続・ツッコミ待ちの町野さん
#44 エプロン姿の町野さん
六月に入り、大半の生徒が半袖を着るようになった。
「そういえば、去年はこのくらいの時期に『メイド事変』があったっけ」
部室の床にドミノを並べつつ、一年前を思い返す。
ゾンビ映画よろしく、学校中にメイド服を着た女子が大増殖したことがあった。
その首謀者が町野さんだったのは、公然の秘密になっている。
「文化祭でもチャイナドレスを着てたし、町野さんコスプレ好きなのかな」
なんて想像していると、部室の引き戸ががらりと開いた。
現れたのは、夏服にエナメルバッグを斜めがけした町野さん。
ポニテも含めていつも通りで少し残念――と思っていたら、ぴしゃりと戸が閉まる。
「え」
なんでと固まっていると、また戸が開いて町野さんが顔を見せる。
「……」
無言の無表情のまま、すぐにぴしゃりと戸を閉める町野さん。
間を置いてまた戸が開いたとき、僕は素早く言葉をねじこんだ。
「町野さん、なにやってるの」
「リセマラ」
ぼそりと言って、町野さんがまた戸を閉める。
「理想のリアクションが引けるまで、僕ガチャを繰り返す気だ……」
やがて四度目のがらりがきたので、声を大にして叫ぶ。
「町野さんは、今日もかわいいですね!」
「……どのくらい?」
「寝そうな子犬くらい」
「よかろう」
いまだ仏頂面ではあるものの、ようやく部室に入ってくれる町野さん。
「町野さんの機嫌、飾って三年たったプライズのフィギュアくらい斜まってるね」
「イオちゃんとイオンデートといい、あれといい、二反田きゅんは最近モテますねえ」
「身に覚えがないモテ期」
「家庭科の時間、めっちゃ早川さん目森ちゃんと盛り上がってたでしょ」
「あれはなんていうか、リアル『二反田を見たんだ』があって」
昨日は天気がよかったので、僕はデイキャンプをしに相模川へいった。
美術部所属の早川さん目森さんも、偶然同じ場所で絵を描いていたらしい。
僕を見かけて声をかけようと思ったけれど、別人だった場合に出てしまう気まずい逆ナン感を恐れ、踏み留まったという話を聞いた。
「ふーん……それであんなに盛り上がってたんだ」
「陰キャは外で知りあい見ても、スルーしがちだから」
「ふーん……二反田は、そういうのが面白かったんだ……」
芸人さんが、コンビの相方を変えて漫才をする番組がある。
あれはやっぱり、相方としては嫉妬が出てしまうものらしい。
コンビの関係は男女のそれに似ている――そうたとえるとややこしくなるけれど、町野さんの不機嫌も、その辺りが原因だと思う。
「町野さんとは面白さのベクトルが違うよ。そもそも普通の人はボケないし」
「普通の人はボケない……」
「うん。料理は苦手だけど美術部だからエプロン似あうとか、普通の話をしてただけ」
「わたしもエプロンしてたけど!?」
「なんでそこにキレるの……えっと、町野さんのエプロンも見たよ。似あってました」
「……どのくらい?」
「家系ラーメンの腕組み店主くらい」
「よかろ……よくない! もっかいちゃんと見て!」
エナメルバッグをごそごそ探し、エプロンを出す町野さん。
三角巾も装備して、腕を組んでふんぞり返って仁王立ちをする。
「なんで自分から店主に寄せるの……」
そんなタイミングで、部室の引き戸が再び開いた。
「うぃーす……?」
現れたのは、赤髪に黒マスクをしたヤンキー女子の安楽寝さん。
エプロン姿の町野さんと僕を交互に見比べ、「ごっ、ごめん!」と慌てて戸を閉める。
「待って、安楽寝さん! 脳内でストーリーを組み立てないで!」
どうにか引き留め連れ戻し、ざっくり流れを説明した。
「……そうか。あーしはてっきり、コスプレしてそういうのかと思った」
「最悪の誤解!」
「イオちゃん、二反田に用事だよね? じゃ、わたしは部活に行こっかな」
町野さんが部室を出ようとすると、安楽寝さんが引き留めた。
「いや。いまの状況を見ると、町野にも聞いてもらったほうがいい」
「いまの状況……? まあイオちゃんが言うなら」
眉をひそめつつ、ひとまず残ることにした町野さん。
すると安楽寝さんが、もじもじと切りだす。
「その……ふたりはあーしが、か……か……かわいいと思うか?」
「うん。かわいいよ」
僕はノータイムで即答した。
「面倒回避のおうむ返しすんな二反田!」
町野さんに、そう鍛えられたのだからしかたない。
「わたしはイオちゃんの顔立ち、かなりうらやましいよ。二十代中盤くらいで化粧映えのピークを迎えそうだし、その頃に七色のくらげヘアーでシーシャ吸ってほしい」
「ぜ、前半はともかく、後半町野の願望じゃねーか!」
安楽寝さんがツッコミつつ、まんざらでもないチョロ顔になりかける。
「イオちゃんが聞きたいのって、ずばりコンプレックスの話?」
「……あーしも努力はしてるんだ。三白眼は怖がられるからな。ためしにコンタクトで黒目を大きくしたこともあった。そしたらアホメガネが全否定してきやがった」
「『伊緒にとってのコンプレックスは、ぼくにとって一番のチャームポイントだ』」
町野さんが、エアメガネをくいっとする。
「見てきたみたいな再現やめろぉ!」
「だって想像つくよねえ、二反田」
「うん。坂本くんは、安楽寝さんの顔ファンだし」
「だからおまえらに聞きたいんだ。あいつも特殊な趣味なのか? 三白眼とか鼻水とか」
「「『も』ってなに!?」」
町野さんとハモりでツッコむ。
安楽寝さんはマスクをしたままくしゃみをして、鼻水まみれのそれを交換しようとした場面を坂本くんに見られた。
そんな女子人生が終わった瞬間に求愛され、混乱しつついまに至っている。
「坂本くんがそういう趣味だとして、なにか問題あるのかな」
僕の質問に、安楽寝さんがうっすら引いた顔になる。
「……あるだろ。ド変態だぞ」
「本物の変態は、自分の癖をオープンにしないよ」
「二反田、おまえ……」
「最悪の誤解アゲイン!」
「でもさー、イオちゃんの目も、いわゆる『好み』の範疇じゃない? ロングが好き、ショートが好き、『ッス』口調の後輩が好き、とかと同じ」
町野さんが、フォローついでに僕もひといじりしていく。
「そう……かもな。あいつ、あーしの中身が好きとは言ったことないからな。あ、いや、アホメガネに好かれたいわけじゃないからな! 今回はマジで!」
コンプレックスの顔が好きと言われたら、相手が誰でも複雑な気持ちだろう。安楽寝さんは僕以上に自己肯定感が低いから、存在しない「言葉の裏」を想像しがちだ。
「坂本くんに刺さったのって、『照れ顔』なんじゃないかな」
「わかる!」
僕の言葉に、町野さんが即座に追従する。
「いままさに照れ顔見たさに、二反田にイオちゃんのメイド服プリ公開したいもん」
「町野ォ!『人に見せたら一生サンマーメン食べない』って約束はどうしたぁ!」
ふたりの会話に、僕は想像の翼を広げる。
メイド事変のときの安楽寝さんは、まだ町野さんと仲よくなかった。
最近になって、ぽつりとそれをうらやましがったのかもしれない。
「あーしも一回くらいメイド服を着てみたかったな。似あわねーけど」
すると雪出さんが、こう言ったのではないだろうか。
「いまからでも遅くないデス! プリクラでメイド服の撮影できマス!」
ちょっと言ってみただけなのに食いつかれ、安楽寝さんは焦った。抵抗するも最終的に町野さんの、「サンマーメンうんぬん」という適当な言葉にそそのかされ――。
そんな三人の休日が思い浮かび、僕は庭木を眺める老人の顔になった。
「まあサンマーメンは、県民でもそんなに食べないよね」
「クールにツッコんだぶって、顔が『てぇてぇ』のままだな二反田ァ!」
照れ隠しに、荒ぶったツッコミをする安楽寝さん。
「話を戻そっか。リョーマもわたしたちと同じだよね、二反田」
町野さんに目配せされて、僕はその後を引き継ぐ。
「うん。坂本くんは照れ顔が見たいから、愛の言葉をささやきまくる。安楽寝さんが真っ赤になるのはピュアだからで、要するにみんなチョロ……性格が好きなんだよ」
「……みんな、性格が、好き……あーしが、好き……」
リミットを越えたのか、全身を上気させた安楽寝さんがへたりこむ。
「やっぱイオちゃんかわいいよね。彼女にしたいわー」
「ピュアな乙女でお嬢さまで、男前セリフも言えちゃう才女」
「おまけにファッションヤンキーで、ツッコミもできちゃう。よっ、魅力のかまたり!」
「あとは坂本くんを見習って、自分に自信を持つだけだね」
ふたりでほめ殺していると、安楽寝さんがよろよろと立ち上がった。
「もうやめてくれ……おまえらが新婚さんごっこを楽しんでたことは口外しないから……」
「「楽しんでないよ!」」
僕とダブルツッコミをしつつ、町野さんは恥ずかしそうにエプロンをはずした。



