続・ツッコミ待ちの町野さん

#50 テス勉ですねん町野さん

 今年の七月も例年通りに暑く、熱く、集中力は下降の一途。

 けれども来週は期末テストで、そろそろ勉強せねばな時期。

 したがって安楽寝さんは、坂本くんをマンツーで教えており、

 雪出さんは配信日なので、サムネ等々の準備があり、

 八木は自分がうるさくするからと、勉強会にはきたがらず。


「じゃあまた、ふたりで勉強しよっか」


 なんて町野さんは言うけれど、家にいったら汚部屋の掃除だけで一日が終わる。

 ついでにドミノ部の部室では、いつものくせでおしゃべりしてしまう。


「それなら勉強学生に優しい、ミスドへ行くデリング!」


 町野さんに誘われて行ってみると、同じ目的の学生が箱詰めドーナツ状態。

 ならばとお世話になっているマックへきてみたら――軽めの地獄が待っていた。


「アニメ化したら聖地になるレベルできてるよねー、マック」


 ひょいと空中に投げたポテトを、大口でキャッチ&もぐもぐする町野さん。

 今日もいつものポニーテールで、僕の向かいに座っている。


「パピ子みたいなストリート育ちだと、レペゼンマック、インダハウスまである」


 町野さんの隣でしゃべるツインテールのギャルは、A.K.Aパピ子さん。

 最近ラッパーの彼氏とよりを戻したそうで、リリックに影響が見てとれる。


「……」


 会話にからめず、ふたりの正面で勉強するフリをしているのが僕。

 町野さんとマックに入ると、二階に空いている席がまるでなかった。

 もう行くあてがないと困っていると、ひとりでいたパピ子さんが手を振ってくれた。ギャルはオタクだけでなく、森羅万象に優しい。


「まちのんどしたん」

「テス勉ですねん」

「意味ワカランパサラン」

「美味テヘランドリアン」


 そのまま相席させていただいたものの、僕みたいなコミュ力カスカスの陰キャくんがギャルと陽キャの謎会話に交ざれるわけがない。


「は? 里? まちのん、セルアウトしじゃん。プロップス失うよ? あぁーい?」

「パピちゃん、ディグってる? もう『きのこたけのこサイファー』の時代じゃないよ」


 ギャルと陽キャは、お菓子の話題でヒートアップしている。

 町野さんは最近ブルボン朝「チョコあ~んぱん」派に宗旨替えしたのだけれど、これは僕が勧めたからだったりする。意見を求められたら困るなと思っていたら、案の定。


「二反田は、どう思う?」


 町野さんが、メッセージ性のある目で僕を見る。

 その瞬間、パピ子さんが町野さんのポテトをごっそりいった。

 頬袋パンパンのハムスターみたいなギャルを横目に、僕は笑いをこらえつつ答える。


「んっふ、最近は『プレッツェルショコラ』の甘じょっぱが、デュフ」


 人は本当にデュフフと笑うことを、僕は初めて知った。


「やっぱ『チュー』を意識すると噛むわー。まちのんもマイクロフォン一発いってみ」

「わたし得意だよ。『マサチューセッチュ』……ほんとだ!」


 こんどは平和な話題だと聞き流していると、パピ子さんがこちらを向く。


「高輪ゲートウェイも、カマしてみ?」


 瞬間、町野さんがパピ子さんのナゲットをいった。

 箱から二個取って一個だけ残し、それでいてソースはきれいに使い切った。


「ぬっふ……二反田です。マサチューセッツ、ンフッフ」

「ウケる! ちゃんと言えたのに、最後のフロウどうしちゃった品川!」


 パピ子さんがギャハーと爆笑すると、


「ていうか、パピちゃん! ウケると五反田に近づくシステムなんなの!」


 町野さんが笑いながらパピ子さんの肩をたたき、


「でも大崎って呼ばれたことないな……」


 僕も自然と会話に入っていた。

 ギャルも陽キャも仲間はずれをきらうから、話を回す、言葉で興味を引く、行動で笑わせるなど、コミュ力のない人間に親近感を覚えさせる手段がすごい。

 それからしばらくおしゃべりしたのち、


「んじゃ、パピ子用事あるからー。まちのん、目黒、マタニティ~」


 町野さんとラッパーみたいなハグを交わして、パピ子さんは帰っていった。

 五反田を通りすぎているので、楽しかったということかもしれない。


「パピちゃんの用事って、彼氏なんだよねー」

「そうなんだ。町野さん的にはさびしい感じ?」

「ぜーんぜん。それでパピちゃんと、一回ケンカしちゃってるし」

「気になるけど、聞いてもいいのかな」

「ちょうど一年前のテスト期間かな。パピちゃんと遊ぶ約束してて」


 うんうんとうなずいて、町野さんの続きを待つ。


「ふたりで一緒に帰ろうとしたら、靴箱のとこにパピちゃんの好きピがいて。わたしが『遊ぶのこんどでいいよ』って言ったら、パピちゃんそこでブチきれ」

「なんで」

「パピちゃんすぐ彼氏に染まるけど、恋愛至上主義じゃないんだよね。友情を大切にしてるのに、それがわたしに伝わってなかったことが『バリ悲しかってん』って」


 そのときの彼氏は、関西方面の人だった模様。


「誰も悪くないと思うし、仲直りできてよかったね」

「うん。高校生の人間関係ややこしーって思ったし、パピちゃんがその場で彼氏と別れてまで友情を証明してくれたから、わんわん泣いちゃったよ」


 よく大人が「既婚者は飲みに誘いにくい」なんて言うけれど、その感覚をさらに複雑にしたものが高校生の社会なんだと思う。


「エモさの陰で、彼氏もしくしく泣いてるだろうね」

「それから三回くらい、より戻してるよ」

「そんなことある?」

「高校生は価値観を作ってる途中だから、テンプレが当てはまらないからねえ」


 その最たる例は、八木かもしれない。

 八木が雪出さんに抱く感情を、大人に説明しても理解されないだろう。

 僕たちも同じ空気を吸っているから、ふんわりわかった気がしているだけだ。


「変な言いかたになるけど、すごく勉強になりました……あ」

「「テス勉」」


 ここへきた目的を、ふたり同時に思いだした。

 それからしばし、まじめに勉強する。

 テスト期間は学生服を着たお客さんが多く、自分もやらねばと身が入った。

 町野さんも「3」にした口の上にペンを乗せつつ、それなりにがんばっている。


「さて。キリがいいところまで終わったから、『野菜生活』でも買いにいこうかな」


 僕が立ち上がると、町野さんがげんなりした顔をした。


「キリがいいところなんて、二週間くらいこなそう」

「休憩は適度に取ったほうがいいよ。町野さん、なにかいる?」

「FIREできるだけの収入」

「アイスティー買ってくるね」


 一階でドリンクを買ってきて、戻ってきて町野さんに渡す。


「ちべたい。気持ちいい。温泉くらい気持ちいい」


 額に容器を押し当て、ほげーと脱力している町野さん。


「熱いと寒いが逆になってる、ちょっと雑談しようか。パピ子さん、面白かったね」

「ほんと? 二反田ずっと敬語だったけど」

「緊張してたから。相手は一軍の人だし」

「えぇ……二反田、まだ陰キャ営業してるの?」


 町野さんの口が、かまぼこみたいな形になる。


「敬語って、動物で言えば服従の姿勢だから。自分の弱さを知っていると『この人とは対等になれない』ってすぐわかるし、そんな相手に自分から距離は詰められないよ」

「わたしには、めっちゃツッコんでくるのに」

「町野さんはグイグイきてくれるから」

「じゃあ二反田からなにかしようって誘ってくれる日は、もう永遠にこないんだ。ふーん」

「去年の僕の誕生日に、マックにつきあってもらったよ」

「その一回しかないんだよなー」

「去年のデイキャンプも、まあまあ主体的にやったと思うけど」

「ほら。去年の話ばかりするから、鬼が泣いちゃった」

「僕に見えないなにかを見てる」

「人に頼って、甘えて、わがまま言って。関係が生まれて、信頼が生まれる。そういう『めんどくさい』をしてきた相手を、わたしは友だちって呼んでるよ」


 町野さんが、じいっと僕の目を見てくる。

 言いたいことはわかるけれど、鍛えに鍛えた受け身体質は簡単には治らない。

 ただパピ子さんと町野さんの関係を聞いて、うらやましいとは思った。

 思えばゴールデンウィークの坂本くんも、安楽寝さんを理解しようとがんばっている。

 雪出さんに至っては、八木のために自分を大きく変えた。

 みんないまそばにいる人と、もっと仲よくなろうと努力している――。


「とりあえず、夏休みの宿題にさせてください」

「おっけー。ワールドカップの二次予選通過くらい、期待しておくね」

「『当たり前』のプレッシャー……!」

「ところで夏の旅行、海だけじゃなく山も行かない? みんなで虫取り」


 いつメンのグループLINEで話しあいながら、熱海旅行の計画が進んでいた。


「一泊であれこれは無理だし、虫は女子の賛同を得られないよ」

「じゃあふたりで行こっか。近所の山とか」

「それはいいけど……ハッ!」

「ね。こうやって誘うんだよ」


 テスト勉強をしにきたのに、人生を学ばされた一日だった。

 

刊行シリーズ

続・ツッコミ待ちの町野さんの書影
ツッコミ待ちの町野さんの書影