続・ツッコミ待ちの町野さん
#SIDE 八木元気 ~【アッ……】紅ユキの雑談【アッ……】
小学校のときに「おれ」のイントネーションが「ポメ」と同じやつがいて、伝ポケを色違いで三匹捕まえたとか、虚言癖まではいかないものの盛りぐせがあり、性格は「明るい」というより「うるさい」で、書道セットはドラゴンで、本人はクラスの全員と仲がいいと思っていたが、そいつを友だちと思っているやつは誰もいなかった。
そいつの名前は八木元気。
名前の通りに元気だが、見ようによっては空元気。
わかっていてもしゃべりすぎるし、人との距離もわからない。
中学になると落ち着くというより卑屈になり、当を幸いに自虐を振りまいた。
立ち回りは悪くなかったのでいじめられこそしなかったが、陰では疎まれていたと思う。
そんなやつにもひとりだけ、面倒がらずに言葉を返してくれる天使がいた。
彼女の名前は雪出紅。金髪碧眼の小柄な少女。
雪出さんは内気だから、勝手にべらべらしゃべる男の相手は楽だったのだろう。
そいつは二秒で恋に落ちた。このときばかりは盛ってない。
けれどその恋は成就しないし、口に出すのも許されないとそいつはわかっていた。
雪出さんは掛け値なしの美少女で、多くの男が恋をしていた。
不登校の生徒も雪出さんを見たさに学校にくるし、ヤンキーのやつらも彼女の前では借りてきたトイプーみたいに背筋を伸ばす。
雪出さんはみんなのアイドルで、誰も彼女には手を出さない。それが不文律だった。
ところがそんなアイドルが、ひとりの男に恋をした。
そいつはまさかの八木元気。
つまり、俺だ。
俺は雪出さんの好意を意識した瞬間から、彼女を避けるようになった。
やがて俺たちは同じ高校に入学し、奇しくも同じクラスになり、部活も同じだったが、会話はしていない。
それはそれで不自然だったから、俺はアイドルオタクの立ち位置を取った。
雪出さんを好きなことに変わりはないと振る舞って、推しは推しだと距離を置く。
高校に入った俺もやっぱりウザがられていたが、二反田とは仲よくなった。あいつも雪出さんと同じで自分から口を開かない。
そんな二反田は、なぜか町野さんと仲がよかった。
町野さんは「みんなを見ている」、「誰にでも優しい」、光属性の陽キャだ。おそらくこういう人間が、「クラスTシャツ」みたいな文化を生んだのだと思う。
去年の花火大会で町野さんと二反田によるお節介があり、俺は雪出さんと距離を取ることをやめた。好意を抱かれる前の関係、すなわち友人に戻った。
しかし雪出さんは天使に見えるが、属性は闇というより「病み」だ。
私利私欲で人を傷つけた俺のようなクズに、いまも好意を持っている。つきあっていないのにクリスマスに両親に紹介するという、「離れ業」もやってのけている。
昔、親父が風呂場で言った。
『小学生のうわばきと同じだ。人も一度黒ずんだら、洗っても元の白さには戻らない』
人の前ではへらへら道化を演じているが、俺には消せない過去がある。
そんな人間が天使に救済されていいわけがない。
だから俺たちの恋は絶対に成就しない――。
そう思っていたら、また「離れ業」がきた。
土曜、午後九時五分。
俺は自分の部屋でスマホを眺めている。
フリー音源をBGMにしたオープニングの蓋絵が、配信画面に切り替わった。
『はわ……五分すぎちゃってスミマセン! はわわ……』
遅刻を詫びるLive2Dのアバターは、金髪で、目が青く、頭に輪っかが乗っている。
背中には白い翼が生えていて、話をするたびひょこひょこ動く。
『それじゃあ、あらためて……大きい鈍器!』
デビュー前にSNSで生まれた、「オーキードーキー」をもじった挨拶。
『ちょいちょい英語訛りが出る天使系Vtuberの、紅ぃぃぃぃユキデス!』
俺はコメント欄でブヒった。
『今日は雑談デス。ユキこの間、お友だちとカフェに行ったんデス。知らない人と話すときとか、いっつも「アッ……」みたいになっちゃう自分がいやで、呪文詠唱系カフェで注文できるようになろうって……ちょ、誰デスカ! いま「ユキちーは知ってる人にも『アッ……』って言ってる説」って言ったヒト!』
俺はコメントを拾われてウッキウキだった。
かつて俺たちが愛した天使が、いまはスマホの中にいる。
次元の壁は敵じゃない。天使を汚れから守る安全なシェルターだ。
『侮辱罪の山羊さん……スーパーチャット、ありがとデス』
紅ユキは推せるけれども、俺が投げる額は多くない。
ここまでしてくれた堕天使と、一緒に呪文を唱えたいんだ。



