続・ツッコミ待ちの町野さん

#51 めちゃたのし結婚生活の町野さん

 テスト終わったね、明日から夏休みだね、というわけで。


「――罵倒の『タコ』って言葉、実は『イカ』って悪口のカウンターで生まれたんだよ。もともとは、将軍に直接お目通りできない下級武士――KP!」


 町野さんが湯飲みを掲げると、


「途中で飽きんな!『御目見得以下』って煽られた返しが『タコ』な!」


 安楽寝さんが、ぺしっとツッコむ。

 今日はいつメン六人のテスト打ち上げで、回るお寿司屋さんにきていた。


「あいうえお作文でもするかー。じゃ、二反田。『いかのおすし』の『い』」


 八木がイカを食べつつ罠をしかけてきたので、


「『いかのおすし』の防犯標語、あいうえお作文形式なのに『しらないひとには、ついていかない』で、初手から『いか』の二文字使うの、『か』の扱いに自分を重ねて涙流しがち」


 僕が「あるある」で切り返し、


「切ないデスネ。生活感のある『アマゾンほしいものリスト』を見たときクライ」


 雪出さんがうまいことたとえて、


「サイドメニュー大盛り……そういうのもあるのか。ならば半チャーハン大盛りだ」


 坂本くんが台無しにした。

 六人も集まると以前の焼き肉のときと同じで、てんやわんやだった。

 されど二年生ともなると、大人に近づいているぶん落ち着くのも早い。


「高校生の男女で旅行なのに、みんな親の許可もらえてよかったねえ」


 町野さんがしみじみ言って、みんながうんうんとうなずく。

 未成年の宿泊は保護者の同意書提出が必要で、日頃の行いがものを言った。


「うちは注意事項が多いケド、ダメとは言わない両親デス」


 雪出さんはしっかりもので、両親から信頼されているのがうかがえる。


「僕は大喜びされたよ。むしろ親孝行だって」


 両親とも僕と同じ性格なので、過去の自分を振り返っているのかもしれない。


「うちは無関心だったな。妹のときと大違いで笑う」

「八木ちゃん、妹いたんだ……似てる?」


 町野さんが、やや上目線で八木を見た。


「安心してくれ。あいつの髪はサラサラだ。が、性格の悪さには血を感じる」

「八木サン、別に性格悪くないデスヨ?」

「あばたもえくぼっくり」

「二反田、ガーリックマヨイカおごりな」

「八木ちゃんイカ好きだね。ちな罵倒の『タコ』って言葉、実は『イカ』って悪口の――」

「誰かシークバー戻しマシタ?」

「回転寿司みたいにループしてる?」


 ツッコミはかぶるわ、脱線すると戻らないわで、明日からの旅行が思いやられる。


「そういえばアホメガネも、ねーちゃんいたな?」

「ああ。ぼくに似て優秀で顔がいい。親はさぞかし自慢の息子だろう」

「おまえに話を聞いてるが、おまえの話は聞いてない!」


 坂本くんという素材を活かす、いいツッコミをする安楽寝さん。


「明日が楽しみだな! 俺『チャオチャオ』持ってくわ!」

「いいね、八木ちゃん。夜通しボドゲ。水着回と温泉回もあるし、最高だね二反田」

「サバおいしいね、坂本くん」

「二反田くんは死んだ魚が好きか。ぼくは伊緒が好きだ」

「あーしを回転寿司のレーンに乗せるな!」

「わたしピンときた! イオちゃんの黒マスク、海苔でできてたんじゃない? これで授業中もミネラル補給が……って、できるかーい!」

「これがほんとの海苔ツッコミ……って、やかましいわ! ……はっず」


 町野さんの誘いボケに乗ってしまい、安楽寝さんが両手で顔を押さえる。


「食べ終わって無駄ボケ増えてきたし、そろそろ帰ろっか」


 張本人の町野さんが言い、明日もあるということで早めのお開きに。


「俺チャリだから、紅ちゃんと歩いて帰るわ。ンジャメナ」

「明日はよろしくデス。ンジャメナ」


 自転車を押す八木の隣で、雪出さんが手を振った。


「二反田が逆方向だから、ウチらもしかたなく一緒に帰るわ。明日は対よろ」


 安楽寝さんが、やるせない目で坂本くんを見る。


「ふむ。二反田くん、これがツンデレだな」

「ツンデレだよ、坂本くん」

「違うわアホメガネ! さえずんなシャバ僧!」


 安楽寝さんが坂本くんと僕に、ぽすっ、ぽすっとパンチを入れた。


「ごはんあげ忘れたときの、おそばみたいな猫パンチ。イオちゃんかわいー」

「う、うっさい!」


 安楽寝さんが恥ずかしそうに背を向けて、駅方面へ歩いていく。


「ふっ」


 坂本くんは無駄にかっこよく笑い、つかつかとターゲットを追いかけた。


「安楽寝さん非力すぎて暴力ヒロインの素養ないけど、動きだけは格ゲーぽいの、家でメガネかけてアケコンパチパチしてるオタ感にじみ出てていいね」


 僕は駅の柱のところにたたずみ、改札で引っかかる坂本くんを眺めながら早口で言った。


「キモ。それより二反田、気づいた? 八木ちゃん」


 二文字で流す一般JKムーブが、一番メンタルをえぐられる。


「……うん。『雪出さん』じゃなくて、『紅ちゃん』になってたね」

「これってさー、ふたりの距離が縮まってるってことだよね」


 すこぶるうれしそうに、にこにこしている町野さん。


「どうかな。Vが『ユキちー』だから、意識的に呼び分けてるのかも」

「でもイオちゃんとか、『アホメガネ』以外は全員苗字だよ。ひとりだけ呼びかた違うパターンって、やっぱキュンキュンする」

「それだと僕の好感度が一番高いのは、『八木』になっちゃうけど」

「……んー……んー……『ナシ』よりの『アリ』」

「なにを熟考した!?」

「わたしが『並人』って呼ぶのはありだけど、二反田が『硯』はなしかなーって」

「普段から名前で呼ばれないから、自分のことって気づかなそう」

「じゃあわたしたちは、このまま呼びかたかわらないね。夫婦別姓に期待」


 だまされるな。これは町野さんの罠だ。深呼吸だ。


「……スゥー」

「二反田、大丈夫? 顔色が気持ち悪いけど」

「心配してくれるなら、そこに『気持ち』入れないで!」

「わたしとの『めちゃたのし結婚生活』想像しちゃった? ……おかえり、二反田」

「し、してないけど、ただいま、町野さん」

「今日もお疲れさま。夢だったドミノ関係の仕事に就けてどう?」

「え、うん。ドミノ関係の仕事……うん。おかげさまで楽しいよ」

「外回り、たいへんだね。ドミノの売り上げは?」

「おもちゃメーカーの営業設定かな……ぼちぼちだよ、うん」

「しんどい仕事だよね。リヤカーも重いし」

「僕ドミノ行商してるの!?」

「てぃろり、てぃろり、てぃろり、てぃろり……あ、揚がったみたい。夕飯にしよ」

「未来って、家でマックのポテト食べられるんだ……」

「おいしいね。行商で売れ残ったピザ」

「ドミノ関係の仕事、ピザの手売りだったの!?」

「ツッコむとこそこじゃないでしょ!『なんでピザ揚げてるの!』でしょ!」

「おっしゃる通りだよ!」

「二反田、変わっちゃったね。わたしがあめふらしもこみち、んごろんごろほぜんちーき」

「えっと……ごめんなさい」

「いま後半聞き取れなかったのに、雰囲気であやまるやつやったでしょ?」

「町野さんはまるで変わらないね!」

「ケンカしちゃったね。仲直りに、いつものあれやろっか?」


 町野さんが、ぺろりと舌なめずりをした。


「『いつものあれ』……」


 僕はごくりとつばを呑む。


「そもそもわたしが、ごはん作って夫の帰りを待ったりするわけないでしょ。いまからやるのが本当の結婚生活ね……おかえり、二反田」

「コントの中でコント始まった! ……ただいま、町野さん」

「ごはん作ってくれる? お風呂洗ってくれる? それとも、コ・ン・ト?」

「いまとあんまり変わってない!」


 どうりでいまが、「めちゃたのし学生生活」なわけだ。

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