続・ツッコミ待ちの町野さん
#49 読モの友だちがいる町野さん
七月の部室から見た外の景色は、空と青春がキラキラと輝いている。
今日は野球部のグラウンド使用日で、陸上部とチア部も活動していた。
こういうときのサッカー部は休みで、有志がフットサル場で練習しているらしい。
男バス、女バス、男バレ、女バレも、時間を区切って体育館を使っている。
格技場も、柔道、剣道、空手部が、週に二回を使えたり使えなかったり。
うちの学校は「全員部活所属」という校則があるけれど、特別スポーツに力を入れているわけじゃない。実は文化部よりも活動時間が短い運動部は、けっこうありそうだ。
「そういえば、水泳部ってどうなんだろう」
床にドミノを並べながら、ぼんやりと考えた。
屋内プールがあるものの、うちの学校には「水球部」もある。
水泳部は部員も多いから、満足なトレーニングができない日もあるのかもしれない。
「気になるなら、見学にくる? 先輩もいるよ」
引き戸を開けて現れたのは、エナメルバッグを斜めがけしたポニーテールの女子生徒。
バッグには水着が入っていると思うけど、洗濯はどうしているのだろう。
「いらっしゃい、町野さん。見学は……」
僕の脳内に、「どうする?」とシステムメッセージが流れた。
A:「(かわいい先輩が気になってたし……)じゃあ、お言葉に甘えて」
B:「(Aはなんだか見えてる罠っぽいし……)いや、遠慮しておくよ」
僕はBを選択し、うそで本音を埋め立てる。
「――いや、遠慮しておくよ。入部する気もないのにプールの周囲にいたら、あらぬ噂を立てられかねないしね」
「じゃあ今日は、わたしをひも解こっか。『町野さんに十前後の質問』」
そういえば先日、過去をあれこれ深掘りされたっけ。
「でも町野さんの個人情報、ほとんど知ってるよ」
「こわ……」
「名前とか年齢って意味なので、そういう人を見る目を向けないで」
「二反田は、わたしに聞きたいことないの? 前に聞いた『初恋は?』、とか」
ひまつぶしにそういうゲームをしたいようなので、つきあってさしあげよう。
「じゃあ第一問。水着って、毎日洗ってるの?」
「それが気になるなんて、二反田は主夫の才能あるね。もちろん毎日洗うけど、洗濯機じゃなくてシャワーで手洗いだよ。洗剤は水着を傷めるから」
「知らなかった。じゃあ第二問。プール使用は水球部と日替わり?」
なぜかむっとする町野さん。
「……水球部は全員、水泳部と兼部。水泳部の活動が終わってから練習してるよ」
「めちゃくちゃハード」
「みんな体力お化けのゴリラだから余裕。はい、次」
機嫌を損ねたみたいなので、次は町野さん好みの質問をしよう。
「第三問。あなたにとって、プロフェッショナルとは」
「二反田、いいものあげる」
町野さんが拳を出してきたので、手のひらで受け取る。
握らされたものを確認すると、塩アメの包み紙だった。
「小学生みたいなことを」
「いくつになっても『かわいげ』を忘れない。これがわたしのプロフェッショナル」
「……! 正直、きらいじゃない」
「ほらもっと、パーソナルなこと聞いてほしいなー」
そう言われても浮かばないので、質問サイトをカンニングしてみる。
「じゃあ第四問。あなたが行きたい場所は?」
「ほら、あれ。幻想的なやつ」
「なんだろ。ペルーの空中庭園、マチュピチュとか?」
「違くって、水たまり。パンツが映りそうな」
「ウユニ塩湖ね! 異性との会話には気を使ってね!」
「自分だってすぐわかったくせに。二反田のニッチ」
「微妙に気を使われた……第五問。やってみたいバイトは?」
「やってみたいって言うか、わたし飲食店めっちゃ向いてそう」
「異論なさすぎるから、やってみようか――よーし、今日はこのお店で食べよう」
珍しく、自分からコントインしてみる。
「いらっしゃいませ。お客様は、おひとりさまでしょうね(笑)」
「初手鼻笑いやめて?」
「空いてるお席にどうぞ。バックルームの」
「客席にいられたら困るの!?」
「こちらメニューでございます。普段なら『こちらメニューになります』とお渡ししていますが、お客様は正しい日本語について一家言ありそうなツラなので自衛しました」
「聞きたくなかった報告……とりあえず、本日のランチをお願いします」
「かしこまりました。こちら、おさぼりです」
「……スマホ見始めちゃった。注文通ってるのかな」
「お待たせしました。こちらナンになります。いずれ」
「発酵前!? あの、完成品をもらえませんか」
「こちら2000ピースのジグソーパズルです。一年かかりました」
「いや『えっへん』じゃなくて。なんでもいいから食べられるやつください」
「右から左にお皿をスーッ」
「『ナンでもいいから』じゃないです。もう帰りますね」
「お会計は……えっと、十二万千二百円になります」
「パズルの制作費入ってる!」
とりあえず形になったところで、ふむと満足そうな町野さん。
「どうだった、二反田」
「ひどい扱いだったけど、『えっへん』はかわいげあったかも」
「読モやってるパピちゃんも言ってた。かわいげは、ラッパーにも政治家にも必要って」
「読者モデルって、そんな視座で仕事してるの!?」
「そろそろ、例の質問ほしいなー。わくわく」
町野さんが、人を選ぶタイプのかわいげを出してくる。
「じゃ、じゃあ……第六問。町野さんの初恋は?」
「ちょっと遅くて。九歳かな。スイミング帰りに見た酔っ払い」
「町野さんの好みだと、酔拳の使い手?」
「ただの酔っ払い。でも『世界で一番ふざけてるやつが、世界で一番まじめなんだよ!』って叫んでて。わたしそれ聞いてすっごいドキドキして。その夜眠れなかった」
うそではないらしく、ちょっと頬を上気させる町野さん。
「なるほど。そういう初恋もあるんだね」
「あとでわかったけど、その酔っ払いお父さんだった」
「お父さん、本当に奇行エピソードしかないね!」
「二反田も気をつけて。雰囲気お父さんに似てるから」
「お酒は飲まないようにします……第七問。一番大切にしている時間は?」
「んー……いま」
「過去や未来ではなく、的な」
「ううん。二反田との雑談」
「えっ」
「じゃなきゃ、こんな毎日顔出さないでしょ」
「……身に余る光栄です」
「正解は、『僕もだよ』」
「読モだよ? ……あ、『僕も』か」
ナチュラルに聞き間違えた瞬間、町野さんが声を出して笑った。
僕もさすがに恥ずかしく、けれどつられて噴いてしまう。
夏の光が差しこむ窓辺で、僕たちは爆笑した。
どれだけネタを作りこんでも、天然ものにはかなわない。
僕たちはまだ十六、七で、箸が転んだら笑うに決まってる。
「こういうとき、このまま時間が止まったらいいなって思っちゃう」
目尻の涙を拭いながら、町野さんがひいひいと喉を鳴らす。
「読モだよ」
安い天丼でも笑いが止まらない。
そうして笑い疲れてきたところで、町野さんが「ω」の口で言った。
「今日も楽しく部活に行けるよ。ありがとね、二反田」
部室を出ていく町野さんの背中に向かって、もう一度つぶやく。
「読モありがとう」
スンと真顔で振り返る町野さん。
けれどしばらく見つめあうと、また声を出して笑ってくれた。
太陽の下のグラウンドでなくても、青春はそれなりに輝くようです。



