続・ツッコミ待ちの町野さん
#47 バイトテロとひざ枕拒否を許さない町野さん
ホームルームが終わったら、スクバを持って部室へ向かう。
うちの学校はアニメみたいに、屋上に出られたり旧校舎があったりはしない。
しかし巨大な部室棟はあるため、校則の「全員部活主義」を逆手に取った「ゲームで遊んでお菓子を食べるだの謎部」がたくさん創設されている。
一方で我らがドミノ部は、そういういかがわしい部とは一線を画していた。
まずは部室が校舎にある。
これは新聞部などと同じ、由緒正しい文化部の証。
「そしてなにより、部員が僕ひとり」
こうしてひとりごとを言っても平気なのさと、引き戸を開ける。
「しゃーしゃーせー」
先に室内にいたポニーテールの制服女子が、平板な抑揚で言った。
「板つきで町野さんがいる……まあ昨日はうっかり鍵を忘れちゃったから、ありえる展開ではあるけれど……」
部室の隅に寄せてある机を見ると、無造作に鍵が置いてあった。
「しゃーしゃーせー」
「町野さん、これもうコンビニコント入ってる感じ?」
「あー、店長いないんで、わかんないですねー」
「JKバイトのテンション」
「おーい、バイトくーん。発注やっといてー。店長疲れたー」
「JKバイトじゃなくて店長だった! 家にかかってくる営業電話に、『お母さんいないんでわかんないです』って裏声で答えるお母さんタイプだ!」
「実はそんなに疲れてないし、ひまだし、なんかきくかー」
「店長なら仕事してください」
「なに? 発注がわかんない? はあ……あのさあ、もうOJTの時代じゃないわけ」
「音楽でも聴くのかと思ったら、お説教始まった」
「バイトがKPIを意識して、PDCA回すとか当たり前だからね? いつまでも学生気分でいると、AIに仕事を奪われるよ?」
「音楽じゃなくて、わかった風な口利いてる!」
「……ったく。最近の学生は遊んでばかりか。ホストの毛先くらい遊びやがって」
「『最近の若いもんは』発言にしては、後半がポップ」
「なに? 発注データをいつ送るかって? そんなの……」
「あ、おじさんの好きなやつ出そう。予備校の先生のやつ出そう」
「サッキュー!」
「薬指立てて舌出した! パワハラ気質だけど、ちょっと憎めなさある!」
「ミャーオン、ミャーオン、ミャーオン、ミャーオン」
「なんだろう? 猫かな?」
すると町野さんがちょっと赤くなり、
「……司令部とかで鳴るタイプの、アラート音です」
素の声でつぶやいた。
「シンプルに音マネ下手だったんだね。ごめん、もう一回」
「……ミャーオン。ミャーオン。ミャーオン。ミャーオン」
「アラート音? コンビニの店内で?」
「くそっ、バイトテロか!」
「いまそういうシステムなの!?」
「高齢夫婦が細々と経営してきた店を、しょうもない承認欲求で台無しにはさせん!」
「それは本当にそう」
「絶対許さんぞ、あのバイト。ガチャッ、シュスコン、シュスコン」
「いまショットガンに弾こめた?」
「まずは冷凍ケース……いないな」
「昔あったらしいね。そういう悪ふざけ」
「次のおでん……はトラップだ。触れると一瞬で毒が回る」
「そんなもの売ってるほうがテロだよ!」
「最後はトイレ……やっぱりここか!」
「トイレでテロって、なんかあったっけ?」
「トイレットペーパーを交換してないのに、『交換した』にチェック入れてやがる!」
「さんざんパワハラしたんだから、そのくらい許してあげて!」
「くそっ……店にいたお客も、テロの影響でみんな帰っちまった」
「店長のショットガンのせいです」
「このままじゃ本部に対して、人の心がない額のロイヤリティを払えない……」
「ちょっと時事問題入れてきた」
「かくなる上は、こいつで系列の二丁目店を……シュスコン、シュスコン」
「待って店長! 銃を下ろして、冷静に考えよう。僕もなにか買います」
「じゃあA賞とB賞が抜かれた一番くじを」
「バイトテロを許すな!」
「ピーポーピーポーピーポーピーポー」
「これは……パトカーのサイレンであってる?」
ちょっと赤くなって、無言でうなずく町野さん。
「……俺は捕まっちまうのか。これっぽっちも悪事なんて働いてないのに」
「しいて言えば、銃刀法違反かなあ」
「妙だな。あのパトカー、止まる気配がない……うわあ! ガッシャーン」
「アクセルとブレーキ踏み間違え問題、コンビニが被害こうむりがち」
「もう……こんなコンビニはいやだ!」
「こっちのセリフでもある!」
「……っていうね、お題を出されたんだよ。教室で」
町野さんが、おじさん店長から素に戻った。
「お題って、大喜利?」
「そう。『こんなコンビニはいやだ』って雑なやつ。このコントを答えにしようかなって」
「そのお題で、店長目線の回答する人いないよ」
「マンキンでやったら疲れちゃった。ちょっと横になろ」
そういうときのために、壁際には椅子が四脚並べて置いてある。
「僕もちょっと疲れたかな。入ってきたら、いきなりコントだったし」
町野さんのそばにいって、机の上によっと座った。
「椅子かたいなー。にたんだー、ひざ枕してー」
「いやです。僕のバッグ、枕にしていいよ」
「おにぎりの口になってるとき、うな重じゃ満足できないでしょ?」
「それ深層心理で、バッグ求めてない?」
町野さんが、むすっと片頬をふくらませた。
「いいじゃん、ひざ枕くらい。減るもんじゃないし」
「セクハラおじさんにはわからないかもだけど、心臓が消耗します」
「今日は本当に枕が欲しいだけで、照れさせたいわけじゃないのに。二反田、わたしにするのがいやなのかな……ちょっと傷つく……」
それを言われて拒めるほど、僕の心臓は強くもない。
「……ちょっとだけだよ」
町野さんが「やったー」と腹筋で起き上がったので、僕は一番端の椅子に腰を下ろした。
すぐにひざ、というかふとももの上に、けっこうな重みが乗ってくる。
「おー、楽。二反田も恥ずかしくないでしょ。頭は人肌っぽくないし」
「たしかに思ったほどは、恥ずかしくないけど……」
スキンシップ的な刺激がないだけで、恋人同士みたいな距離感は落ち着かない。
「男の子は母性本能刺激されない? わたし先輩にしてると、つい頭なでちゃう」
それは本能というより習性の問題なので、当然男にもあるわけで。
「……本当に先輩と仲いいね」
僕は鋼の精神を持つドミナーなので、耐えて話題をそらすことができた。
「ちっちゃくてかわいいんだよねー。でもひざ枕はしてもらうほうが多いけど」
「ちっちゃい人だと、ひざ枕きついんじゃない?」
「ためしに交代してみたらわかるよ。水泳部員のふともも、すんごいから」
よっと町野さんが起き上がったので、僕は飛び退いた。
「それだけは、断固拒否します」
「ちぇー。いい流れだったのにー」
「やっぱ照れさせたいだけのやつだった!」
「あー、店長いないんで、わかんないですねー。じゃ、五分前なんで退勤しまーす」
町野さんはけだるげなJKバイトを演じつつ、しれっと去っていった。
「まったく、油断も隙もない……」
毎度のことだけれど、町野さんは物理的な距離が近すぎる。
運動部の人はみんなこうなのか、ぜひとも先輩さんに聞いてみたい。



