続・ツッコミ待ちの町野さん

#43 安楽寝さんが考える最強の町野さん

 テスト最終日の放課後、フードコートはぼちぼち空いていた。

 僕は「長崎ちゃんぽん」をトレーに乗せて、待ち人のいる席に戻る。


「ちゃんぽんって、食ったことないな」


 丼をのぞきこんできたのは、赤髪に黒マスク、両耳でピアスが五個のヤンキー女子。

 手首にはピンクのシュシュをつけていて、テーブルの下にはルーズソックスが見える。


「安楽寝さんはドーナツ一個だけ? ちゃんぽん、ちょっと食べる?」

「ばっ……! そんなことしたら、カップルだと思われるだろ!」


 相変わらず、見た目に反してピュアな安楽寝さん。


「大丈夫だよ。陰キャがたかられてる場面にしか見えないから」

「余計もらいにくいわ!」


 そう言いつつも興味津々の様子なので、「ひとくちだけでも」と勧めてみる。


「うまっ! え……ちゃんぽんって、こんなにおいしいの」


 初体験のおいしさに、口元を押さえる上品なヤンキーの安楽寝さん。


「そんなに気に入ったなら、もっとどうぞ」

「や、いい。あーし少食だし。でも、ありがとな」


 言ってドーナツを紙ナプキンでくるんで食べる、育ちのよさが隠せない安楽寝さん。


「ところで安楽寝さん。テストの打ち上げ、僕だけでよかったの?」

「ああ。むしろ都合が……い、いや、なんでもない。単に人が集まらなかっただけだ」


 なんでもありそうだけれど、いったん泳がせておこう。


「そうなんだ。八木は雷に打たれてくる、つまりは美容院だって言ってたかな」

「最近、雪出がぜんぜんかまってくれねー」

「町野さんも言ってたよ。いま忙しいみたいだね」

「その町野は、矢沢たちとカラオケに行った」

「カラオケ……安楽寝さんには、まだハードルが高いね」


 なにしろギャルのパピ子さんを「矢沢」と呼ぶのは、クラスで安楽寝さんだけだし。


「だから二反田しかいなかったんだよ。迷惑だったか?」

「迷惑じゃないけど、ほら、坂本くんとか」


 途端に顔をしかめる安楽寝さん。


「あーしは一週間、アホメガネにつきっきりで勉強を教えた! それがどれだけ苦痛かわかるか? イエスかノーかの質問に、あいつは『レタス』って答えるんだぞ!?」

「坂本くん、トンチキ言語が世界共通だと思ってるからね……」

「まあ別に、あいつがきらいってわけじゃねーけど……いや、違っ! 好きって意味じゃねーからな! あんなやつ、なんとも思ってないからな!」

「そうだね。なんとも思ってないね」


 僕は庭木に留まったメジロを見る老人の顔で、古きよきツンデレを堪能する。


「ともかくあーしは、普通の会話に飢えてるんだよ」

「普通の高校生って、どんな会話してるんだろう」

「なんでもいいんだよ。今日なんか、つまらなければつまらないほどいい」

「じゃあ……恋バナとか?」

「二反田いま、さらっと全国のJKを敵に回したぞ」

「そんなに? じゃあ安楽寝さんも、恋バナ好きなの?」

「…………好き。少女マンガで育ったからな。絶対誰にも言うなよ!」

「うん。口が裂けたら言わないよ」

「それまで吹聴する気じゃねーか! ケンカ売ってんのか!」

「楽しいな。安楽寝さんは僕にとって、雑にイジれる唯一の人だから」

「……ま、まあ、楽しいなら、いいけどな」


 たぶん今回も学年一位なのに、本当にチョロすぎる安楽寝さん。


「それで安楽寝さんは、どんな恋バナがお好みでしょう」

「『町野さんがもうすぐ誕生日なんだけど、プレゼントなにがいいかな』、とかな」


 ニヤニヤしている様子が、黒マスク越しでもよくわかる。


「安楽寝さんごときに、そこをイジられるとは……」

「いま『ごとき』っつったか? テメいま『ごとき』っつったか?」

「そもそもそれは、恋バナじゃないよ」

「まあな。そういうことに、しといたほうがいいよな」


 八木と同じくらい、煽り顔がイラッとさせる安楽寝さん。


「というかもう、プレゼント買っちゃったし」


 地雷系の雪出さんを見かけたあの日、僕の目的は誕生日プレゼントの購入だった。


「さすが用意周到タイパ坊。なにを買ったんだ?」

「RPGで低レベルのうちって、装備欄に空白が多いでしょ」

「そりゃまあ、序盤は装備が集まってないからな」

「買うにしても、まずは武器や鎧からだよね。アクセサリーは優先度が低め」

「だな。あーしはコスパのいい盾から買う」


 実はめちゃくちゃゲーマーな安楽寝さん。


「翻って、僕たちって年齢がレベルみたいなところがあるよね」

「あーしも二反田も、レベル16ってことか?」

「うん。そのくらいなら、まだ装備欄に空白がある人も多いでしょ」

「たしかにあーしも、腕装備は数珠しかないな」

「それヤンキーなのかな……? ならバングルとかもらったら、うれしいんじゃない? 無難なデザインでも、装備欄が空白よりましだし」

「おお……!『若いうちこそアクセサリー』理論、二反田っぽくて面白いな」

「ただ町野さんの装備欄には、空白がなさそうなんだよね」

「おしゃれ重課金勢だからな。じゃあ二反田、なにを買ったんだ?」

「いくらあっても困らないイヤリングで、とことんシンプルなもの」


 町野さんはプールで泳ぐ人なので、ピアスは部活を引退するまで開けないらしい。


「……あのな、二反田。それは贈り物じゃない。概念だ。ないのと一緒だ」


 安楽寝さんが、あきれ気味に難色を示す。


「個性がなさすぎるってこと? でもシンプルだから、フリマサイトにも流しやすいよ」

「前提おかしいだろ!」

「最初から現金を渡したほうがいいかな?」

「ネットに毒されすぎだ! 町野はドミノ牌のイヤリングだってつけてくれる」

「耳を出してる人にそんな目立つもの贈るなんて、プレハラじゃないかな」


 相手の意思を尊重しないプレゼントを贈ると、訴状が届くとネットで見た。


「よく聞け、二反田。町野もデートでは髪を下ろす。あーしみたいに片側は耳にかける。そこに二反田がプレゼントしたイヤリングはない。おまえは落ちこむ。だが次の瞬間、反対側の髪も耳にかける。揺れるドミノ牌。にやりと笑う町野……これが最強だろうが!」


 ドンと机をたたいて、力説する安楽寝さん。


「たしかに町野さんっぽい……」

「町野はいい女だ。なにを贈ったって喜んでくれる。だったら笑いをプレゼントしてやれ」

「ファッションヤンキーのくせに、めちゃめちゃ男前なセリフ……」

「フハハ。どうだ、二反田。恋バナはおもしれーだろ」

「そうだね。プレゼントは検討してみるよ。次は安楽寝さんのターンだね」

「……もうすぐ修学旅行だな」


 小さな黒目をそらして、明らかにごまかしている安楽寝さん。


「四ヶ月後をもうすぐと言うなら、そうだね」

「長崎ちゃんぽん、うまかったな。豚骨系のスープがもちもちで、中華麺が濃厚で、具は野菜ぷりぷり、エビシャキシャキで、絶妙なバランスが全体だった」


 テンパっているものの、そこそこ言いたいことがわかる食レポをする安楽寝さん。


「安楽寝さん。悩みがあるなら聞くよ」

「な、な、なんの話だ? あーしに悩みなんてねーし!」

「坂本くんはもちろん、町野さん、雪出さんにも話せないから、僕にお鉢が回ってきた。それを悟られないよう、みんなに用事があるテスト終わりを狙った」

「……勘のいいシャバ僧はきらい……になれないな」

「心の準備が必要なら、明日部室にきてくれてもいいよ。LINEとかでも」

「……二反田、やっぱいいやつ……十年後も友だちでいてほしい……」

「チョロい心の声出てる! ……僕もそう思ってるよ」


 こんな風にして、僕たちはこじらせ同士の友情をたしかめあった。


 その日の夜、町野さんからLINEがきた。


『またイオちゃんとイオンデートしたでしょ(スコープをのぞく狙撃手のスタンプ)』

『ルサンチマンソウルメイト会談です』

『わたしもおいしいもの食べたいなー。なんとなく六月十五日くらいに』

『リマインドしなくても覚えてるよ。町野さんの誕生日』

『ならよし(誕生日に車の鍵をもらう女の子のスタンプ)』

『そっちからハードル上げてくるのやめて?』


 車は無理だけれど、僕はもう一度プレゼントを買うべきではあると思う。

 

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