続・ツッコミ待ちの町野さん

#52 またなにかやっちゃった町野さん(熱海旅行編1)

「改札出たら、うみー! ……見えないね。異変見逃したのかな」


 夏休みの初日に降り立った熱海駅前は、まだ朝だからか混んではいない。

 おかげで町野さんの雄叫びも、人の注目を集めたりはしなかった。


「スズリ待ってクダサイ! 戻らなくても、進めば見えるはずデス!」


 雪出さんが町野さんを引き留め、


「んじゃ、二反田。今日の予定を教えてくれ……くれ? 紅ユキちー大きい鈍器!」


 八木が松ぼっくり頭を揺らして、よくないオタクのはしゃぎかたをする。

 まあみんなで旅行は初めてだから、から騒ぐのもしかたがない。


「えっと……いまから海に直行。満足するまで遊んだら夕食の買いだしに。その後は宿でダラダラするもよし、近くの温泉旅館でゲスト入浴するもよし」


 僕はみんなにスマホを見せつつ、ざっくり旅程を説明した。


「ぼくはもう土産も買った。即座に移動しよう。一泊二日はあっという間だぞ、伊緒」

「木刀買うの早すぎだアホメガネ! あーしのキャリー返せ!」


 坂本くんが安楽寝さんの荷物を引きずって、海と逆方向へ歩きだす。


「どうしよう、二反田。すでにめっちゃ楽しい」


 スーツケースに腰かけた町野さんが、目を輝かせて笑っている。

 僕もやれやれとラノベっぽく苦笑して、坂本くんを追いかけた。


 海の家で着替えると、男三人はビーチに集合した。

 八木は期待を裏切らないパイナップル柄の水着で、坂本くんはシックな黒。

 僕の水着は無難ブルーだけど、そんな情報を誰が望むのか。


「八木、坂本くん。いまから死ぬほど大事な話をするから、耳かっぽじってよく聞いて」

「二反田の絵柄が変わった……ガチなやつか」


 変わったのは顔つきだと思うけど、僕は八木の目を見てうなずく。


「旅行で浮かれているのは僕らだけじゃない。女子はみんなナンパされると思って」

「意を得たりだ、二反田くん。レディを守れというのだろう?」


 坂本くんが、グリーンのレンズのサングラスをスチャッた。


「うん。安楽寝さんだけじゃなく、雪出さんや町野さんにも気を配って。女子が絶対にひとりにならないよう、トイレにも必ずつきそって」


 エンタメ作品でありがちな、ヒロインがナンパされるイベントは実際に起こる。

 しかしエンタメと現実は、その展開が大きく違う。

 あとから主人公――ここでは僕たち――が現場に急行しても、「チッ、男つきかよ」なんて簡単にあきらめる人間は、そもそもナンパなんてしない。

 抜いた刀のやり場を探して、彼らは僕らごと懐柔しようとする。

 あるいは多人数であれば、抜いた剣先をちらつかせてくる。


「なるほどな。刀を抜かせない、そもそも女の子たちに声をかけさせないってのが、俺たちなりの『守護りかた』か」


 八木も抜け目がないほうなので、こういうときには頼りになる。


「うん。水遊びのときも、ひとりはビーチに残って。いつでもスマホが使えるように――」


 最後まで言い終わる前に、坂本くんが僕の手を取った。


「ぼくは二反田くんを、両親の次……は伊緒だ。その次くらいに尊敬する」

「おおげさだよ。自分の弱さを知ってると、身を守ることし考えないだけだから」

「おおげさじゃないぜ。俺は前から、二反田に言いたかったことがある」


 八木が太陽を見上げて目を細め、松ぼっくり頭を輝かせた。


「ごめん、八木。現金は持ってないんだ。イカ焼きもおごれないよ」

「二反田は、もっと自分を好きになっていいぞ。シリアス展開になると、逆にちょけるチキンなところも俺はきらいじゃない」

「八木元気の言う通りだ。ぼくたちは二反田くんの、弱さも含めて愛している」


 ふたりが僕に向けて、ニイっといい顔で笑った。


「……言いにくいけど、友情をたしかめあうシーンって旅行の終盤にやるんだよ」

「なんだよ、二反田。泣いてんのか、こいつめ」


 八木がそうしなければならないというように、おざなりにヘッドロックしてくる。


「やーめーろーよー。目に松ぼっくり片が入っただけだよー」


 僕が邦画みたいにおどけたのは、本当にちょっと泣きそうだったから。

 青春はかくも痛々しいから、本当にいましかできないと思う。


「おまたせー……じゃないね。この場面にふさわしいのは、『なーにやってんだか』」


 現れるなり、あきれ顔で肩をすくめるポニーテールの町野さん。

 スポーティな水着でくるかと思ったら、がっつりなビキニで僕は動揺を隠せない。ラッシュガードを羽織ってはいるものの、監視任務に支障が出そうだ。


「おまえら、絶対にあーしを見るなよ!」


 安楽寝さんはキャミソール的なものを羽織っていて、下もショートパンツ的なもので完全に防備。私服とほぼ変わらないけれど、おへそが出ていて「痩せてるなあ」と思う。


「……みなさん見すぎデス。ガン見がすぎマス」


 雪出さんは胸元の露出を抑えたビスチェ風のタンキニで、下は安楽寝さんと同じくショートパンツ。しかし予想を裏切る肌面積の多さで、完全に優勝している。


「町野さんの黄色い水着、かわいいね」


 僕は目をそらしつつノルマをこなし、


「伊緒はなにを着ても美しい。いますぐバリで写真集を撮ろう」


 坂本くんは情熱的に賛美し、


「『見』……それが俺たちの任務なんだ。紅ちゃんは俺が守護る」


 八木はガン見を正当化した。


「スタンドー! アリーナー! あーゆーれでぃ?」


 町野さんがアーティストみたいに煽り、みんなが「イェー!」と走りだす。

 僕はパラソルの下に荷物を集め、水遊びする五人を眺めた。

 夏の陽射しはとても強く、さして青くない海をまぶしく輝かせる。

 八木や坂本くんと交代で僕も海に入り、砂浜の暑さにのたうち回った。

 小一時間で夏と青春を満喫できたけれど、町野さんはまだ遊び足りないらしい。


「定番のやつ、ぜんぶやりたいよね!」


 結果、八木が顔面まで砂に埋められる。

 口にくわえたちくわから、「ジュースとか流しこむなよ! 絶対に流しこむなよ!」と聞こえてきたので、間髪を入れずに流しこんだ。


「殺す気か! 誰だやったやつは! 開示請求してやる!」


 百点のリアクションに、みんな笑い転げる。


「BBQでは二反田くんに譲ったが、今日こそぼくが無双する。ひれ伏すがいい」


 坂本くんがバッグの中から巨大なスイカを出して、これみよがしに木刀を掲げた。


「木刀は、ギャグじゃなかったのかアホメガネ……!」


 安楽寝さんを筆頭に、みんなが知恵をつけた坂本くんに戦慄した。

 こんなのみんなやりたいよねということで、ジャン勝ちしたのは雪出さん。


「はわわ……もぅマヂムリ。。。」


 目隠しで口調が変わるほどおびえた雪出さんに、みんなが目を細めて微笑む。


「ヘイヘイ! ちっちゃいピッチャーびびってるぅ?」

「くぅ……元気サンのアオリイカ!」


 そんなかけ声とともに振られた木刀は、残念ながら命中せず。

 そして待ってましたと真打ち登場。


「ベニちゃんには悪いけど、わたしは体得ってるからね。『心眼スイカ斬り』」


 なんてかっこよく登場したものの、目隠しをすると右往左往する町野さん。


「あってる? こっち? こわ……ダークソウル遊んでるときの気分」

「町野硯。一歩右に動いて、Y字バランスだ」

「スズリの足下に、おびただしい数の猫ガ!」

「町野さん、僕を信じて。ここは駅の改札口。ショートコント、『心眼スイカ切れ』」


 ぜんぶやってくれる町野さんに、みんな笑いが止まらない。


「町野の運動神経なら、めくり大パンチとかできんじゃねーか?」


 安楽寝さんの言葉を真に受け、町野さんは本当にスイカを飛び越えた。

 そうして振り向きざまに木刀を振り――見事に命中。


「マジか」、「かっこよ」、「バーバリアン」、「バーフバリ」、「ば、バーガーキング」


 拍手、喝采、中村屋。

 粉々になったスイカを見て、右手を頭の後ろに当てる町野さん。


「で、出たー! 伝家の宝刀、『またオレなにかやっちゃいました?』だー!」


 八木の実況にみんな笑いながら、スイカを集めておいしくいただく。


「そろそろ海の家も空いてきたみたいだし、食事に行こうか」


 僕が提案すると、坂本くんが「うむ」とうなずいた。


「なんとやらとはなんとやらだ。なんとやら」

「『腹が減っては戦はできぬ』。『善は急げ』だアホメガネ!」


 なんでわかるのと盛り上がりつつ、この辺りでBパートへ続くと思う。

刊行シリーズ

続・ツッコミ待ちの町野さんの書影
ツッコミ待ちの町野さんの書影