続・ツッコミ待ちの町野さん

#SIDE 町野硯 ~二反田先生の次回作にご期待ください~

「町野は、まったく隠さないんだな……」


 温泉に浸かったイオちゃんが、恥ずかしそうに鼻まで潜る。


「見せられる体でうらやましいデス……」


 ベニちゃんもぶくぶく言ってて、めっちゃかわいい。


「くぁー。楽しかったね、旅行」


 わたしもお湯に浸かって、思い切り手足を伸ばした。露天風呂の開放感は格別で、目を閉じると自分が自然の一部になった気がする。


「町野と雪出と一緒に温泉なんて、去年の今頃は考えられなかったわ」

「一年の最初の頃は、ワタシもイオが怖かったデス。いまはこんなこともできマス」


 たぶんベニちゃんは、イオちゃんの脇腹をつついたんだと思う。


「ひっ……中途半端にアニメの温泉回みたいなことすんな!」


 友だち同士が仲よくしゃべっているのが、わたしはけっこう好き。


「ベニちゃん、髪伸びたね。どのくらい伸ばすの?」

「元気サンはアイドル好きだから、ツインテールが好みカト」


 最近はトークも上手で、ベニちゃんはますます魅力的な女の子になった。


「イオちゃんは、最近目森さんと仲よしだね」

「ゲームのフレンドってだけだ。早川にはたぶんきらわれてる」


 そういう考えかた、二反田と似てるなーと思う。


「みんな変わっていくねえ。成長してるねえ」


 八木ちゃんもベニちゃんに向きあったし、リョーマはなにも変わってないように見えて成績が上がってる。油断した八木ちゃんが三教科抜かれてた。


「あーしから見ると、二反田も変わったな。あいつ自身は気づいてねーけど」

「自虐が減って、話しやすくなりましたネ」


 まあひねくれ具合は相変わらずだけど、とがっていた部分は丸くなったと思う。


「バーベキュースキルも身につけて、たまにギャルとも話してるな」

「服もおしゃれデス。明らかにスズリの影響デスネ」

「それって、いいことなのかなー」


 無責任に、けれど意図的に、わたしは二反田にいろいろ言ってるから。


「いいんじゃねーか。二反田はよく、『町野さんのおかげでギャンブルにも勝ちまくり、仕事でも大成功して、女にもモテまくり』って言ってるぞ」

「最悪の影響!」

「いまのはイオの冗談デスヨ。二反田サンは『女』じゃなくて、『女の人』って言うタイプの人ですカラ。まあSNSでは、『女さん』って言ってますケド」

「友だちやめるレベル!」


 そこでふいに、イオちゃんが真面目な顔になる。


「陽キャと遊ぶ約束をして待ちあわせ場所に行くと、『絶対仲よくなれるよ!』って無邪気に初対面のやつ連れてくるだろ? なれねーんだな、陰キャは」


 それを受けて、ベニちゃんがうなずく。


「デスデス。ワタシは人見知り臆病。イオはイキリ逆張り。二反田サンは自虐ぼっち。似ているようで違うから、同じコミュ力カスカスだって普通は仲よくなれマセン」

「それな。町野はちゃんと見てんだよ。つなぐだけつないで放っておかねーで、いつもウチらを見守ってる。『みんなが楽しいとわたしも楽しい』って顔でな」


 イオちゃんが言ったのと同じこと、二反田も言ってた。

 あのときは流れでお説教しちゃったけど、やっぱりわたしたちは根本が似てる。


「そうやって聞くと、ほんとわたしだけ変わってないねえ」

「変わる必要ねー。町野に悪いところなんてねー」

「イオちゃんはそうやってほめてくれるけど、変わっていく人って魅力的でさー」

「みんな本質的には、変わってないと思いますヨ」

「あー、わかったわ。町野は二反田の目を気にしてんのか」


 イオちゃんが、ニタァと口の端を上げて笑った。


「ちちち、ちげーし! 変化しないと飽きられちゃうとか思ってねーし!」

「図星を突かれたあーしのまねやめろ!」


 あははと笑っているところで、ベニちゃんに異変が。


「……ハタ……ハタタタタタ……笑った拍子に足つっ……たっ、イタイ!」

「イオちゃん、ベニちゃんを後ろから抱えて。わたし足持つから」


 ふたりでベニちゃんを床に寝かせ、痛がっているほうの足首を持つ。


「ちょっ、スズリ! 持ち上げないでクダサイ!」


 ベニちゃんが、めくれ上がったタオルを一生懸命戻している。

 わたしはかまわずベニちゃんのひざを持ち、アキレス腱を伸ばして固定した。


「だ、大丈夫か雪出」


 イオちゃんがおろおろと、ベニちゃんのふくらはぎをほぐそうとする。


「あっ、イオちゃん揉まないで! ベニちゃんの筋肉は張っている状態だから、患部を刺激すると筋繊維が壊れちゃう」

「さすが勇者マチノ……! ウチらの知らない治療法も熟知している……」

「なに言ってるんだ、イオ。こむら返りの治療なんて、誰でもできるだろう?」

「スズリこそ、真の勇者デス……ワタシもあなたのパーティに……イタタ」

「ベニちゃんは寝てて! 異世界ミニコントに入ってこないで!」


 という具合に事なきを得て、温泉を上がるわたしたち。

 ロビーで会った男子ーズは、なぜか目を泳がせてもじもじしていた。

 まあ温泉回だから、妄想も捗るよね。


「町野さん、ちょっとウッドデッキで涼まない?」


 宿に戻ってしばらくすると、二反田に誘われた。

 そうしておしゃべりを始めたら、次第に会話が噛みあわなくなってくる。

 一年の終わりに「未来人コクワちゃん」のコントをした際にも、二反田はこんな風に思考に没頭したことがあった。そのときもぜんぶ口から出ちゃってた。


「でも、僕だけを誘ってくれるわけじゃない。町野さんはギャル並みにみんなに優しい」

「なんかイラッときた。男の子は二反田だけだよ」

「だから勘違いしちゃだめなんだ」

「クリスマスも、わたしの誕生日も一緒だったのに? かたくなだねぇ」


 二反田がぜんぜん聞いてないので、わたしも素直にひとりごとを言う。


「じゃあ町野さんにとって、僕はなんなんだろう」

「わからないものかなー」


 恋愛感情なんて本当になかったけど、二反田とのおしゃべりは楽しくて。

 それが変わったのは一年生の六月。誕生日がいつかも聞いてくれない二反田にぷんすかしてたら、実は動画を用意してあった回。

 ギャップというかアメとムチというか、そういうのでコロッといってしまった。

 イオちゃんを笑えないチョロさだなーって、自分でも笑う。


「この金平糖に名前をつけるとしたら、恋なのかもしれない」

「お。こっちの声が届き始めてる?」


 いますぐ立ち去ったほうがいいんだろうけど、わたしは欲に抗えなかった。


「僕が告白したとしたら、町野さんはどう答えるのかな」

「ずっと前から、答えは用意してあるよ」


 だってそうなったらって、いっぱい妄想してたし。


「たとえば……『町野さん、好きです』とか」

「知ってた」


 これ、言ってみたかったんだよね。


「『僕とつきあってください』とか」

「それは無理」

「……そうだよね。町野さんみたいな陽キャと僕みたいなぼっち陰キャくんがくっつく可能性なんて、考えるまでもなくゼロだし」

「ぜんぜんあるよ。二反田が思うほど変な組みあわせじゃないよ」

「じゃあ単純に、顔面力の問題かな」

「言うてわたし好みないから、二反田の顔も好きだよ。ほら、こっち向いて」


 両手で二反田の顔をはさんで、こっちの目を見させる。


「……町野さん? もしかして、僕いまぜんぶ口から出てた?」

「出てない。だからいまからわたしが言うことも忘れて」

「えっ」

「わたしたち、前にふんわり約束したでしょ。『三年後にお互い彼氏彼女がいなかったらつきあう』って。ネタバレだけど、このふたりつきあうから」

「えっ」

「それを踏まえて。高校生カップル、卒業までに破局する率85パー」

「そうなの?」

「めっちゃ相性よくても、タイミングは大事。わかる?」

「な、なんとなく」

「はい。歯を食いしばって。アジャラカモクレン、テケレッツのパー!」


 ぱんぱんと、ウッドデッキに響く軽い音。

 こんな会話の1ページが、二反田の記憶から抜けていることを祈りつつ。


 翌日のわたしは、熱海市内のいい感じにクーポンが使える美容院を予約した。

 あんな風なひとりごとモードでなければ、二反田はわたしに告白を聞かせなかった。

 少なくとも在学中は。

 あるいはずっと。

 そんな不本意な告白を引きずりだしたのは、「じゃあ二反田からなにかしようって誘ってくれる日は、もう永遠にこないんだ。ふーん」なんて、わたしがすねたから。

 二反田の中にあったひとつのラブコメを、わたしは最終回もなく勝手に打ち切った。


「フラれるべきは、二反田じゃなくてわたしなんだよ」

「えっ」


 誰かに影響を受けたみたいなひとりごとを言って、美容師さんを驚かせた。

 罪深いわたしは責任を負うべく、失恋の証を身に刻む。

 二反田がプレゼントしてくれたヘアゴムが使えなくなるのは、少し心残りだけど。

 でも二反田なら、次のラブコメも面白くしてくれるはずだよね?


 


 


 


    『ショートがコトンと恋を置き』


 作・にちょぴん

     第一話 髪の短き神は身近に


 耳は確かに聞こえていても、脳が確とは聞いてない。

 窓の向こうではセミがじーじーと鳴いている――はずだけれど、床にドミノを並べているとまったく意識することがなかった。

 夏休みの学校は静かだ、という話ではなく、ドミナーの集中力が高いのだと思う。

 それでも不思議なことに、部室の引き戸が開く音にだけは気づけた。


「わたしのところ、顔面アウトの修羅ルールだったよ。ドッジ」


 現れたのは、競泳水着の肩のところにゴーグルとキャップをはさんだ水泳女子。

 耳たぶにかかるショートカットは似あうものの、見慣れてないので少しドキドキする。


「いらっしゃい、町野さん。今日は一段と、話題が小学生だね」

「夏休みだし、髪切ったしね。ちょっと幼く見えるでしょ」

「……そうだね。サイダー好きそう」


 どちらかと言うと、僕は大人っぽく見えます。


「あの夏、僕たちは『   』に出会った――」

「夏休み映画のキャッチコピー? ホラーか泣けるやつか」


 僕はコントに備えて、肩を軽く回した。


「にったーん! 虫採りいこー! おれ、まっちー!」

「声でっか……インターホン押さずに道路で叫ぶタイプの子ども」

「今日は神社の床下の砂のところで、アリジゴク釣ろうぜ!」

「知らない遊びだけど、めちゃくちゃわくわくするね」

「おれ見つけるの超うまいぜ! マックス二百匹採ったし」

「盛り具合が小学生」

「だからにったんは、大船行きに乗ったつもりでいいぜ! がはは」

「かわいい小学生だったのに、流れで神奈川ギャグを言うおじさん出ちゃった」


 これは県民だけが罹患する病気で、僕もたまに発症する。


「着いたぜ! ここ、夏でも涼しいんだよなー」

「いいね。ひとけのない夏の神社。静かで厳かで」

「あの神社の下の砂んとこに、いっぱいいるんだ」

「アリジゴクこと、ウスバカゲロウの幼虫が?」

「それにヌシも」

「ヌシ?」

「この神社には、ヌシって呼ばれる神の使いがいるらしい」

「それ神主さんじゃない?」

「じゃ、にったん。ヘルメット装着して。指さし確認。今日も一日、ご安全に」

「そういうのは令和基準なんだ……ご安全に」

「こうやって草で『こより』を作って、砂がすり鉢状になってるとこに垂らすんだ」

「アリジゴクなんて、ゲームの砂漠ステージでしか見たことないよ」

「釣れるまで、ひまだなー。今日は夏休み最終日だけど、にったん宿題やった?」

「最終日なの? それならさすがに終わってるかな。まっちーは?」

「カミングスーン☆」


 ピースして舌を出す、覚え立ての英語を使いたい小学生。


「いますぐやって! ☆つけてる場合じゃないよ!」

「でも、今日は神さまとの勝負なんだ……」

「ふいにシリアスな顔」

「ヌシを釣り上げたら、神様がごほうびに願いをかなえてくれる……」

「夏休み映画っぽくなってきたね」

「おれ、どうしてもヌシを釣りたいんだ。釣らなきゃ、いけないんだ……!」

「なにか理由がありそう。ヌシ対策はあるの? 特別なエサとか」

「うん。『ロト6が絶対に当たる方法、神社の床下に埋めた』って、SNSで拡散した」

「うそをうそと見抜けない人しか釣れない!」

「……かかった! でかい! にったん、手伝って!」

「えっ、どうすれば」

「直接、がーって砂を掘って!」

「身も蓋もない……あ、顔が出てきた」

「『ロト6どこ?』、『ロト6どこ?』、『ロト6どこ?』」

「リテラシー低い人いっぱい釣れた!」

「みんな烏帽子かぶってる! ヌシの証だ!」

「リテラシー低い神主が爆釣!」

「『それが、僕とまっちーが交わした最後の会話だった』」

「えっ」

「『翌日の始業式にまっちーの姿はなく、引っ越したことを先生から聞かされた』」

「そう……だったんだ。まっちーは宿題より、僕と遊ぶことを優先して……」

「『それから七年。僕は高校生になった。ドミノ部を創設し、ひとりで床にドミノを並べていた。そんなある日、部室に訪問者があった』」

「エモい展開きた!」


 町野さんがいったん部室から出て、再び引き戸を開ける。


「やあ、にったん。久しぶり」

「クラスの人気者の町野さん。なんで僕の子どもの頃のあだ名を……?」

「なんでだと思う? わしゃわしゃー」


 町野さんが髪をくしゃくしゃやって、ボサ頭になった。


「その髪型……まさか、まっちー!? まっちーって、女の子だったの……?」

「令和にそんなラブコメできるわけないでしょ。炎上するから発言に配慮して」

「すみません……じゃあなんで、僕のあだ名を知ってるの?」

「あの夏、わたしもあの場にいたからね」

「あのときは、僕とまっちーとソースを確認しない神主たちしかいなかったけど」

「そっか。今日みたいに、人の体を借りて降臨してなかったっけ」

「降臨って……まさか神さま!?」

「まっちー、わたしとの勝負に勝ったのに引っ越しちゃったからさー」

「願いをかなえてあげられなかった、と」

「そそ。だからキャリーオーバーで、まっちーの願いはこの娘に使われます」

「ロト6のシステム!」

「それでは、お待ちかね。まっちーの願いは……」

「ずっと気になってたんだ。夏休みの最後に、まっちーが願ったこと……」

「『にったん、宿題、写させて』でしたー。じゃ、協力よろ☆」

「こっちは夏休み始まったばかりなんで、自分でやってください!」


 そうしてコントを終えたものの、町野さんの口が「ω」にならない。


「髪を切って新しいラブコメを意識したのに、いつもと同じになってる……」

「僕っぽいひとりごと出てる。町野さん、なんで髪切ったの?」


 旅行の帰り道でも、はぐらかされて教えてもらえなかったし。


「夏だから、かなー。去年のいまごろも、わたし切りたがってたでしょ?」

「言ってたけど、本当にそれだけが理由?」

「しつこ……あ、そっか。二反田がくれた髪留め、使えなくなってごめんね」

「それはかまわないよ。もう一度聞くけど、髪を切った本当の理由は?」


 町野さんが、観念したようにため息をついた。


「……ベニちゃんも、二反田も、みんなこの一年で変わったから、わたしもイメチェンしたくなったんだよ。子どもっぽいから言いたくなかっただけ」

「それならいいんだ。僕の初恋キャラの『運動部系後輩女子』に髪型を寄せたのなら、ちゃんとツッコまないとって思っただけだから」


 僕の言葉に、町野さんが肩を震わせている。


「バレたからには、二反田を殺してわたしも死ぬ……!」

「落ち着いて。町野さんは全力でネタをやっただけでしょ。運動部だから」


 そう簡単に、記憶なんてなくならない。

 夏だから、僕たちは若気が至ってしまった。

 先走って、互いに互いの気持ちを知ってしまった。

 でもそれはあの瞬間の話であって、決して不変のものじゃない。

 人は変わるし、僕たちはみんな変わろうとしている。

 ネタバレされた未来が確定じゃないなら、ネタバレされてないのと同じことだ。


「変わったように見えて、二反田の中身は臆病な文化部男子のままだね」


 町野さんが、ふっきれた顔で笑っている。


「町野さんも、ぜんぜん変わってないよ。おもしろに全振りな運動部女子」


 今回わかったのは、互いの好感度がゼロではないということ。

 僕は町野さんを喜ばせたいから、誕生日プレゼントを真剣に考えた。

 町野さんは僕を励まそうとして、なんども後輩キャラを演じてくれた。

 どちらも友人の閾値を超えた行為だけど、それで彼氏彼女になるわけじゃない。

 いまの僕たちの関係を表すのに、ふさわしい言葉はひとつだけだ。


「じゃあふたりとも、変わってない?」

「うん。ふたりとも、変わってないよ」

「二反田はエビフライを食べるとき、『エビの尻尾って、ゴキブリと同じ成分なんだよ』って言うタイプで、わたしは『じゃあゴキブリっておいしいんだね!』ってむしゃむしゃ尻尾まで食べるタイプのまま?」

「最悪の相方!」


 シンプルなツッコミだったけれど、町野さんの口がきちんと「ω」の形になった。


「すごいしっくりきた」

「これが僕たちの、恋も他愛もない日常だから」


 性格、あるいは距離感、あるいは髪型。

 相手のなにかが変わったとしても、あるいは「テセウスの船」のように構成パーツがすべて入れ替わったとしても、僕たちの共通認識は変わらない。

 僕たちが愛しているのはこの時間で、それだけは不変の事実だから。


「新しいラブコメは、一話で打ち切りかな。じゃ、部活に戻るね」


 町野さんが引き戸を開け、走って部室を出ていく。


「うん、がんばって」


 去り去る後ろ姿の短い髪も、きっとすぐに見慣れるだろう。

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