続・ツッコミ待ちの町野さん
#番外 噺す町野さん「お手元の死神」
例年よりも早い梅雨入りで、校舎はどこも薄暗い。
部室の窓も水滴で濡れていて、かすかに聞こえる廊下の声が静けさを際立たせる。
こういう日が、僕は嫌いじゃない。
いつもは「舞台の上でスポットライト当てられてる?」ってくらいにひとりごとが多い僕だけれど、ここ数日は、淡々と、黙々と、ドミノを並べている。
というのも、YouTubeに上げているドミノ動画に英文のコメントがついたから。
翻訳すると、「もっと更新してくれ」という内容。
ドミノ動画は企画、撮影、編集と、どれも作業に時間がかかる。
けれどここのところテストやなんやで、更新作業に手をつけられずにいた。
僕は学生であるので、本分である勉強をおろそかにはできない。
友人とのコミュニケーションだって、十六歳には必要だ。
けれど僕のアイデンティティは、いつだってドミノが支えている。
YouTube動画に初めてコメントがついた日、僕は「人間のチケット」をもらったような気分だった。存在を認可されたと思った。
僕という人間は、「ドミノを並べる装置」であることを忘れてはならない――。
しとしとと降る雨の音を聞くともなく、ことり、ことりと、床に牌を置く。
しばらくすると、かすかな音を立てて部室の引き戸が開いた。
「……」
現れたのは、エナメルバッグを斜めがけにしたポニーテールの制服女子。
無言のまま入室してきた町野さんは、隅に並べてある机に上って正座した。
「いやあね、こう毎日雨じゃあ、気が滅入るってなもんですよ。空はどんより薄暗く。雨はしとしと降り止まず。風邪をひかぬようつつがなく、たぁ言いたいところですが、どうにも体調を崩しやすい時期。うっかりこじらせちまったら、死神が見えちまうかもしれません」
どうも落語の「枕」をしゃべっているらしい。
「『なに、金がねぇ? そばはかけで食うもんさ。かかあとガキにも食わせてぇだと? バカ野郎。じじいとばばあも連れてこい。六、七、八と、いまなんどきかだって? へい、九つですと言いてぇとこだが、うちのそばぁ元から八文だぜ――』
なんてぇそば屋の主人がおりましたが、悲しいかな。気風のいい人間ほど、早死にするのが世の常でございます。
かくも威勢のよかったそば屋の主人。あるとき血が混じった痰が出て以来、長く床に伏せっておりました。
『ごほっ、ごほっ。ああ、ちきしょうめ。長屋は隙間風が寒くていけねぇ。おかげで咳が止まらねぇや。俺ぁこのまま、死んじまうんじゃねぇか』
『ちょっと、あんた。なに弱気なこと言ってんだい。あんたにゃあ、まだまだ働いてもらわなきゃならないんだからね』
『おっと、かかあが帰ってきやがった。針仕事、ご苦労さんよ』
『ほら、お薬もらってきてあげたよ。あたしが稼げるのは薬代がせいぜい。あんたの借金なんて返せないからね』
『俺の商売っ気のなさで、百両の返済はとんと手つかずだ。かかあに借金を残して死ぬのは忍びねえ。どうにか病を治さねぇとな』
さてと主人は養生しておりましたが、病が一向によくならない。
『こらぁどういうこった。俺ぁ食っちゃ寝ぇしてるだけなのに、体がどんどん痩せていきやがる。目もかすんできやがった……もうだめだ。枕元に死神が見えてやがらぁ』
『あんた、なにバカなこと言ってんだい』
『なんだよ。死神かと思ったら、かかあじゃねぇか。すまねぇなあ、おまえ。俺ぁ、いよいよかもしれねぇ』
『そんなこたぁわかってるよ』
『ひでぇ女房だねおい』
『お互いさまだよ。そんなことより、あとふた月もすりゃあ春がくるよ。どうせ逝くなら、桜を見てからにおしよ』
『そりゃあそうだが……いや、かかあの言う通りだ。桜を見る前に死ねるかってんだ』
そうして主人は歯を食いしばり、迎えた常世のごとき春。
『ああ、立派な桜だ……いい冥土の土産ができた』
『バカだねぇ、あんたは』
『この野郎、ふたこと目にはバカバカ言いやがって。でもありがとな、おまえ』
『バカだからバカって言ってるんだよ。このバカ』
『三回もバカって言った!』
『あんたが子ども時分から見てるお祭りまで、あとたったのふた月だよ』
『へそ祭りか……できることなら見納めしてぇなあ』
『そうおしよ。おっ死んでから見損ねたってわめいても、それこそあとの祭りだからね』
そうして主人は歯を食いしばり、迎えた最後のへそ祭り。
『ああ、笑った笑った。踊れこそしなかったが、やっぱへそ祭りは最高だ……』
『思えばあんたとあたしの出会いも、へそ祭りだったねえ』
『そうだったな……かはっ……血を吐いたみてぇだ……さすがにお迎えの時間か……』
『あんた! なにも言わず、あとひと月だけ生きておくれ』
『悪ぃな、おまえ、そいつぁ無理な相談だ。もう目が見えなくなっちまった。来月なにがあるか知らねぇが、見えねぇんじゃあ気力がわかねぇ』
『来月はなにもないよ。単なるあたしのわがままさ。でもあんたと一緒になってから、あたしがただの一度でも頼みごとをしたことがあるかい』
『やれ棒手振を呼び止めろとか、反物を届けてくれとか』
『そういうのはノーカンだよ』
『納棺……? よくわからねぇが、恋女房の頼みとあっちゃあしょうがねぇや』
そうして主人は歯を食いしばり、闇の世界をひと月耐えて。
『おや……光が見える。急に目が治るわけねぇから、俺ぁ夢を見てるってこったな。ならいっそ、起き上がっちまおう……うわあ!』
主人がえいやと体を起こすと、布団の真横に陰気な男が。
『おいおい。なんか薄気味悪ぃのがそばにいるね。ん? どっかで見た顔だ。おい、あんたぁ誰だっけ』
『私は死神です』
『てぇことは、俺ぁとうとう死んじまったのか』
『いえ、ご存命ですよ』
『なんだって? そらどういうこってぇ』
『ご主人は、落語の「死神」をご存じですか。米津玄師も歌ってますが』
『誰だいそりゃ。聞いたこともねぇや』
『まあ数百年もすればわかりますかね。死神というのは、病んだ人間の足下か、寿命の人間の枕元に座るのが相場でして。私はほら、あなたのお手元にいるでしょう』
『そういや目がかすみ始めた頃、あんたぁ枕元にいたっけ』
『奥さまと見間違えられたと思いましたが、覚えていたんですね』
『じゃあ俺ぁ、病が治って、寿命も残って、またそばを打てるんだな。こりゃいい。かかあに教えてやらねぇと』
『やはりあなたは、なにもご存じない』
『死神の。そりゃあどういう意味でぇ』
『人の寿命は、蝋燭で管理するんです』
『蝋燭ってぇと、あれかい。行灯の中の』
『左様でございます。半年前に私が初めて枕元に現れたとき、ご主人の蝋燭は一寸に満たない長さでした。時間にして、一年というところですかね』
『じゃあなにかい。俺ぁいまから、半年後に死ぬってのかい』
『察しがいい。ご主人は泥酔して川に落水します』
『死神の。与太はいけねぇ。俺ぁ下戸だぜ』
『ともかく、ご主人は溺れ死ぬはずでした。ところが奥さまが、運命を変えたんです』
『かかあが……?』
『落語の「死神」では、呪文を唱えてぱんぱんと二度手をたたくと死神が消えるんです。それを利用して医者を騙り、金を稼いだ男がいました』
『あんたがなにを言ってるか、さっぱりわからねぇよ』
『言ったでしょう。死神は病気の人間の足下に居着きます。ぱんぱんと手を叩いて足下の死神を消せば、途端に名医の誕生です』
『じゃあ呪文を唱えて枕元の死神を消せば、みんな永遠の命ってわけか』
『そうはいきません。枕元の――寿命の死神は消えないようになっています』
『よくできてらぁ。そうでなくっちゃ、世は人だらけ、猫だらけってな』
『ですが医者を騙ったその男は、患者の金に目がくらみ、布団をくるりと回して枕元と足下を入れ替えました。すぐさま呪文を唱えてぱんぱんと手を叩き、寿命の尽きかけた患者の死神を消してしまったんです』
『そいつぁいい。なんとも痛快な話じゃねぇか』
『とんでもない。枕元の死神を消すのは御法度。罰として医者を騙った男は、寿命の尽きかけていた患者の蝋燭と、自分のそれを取り替えられました』
『欲をかいたら、てめぇの命が風前の灯火てぇわけか』
『ええ。そこで死神は、医者を騙った男に提案します。火がついてない新品の蝋燭を、おまえさんに一千両で売ってやろうと』
『あこぎな商売しやがって……いや、悪銭身につかずか』
『それから男がどうなったかは、原典を当たっていただくとして。ご主人の奥さまもその話を知ったので、私に取り引きを持ちかけてきたわけです』
『かかあが一千両の蝋燭を買う……? バカ言ってやがらぁ。うちぁ百両ぽっちの借金だって返せてねぇんだぜ。質に入れるようなもんだって――』
『どうしました、ご主人。私より顔が青いですよ』
『まさか……かかあは自分の蝋燭を売ったってぇのか! その金で火のついてない新品の蝋燭を買ったから、俺ぁこうして病から治って……!』
『いいえ。奥さまの蝋燭に、一千両の価値なんてありませんよ』
『そりゃ新品とはいかねぇだろうが……かかぁは、どんな取り引きをしたんだ』
『奥さまはね、私にこう言ったんですよ。「亭主の寿命を少しばかり削って、あたしの蝋燭に継ぎ足しておくれ」……と』」
しばしの間をおいて、町野さんがペットボトルのスポーツドリンクを飲んだ。
「どう、二反田。続き気になる?」
「昨日できた口内炎より気になります。いくら払えばいいですか」
「お金はいいから、わたしのお願い聞いて」
「なんなりと」
ひざを折って控えると、町野さんがすうと息を吸った。
「わたしが部室にいる時間なんて二十分もないし、もっとかまってくれてもよくない?」
顔を上げると、町野さんの両頬がぷっくぷくにふくらんでいる。
心当たりはあった。
昨日も一昨日も部室に町野さんがきたけれど、僕は半分上の空だった。
ドミノに集中するあまり、ツッコミも声が大きいだけでキレがなかった。
「町野さんもまた、僕に『人間のチケット』をくれた人なのに……」
「出た。お得意の自虐世界観」
「そしてドミノを並べていたからこそ、僕は町野さんに出会えた――んなこたぁない」
「おー、セルフものまねツッコミ。新境地」
「ドミノと町野さんに因果関係なんてない。ドミノも町野さんとの時間もどっちも大事。町野さんの二次創作落語を聞くまで、僕はどうかしてました!」
噺し終わった落語家のごとく、僕は深々と頭を下げる。
「ま、二反田の気持ちもわかるけどね。自分の軸がブレそうなときって不安だから、わたしも無言でひたすら泳いだりするし。それで先輩をさみしがらせちゃったりね」
「先輩さんの話、いつ聞いてもかわいいね」
なんの気なしにそう言うと、町野さんが器用に片方の眉だけを上げた。
「……わたしのお願い、発表するね」
「さっきの『もっとかまえ』が、お願いじゃなかったの?」
「いま増えた。二反田、往復ビンタさせて」
「ストレートな発散! ……でも、わかりました。僕はひどいことをしたしね」
「あと後半からは、二反田がそば屋の主人やって。わたし、ほかをやるから」
「落語が聞きたかったのに、コントになっちゃうんだ……」
それもいつもの無軌道コントではなく、筋が決まっているのが難しい。
ボケとツッコミだけでは話が進まないので、説明のターンも意識しよう。
「前半は死神の言葉で終わったんだけど、二反田覚えてる?」
「死神が女房の提案を教えてくれたシーンだね。『亭主の蝋燭を削って、あたしのに継ぎ足しておくれ』って」
「二反田が主人だったら、なんて聞き返す?」
「『かかあは、なんだってそんなこと』かな」
悪くない返事だったようで、町野さんが手招きした。
高座のごとき机に上り、町野さんの横に正座する。
「さあ、私にはわかりません。ですが了承しました。ご主人の蝋燭を奥さまのものに継ぎ足したところで、ほとんど無意味なのでね」
死神を演じた町野さんが、僕をあごでさす。
引き続き、そば屋の主人をやれということらしい。
「死神の。『ほとんど無意味』って、どういうことでえ」
「先に、ご主人のほうを説明しましょう。最初に私があなたの枕元に現れた頃、死因は一年後に溺死の予定でした」
「下戸の俺が酒に溺れて川に溺れるってぇ、どうしようもねぇ与太だな」
「ええ。しかし蝋燭を少しずつ削っていった結果、ご主人の死因は溺死ではなく病死になりましてね。あなたの目が見えない間、私はずっと枕元にいたんですよ」
「病死だって? たしかに俺ぁ死にかけていたが、いまはこうしてピンピンしてる」
「おや、あんなに苦しまされたのに、奥さまを怒らない」
「バカ言っちゃいけねぇ。俺ぁ寝てるだけだ。苦しんだのは、かかあのほうさ」
「ほほ、ごちそうさまです。さておき私はもともと、奥さまに憑いていたんですよ」
「なんだって」
「ご主人の蝋燭が一寸足らずのとき、奥さまのそれはすでに二分、三分でした。継ぎ足したところで、一年以内にふたりとも死ぬんだから誤差の範囲です」
「二分、三分って……かかあは病なのか」
「ああ、ひどい。ご主人は、奥さまの生業もご存じないようで」
「なに言ってやがる。かかあは針子だ。着物を繕って、俺の薬代を稼いでる」
「それは表の顔ですね。奥さまの裏の顔は仕置き人。お上が裁けない悪人どもを、火箸みたいに太い針でずぶりとやるんです」
「し、仕置き人だって?」
「ええ。命がけの仕事ですが、ご主人と同じく商売下手で。依頼人が貧しかったら、それこそ五文、十文で仕事を引き受けます」
「五文てぇ、かけそば以下じゃねぇか」
「まったくですよ。だからご主人の蝋燭を自分に継ぎ足した奥さまは、とびきり儲かる仕事を受け始めました。危険極まる、お上からの依頼です」
「待ってくれ、死神の。いまかかあが見当たらないのは、まさか……」
「奥さまは本来、お上の仕事で殺されるはずでした。ところが一寸足らずとはいえ、ご主人の寿命を足したことで運命が変わってしまったんです」
「ああ、よかった」
「まだ続きがありますよ。その後も奥さまは危険な仕事を受けるたび、あなたの寿命を削ったんです。ほとんど消えかけている蝋燭を、励ますことで無理やり燃え立たせて」
「そういや、あったな。桜を見ろとか、へそ祭りを見ろとか」
「そして昨晩の仕事で、奥さまはとうとう――」
「おい、死神! かかあはどうなった!」
「一千両を貯めて、ご主人用に真新しい蝋燭を買ったんですよ。それであなたは目覚めたというわけです。奥さまは、それだけあなたのことを――」
いままで右を向いてしゃべっていた死神の町野さんが、すいと左側を向いた。
「アジャラカモクレン、テケレッツのパー!」
女房の声で呪文を唱えると、僕の頬をぱんぱんと二度、平手で打つ町野さん。
「……? ……? か、かかあ……?」
唐突に殴られた僕は、頬を押さえて混乱する。
「あんた、悪い夢を見てたんだね。うなされてたよ」
「夢……? そういや俺ぁ、いまさっき、夢ならいっそと起きたばかりだが……」
「ああ、夢さ。あんたが長患いだとか、あたしが仕置き人だとか。死神と寿命の取り引きをしたとも言ってたね。本当に、バカげた寝言ばかりほざいてたよ」
「そういや、死神が消えちまってる……じゃあ、おまえが俺のために一千両で真新しい蝋燭を買ったってのは……」
「一千両って言ったかい? このバカ。バカも休み休みバカ」
「三回もバカって言った!」
「当たり前だよ、バカ亭主。ふたりであくせく働いたって、百両の借金はこれっぽっちも減っちゃいないってのに。今日も夕飯はおからだよ」
「……そうだよなあ。俺ぁちょっとばかり、長い夢を見ていたのかもしれねぇ」
「なんだい? おからを炒る音でぜんぜん聞こえないよ。まさか、『ひとっぱしり店へ行ってくる』って言ったのかい?」
「あ、ああ。どうも俺ぁ、そば打ちの腕がなまってる気がしてしょうがねぇんだ」
「まだ寝ぼけてるのかい。もう、お月さんが出て……ああ、行っちまったね――」
途端に、ばたりと突っ伏す町野さん。
再び上下を使い分け、独演が始まる。
「『ああ……死神さま。これでもう亭主は死なないね』
すると女房の頭近く、枕元に死神が現れました。
『ええ。寿命がある限り、死のうとしても死ねないシステムです』
『亭主が川に身を投げるのは、あたしが先に逝っちまったから。あんたがそんな未来を教えてくれたおかげで、少しだけ運命を変えられたね。感謝するよ、死神さま』
『私も奥さまがガチで稼いだおかげで、切られ役の魂を大量にゲットできましたから。そりゃもう、割り箸でそばを手繰るみたいにガバっと。ウィンウィンというやつです』
『未来の言葉を覚えさせないでおくれ。亭主は「ノーカン」に混乱してたよ』
『奥さま。ひとつうかがっても?』
『なんだい、死神さま』
『さっきはなんで、私を呪文で消したんですか。ぜんぶ亭主に話しておくれって頼んできたのは、あなたでしょうに』
『そりゃあ死神さまが、「奥さまは、それだけあなたのことを――」なんてみなまで言うから恥ずかしく――じゃなくて、ほら、人間ってのは気が変わるのさ』
『ほほ、ごちそうさまです』
『それが言いたかっただけかい。それより死神さま。これで思い残しはなくなったよ。亭主が帰ってくる前に、さっさとあたしの魂を――って、なんだいこれ』
『奥さまの新しい蝋燭です。私も気が変わりました。でも仕置き人は続けてくださいね』
『それはまあ……本当にいいのかい?』
『ええ。そばを手繰るも、死神も、「お手元」のほうがコスパがいいので』
おあとがよろしいようで」
頭を下げた町野さんを、僕はバカみたいに大きな拍手で讃える。
「すごかったよ、町野さん。めちゃくちゃ面白い落語でした」
「これを落語なんて言ったら、噺家さんに目が笑ってない笑顔で詰められるよ」
なんて謙遜しつつも、ドヤ顔満面の町野さん。
「『往復ビンタ』の回収もすごかったね。ネタに入れてくるライブ感」
「二反田、大丈夫? 痛くなかった?」
「ぜんぜん! むしろ興奮したよ……あ、面白さに、しびれたって意味ね」
町野さんの蔑んだ目を見て、変態疑惑を弁解する。
「一回どうしても、長尺のコントやってみたかったんだよね。自己満足でも」
「僕は楽しめたよ。ただ町野さん、部活の時間は平気?」
たぶんいつもの二日分くらい、町野さんは部室に滞在している。
「だめかも。いまごろ先輩さびしがって、壁に向かって歩き続けてると思う」
「NPCみたいないじけかた」
そしてかわいい――とは、口に出さない学習能力はあった。
「じゃ、行ってくる。二反田も、部活がんばって」
去っていく町野さんを見送り、僕はすぐにドミノを並べ始める。
今日のネタは、僕がこじらせた日のために用意されていたものだろう。
あんなものを見せられたら、僕も町野さんみたいに「ぜんぶがんばる」しかない。



