱系のカフェに行く予定。

 この手の店はコミュ力を持たざる者の鬼門だけれど、最近はアプリのおかげで無傷の生還も難しくないと聞き及んでいる。

 ハンバーガーもモバイルオーダーできるし、コンビニなんかはセルフレジ。

 外食はタブレット注文で、アマゾンだって置き配できる。

 いまや僕たちは、コミュニケーション能力を問われること自体が少ない。


「でも、それでいいんデショウカ」


 交流なき世の中に、異を唱えたのは雪出さん。


「ワタシたちは、おいしいフラペチーノを飲みたいわけじゃないんデス。おしゃれなカフェでスマートに注文して、MacBookパタパタ人や、デカヘッドホン自意識高い高い学生のいる空間に物怖じせず、『日常ですケド?』って顔で参考書を開くような高校生に、ワタシたちはなりたかったはずデス!」


 駅に集合をかけられた僕と安楽寝さんは、うんうんと同意した。


「人として、『カフェのソファ席に座る』の実績は解除しておきたいよね」

「あーしが思うに、どんだけコミュ力がカスカスでも、テイクアウトは『逃げ』だ。空間に金を払うことで満たせる虚栄心の価値を、ウチらはまだ知らない」


 珍しい組みあわせに見えて、僕らには「コミュ力低め」という共通点がある。


「だから今日は、三人で勇気を出してミマセンカ?」


 こうして、「チームカスカス」は結成された。


「でも雪出さん。なんでこのタイミングで決起しようとしたの?」

「だましたみたいになっちゃいますケド、配信のネタが欲しかったんデス」

「配信って、放送部のポッドキャストの?」

「Vtuberデス」

「「は?」」


 思わず安楽寝さんと顔を見あわせる。


「前に二反田サンに、恋愛相談をしたことがあったじゃないデスカ」

「覚えてるよ。なんの解決策も提示できなかったけど」

「でもワタシ、あのとき電流が走ったんデス。『別にアイドルじゃないのにアイドル視されるなら、いっそアイドルになっちゃえばいいカモ』――そう閃いたんデス」


 まだピンとこないけれど、要するにこういうことらしい。

 八木が推しとして崇めているのは、金髪碧眼の小柄な天使だ。

 それをそのままVtuberとして、画面の向こうにアーカイブ化する。

 その間にリアルな雪出さんは主にファッションの面で変身していき、Vtuberとなった雪出さんの「ガワ」との差別化を図る。


「ええとつまり、八木から見た雪出さんを、『アイドルVtuberの雪出さん』と『リアル友人の雪出さん』に分ける。そうすることで八木の中にあった、『推し』であり『友人』という、二律背反の観念も分けられると」


 うまくいけば、八木は「アイドルVtuberの雪出さん」を推すだろう。

 すると「リアル友人の雪出さん」は推しでなくなり、ただの友人に成り下がる。

 しかしそれゆえに、より仲よくなれる可能性も生まれる――ということのようだ。


「なんかSFみてーな話だな……つーか雪出。自分が一番相手から好かれている要素を自分の外に切り離すっつーのは、まあまあギャンブルじゃないか?」


 安楽寝さんの疑問に対し、雪出さんが力なく笑う。


「デスネ。Vtuberのほうのワタシに、八木サンを取られてしまうカモ。でもそうなったらそうなったで、あきらめがつきマス」

「ゆきーで……!」


 安楽寝さんが覆い被さるように、雪出さんを抱きしめた。


「気休めだけど、八木もわかってると思うよ。自分の中にある壁を、雪出さんが取り除こうとしてくれてるって。だからリアル雪出さんとも向きあうんじゃないかな」

「二反田サン……」


 雪出さんの感情に寄り添うことはできたようだけれど、だからといって三人で抱きあう、なんて展開にはもちろんならない。


「にしてもすごいね雪出さん。Vなんて、時間もお金もかかるだろうに」

「もともと興味あったんデス。文化祭で手伝ったから二反田サンはご存じでしょうが、ワタシ動画編集チョットデキマス。ポッドキャストでおしゃべりもほめられましたし、趣味でイラストも描いてマス。SNSのアカウントを作って立ち絵とボイスの動画を投稿したら、登録者が爆伸びしマシタ。クリエイターのコミュニティで支援してもらって、機材もLive2Dのアバターも用意できてマス」


 久しぶりに雪出さんの説明セリフを聞いて、安楽寝さんと顔を見あわせる。


「天は雪出に何物与えてんだ……チートすぎんだろ……」

「容姿端麗で成績優秀で努力家。料理◎ およそ弱点が見つからないね……」


 さらっと初出の「イラストが描ける」も、雪出さんならさもありなんだ。


「弱点いっぱいありますヨ。歌は下手デス。人に見られるのが苦手デス。なによりチームカスカスの発起人デス」


 あやうく今回の目的を忘れるところだった。

 それじゃあとカフェの近くまで移動したところ、僕たちは一瞬で恐れをなす。


「なんていうか、みんな『正しい』デスネ……」


 照明はほの明るく、従業員はシュッとして、お客さんも「しごでき」感がすごい。

 まだあどけない中学生のお客さんもいるけれど、すでに「来し者」の余裕がある。


「おちち、落ちけつ、雪出。怖くない。あーしは怖く、ない……」


 安楽寝さんは黒目が完全に消え失せ、雪出さんにしがみついている。

 これ以上に陰ゲージが溜まると、確実に「……帰ろっか」になるだろう。


「ふたりとも聞いて。僕たちには座学がある。球技大会だって、予習で立ち向かえる」


 スマホで公式サイトを開き、顔を寄せあい確認して驚く。


「「「ビバレッジってなに!?」」」


 三人ともカフェを利用したことはあるけれど、家族や友人にくっついての人任せに近いものなので、主体的にはなにもわかってない。


「『水以外の飲みもの』ってことか。おどかしやがって。あーしはもう、『これください』ってメニューに指さすわ――」

「イオ、逃げちゃだめデス!」


 ぱしんと、安楽寝さんの頬を打つ雪出さん。


「雪出…………びっくりするほど痛くない」

「カスタマイズでまごついた人間だけが、人に優しくできるんデス。知らんケド」

「知らんのかい! あと二反田、『これはこれでよい組みあわせでござる』顔すんな!」

「すみません。とりあえずは、ブリーフィングしようか」


 公式サイトや動画サイトを参照しつつ、みんなで戦略を立てていく。


「まずはサイズを暗記デスネ。Mサイズ以上っぽいのは捨てマス」

「ウチら少食だしな。よし。あーしもサイズは『ショート』一本でいく」


 成績優秀なふたりだけあり、勝利の方程式を導くのも早い。


「カスタマイズは無料だけ……でも甘いのスキ……でも太りたくナイ……」

「雪出さん、ハクスラで一生スキルビルドを考えるタイプだね」

「ホイップはネギ……チョコチップは海苔……キャラメルシロップは味玉……」

「ラーメンへの置き換え記憶は、危険だと思うよ安楽寝さん」

「つーか二反田。余裕ぶっこいてるけど大丈夫なのか?」

「詠唱暗記は文化部男子のたしなみだから」


 僕が気になるのは店内、すなわち客層の雰囲気だ。

 周囲から「なんかキョドり陰キャきたw」、「絶対パシらされてるw」みたいな視線を向けられる(と被害妄想する)と、覚えた詠唱が飛んでしまう。


「じゃあそろそろ、お店に入りマス……」


 雪出さんが「帰りたい……」の顔でいい、僕たちは陰鬱な気分で円陣を組んだ。


 数分後、三人ともテーブル席で疲労困憊していた。

 フラペチーノはショートサイズがないと言われ、安楽寝さんはテンパった。結局はメニューを指さして、「これください……」を言うはめになった。

 カスタマイズを詠唱した雪出さんは、「このカスタム、私も好きなんですよー」と店員さんに話しかけられて固まった。

 僕は「カフェモカお待ちのお客さまー」と言われて取りにいったら自分のじゃなかったときに、「初心者乙w」と笑われて(いると被害妄想して)、無事茹で上がった。

 致命的な失敗をしたわけじゃない。

 けれど理想と現実のギャップを埋められず、三人とも辛酸の煮え湯割りを飲まされた。

 そしてそんな僕らが座るのは早いとばかりに、ソファ席もぜんぜん空かない。


「きっついな、初見殺し……でも、うまいわこれ……」


 狩猟体験後のバーベキューみたいな顔で、季節限定フラペチーノを飲む安楽寝さん。


「気まずいオーラ出しちゃったのに、店員さん優しかったデス……」


 お母さんとケンカした夜の顔で、ホイップ増量したドリンクを舐める雪出さん。


「雪出さんのネタになったし、トータルではプラスだよね……」


 盗まれた自転車が隣県で見つかったみたいなテンションでも、カフェモカはおいしい。


「しっかしこれ、ぜんぜん減らないな……雪出もそうか」

「デスネ。百均で気まぐれに買った『お香』くらいなくならないデス」

「そういえば、町野さんが言ってたよ。『ベニちゃんおもしろスキル上がってる』って」

「そんなら雑談配信に必要なのは、あと声量くらいじゃねーか?」


 安楽寝さんが、雪出さんのコンサルを始める。


「ワタシ、そんなに声ちっちゃいデス?」


 雪出さんが僕を見た。かわいい。


「小声だと思うよ。音楽ユニットの作曲してるほうくらい」

「えへへ。ありがとデス」

「あ、ほめてないです。でもいまの『ありがとデス』は、過去最高のできばえだった二○二四年の花火大会で浴衣をほめたときを彷彿とさせるね」

「ボジョレー・ヌーボーみたいなほめかたすんな二反田!」

「二反田サン、すごいデス! キモさで覇権取れマス!」

「それは思ってても言っちゃだめだ雪出!」


 なんてわちゃわちゃしていると、ようやくみんな笑顔が戻ってきた。


「ワタシたちも、やればできますネ」

「うん。今日は一応、勝利宣言していいんじゃないかな」

「なあ、あれ町野じゃねーか?」


 安楽寝さんが指さすガラスの向こうに、見慣れたポニーテールの横顔がある。


「スズリっぽいデスネ。呼んでみま――」


 雪出さんが通話しかけたタイミングで、町野さんが店に入ってきた。

 けれどこちらに気づいた様子はなく、カウンターで注文をしている。


「テイクアウトでー、猫と遊びながら飲む、甘くて冷たくて太らないの。巨人サイズで!」


 店員さんがくすっと笑い、町野さんと談笑を始めた。

 コミュ力の差をまざまざと見せつけられた僕たちは、ただただ呆然となる。

 ようやく声を出せたのは、町野さんが店を出てからだった。


「オーダーって、あんなアバウトでいいんだね……」

「でもああいう『ツッコミ待ち』のコミュニケーション、ワタシには無理デス……」

「ウチらカスカスは、地道に訓練を続けような……」


 三人でうなずきあい、ずびずびと減らないビバレッジを飲んだ。

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