続・ツッコミ待ちの町野さん
#54 若気が至っちゃった町野さん(熱海旅行編3)
「おいしい……炭水化物……」
カルボナーラをちゅるりと食べて、しみじみつぶやく町野さん。
「減量明けのマッチョみたいな食レポ」
「いや二反田。これ本当にうめーわ。トングデ無双2だわ」
「レシピ通りに作るだけだから、八木も再現できるよ」
「ふむ。レシピ通りに作るだけなら、ぼくには造作もないな」
「一度でもレシピ通りに作ってから言え!」
メガネをスチャった坂本くんを、安楽寝さんは見逃さない。
そんな楽しい夕食のあとは、みんなで歩いて温泉旅館へ。
体を洗ってかけ湯して、足の先からそろりと浸かる。
「おほぉ……」
ぬるりとしたお湯に包まれて、疲れた体からついそんな声が出た。
「なんだ、二反田。下ネタ解禁か?」
「ふむ。聞かせてもらおうか、二反田くんの淫奔な話を」
「ふたりとも、隠さないで仁王立ちタイプなんだね……」
あと坂本くん、そういう言葉だけ語彙力異常だね。
「つーかおまえら、童の者だよな……?」
僕があんな「注意」をしたからか、八木は不審がっている。
「安心していいよ。法務省の調査によると、男子高校生の85パーはそれだから」
「だが恋の先には愛がある。目をそらしてばかりはいられない話だ」
坂本くんが、曇りきったメガネをスチャった。
「大学生になると45パーになるらしいよ。これが答えじゃないかな」
「二反田くんは、多数に埋もれたいのか。だが相手も同じとは限らないぞ」
昼間に見た町野さんの美しい腹筋その他が、ふっと頭に浮かんでくる――。
「ちょっ、スズリ! 持ち上げないでクダサイ!」
ふいに女湯らしき方向から、雪出さんの声が聞こえてきた。
「あっ、イオちゃん揉まないで!」
今度は町野さんのなまめかしい声。
「おい、二反田。これ謎の光が入るシーンか……?『見せられないよ!』か?」
「女子の『触りっこ』はファンタジーって聞くけど、町野さんならあるいは……」
「だが町野硯はともかく、雪出紅が持ち上げるほどぉおお……ぉおおぉ!」
「どうしたリョーマ! 誰にわからされた!」
「何者かが、ぼくの鼻にウォーハンマーをねじこんだ」
「これは……ユキちーアクスタの付属品、『大きい鈍器』だな。キモオタしぐさの『貧乳いじり』に、天使がまさに『鉄槌』を下したわけか。この程度ですんでよかったな」
長湯は精神衛生上よろしくなさそうなので、僕たちは早めに上がることにした。
旅館のロビーで集合して、全員で腰に手を当ててフルーツ牛乳をいただく。
ゲームコーナーに卓球台があったので、僕は町野さんと組んで優勝し、ほか面々に明日まで語尾を「にゃん」にする縛りを課した。宿に戻ったらみんなでにゃんにゃんとボードゲームをしつつ、チルい感じになってきたところで僕は意を決する。
「町野さん、ちょっとウッドデッキで涼まない?」
僕からの誘いに、町野さんは少し驚き、すぐに笑った。
「二反田は夏休みの宿題、早めに終わらせるタイプだもんね」
ラタンのベンチに腰掛けた町野さんが、スマホの明かりの中で笑っている。
「今日一日で、アルバムがたっぷんたっぷん」
「その擬音、腹具合かアゴの下でしか使わないよ」
僕は蚊取り線香に火をつけて、町野さんの隣に腰を下ろした。
「で、どうしたの二反田。わたしがほかの人にツッコまれてるの見て嫉妬した?」
「そんなことは……ないこともないのかな」
「おおお? そそ、そうなの?」
町野さんの声に、いくらか慌てた様子がある。
「頭の中が、ずっとごちゃごちゃしてるんだ。『じゃあ二反田からなにかしようって誘ってくれる日は、もう永遠にこないんだ。ふーん』って、町野さんに煽られてから」
「わたし、そんな手玉に取ってる感出してた……?」
「どうして町野さんは、僕に誘ってほしいんだろう」
「なんか会話、かみあってなくない?」
「たぶん町野さんは、僕に成長してほしいんだ」
「これ『ひとりごとモード』だ……わたしが部室に入る前に、ぶつぶつ言ってるやつだ」
「だからデートに誘ってくれたり、お説教してくれたりするんだと思う」
「へー。ちゃんとデートって思ってくれてるんだ」
「でも、僕だけを誘ってくれるわけじゃない。町野さんはギャル並みにみんなに優しい」
「なんかイラッときた。男の子は二反田だけだよ」
「だから勘違いしちゃだめなんだ」
「クリスマスも、わたしの誕生日も一緒だったのに? かたくなだねぇ」
「じゃあ町野さんにとって、僕はなんなんだろう」
「わからないものかなー」
「あんな風に優しくしてくれて、僕が好きになったらどうするんだろう」
「うちの家のちっちゃい庭、駆け回ると思う」
「ああ……なんなんだろう、これ。吐きださないと苦しいってわけじゃないけど、無視できるほどすべすべでもない。ほのかに甘くて、ずっと抱えていたいこれは」
「金平糖じゃない?」
「この金平糖に名前をつけるとしたら、恋なのかもしれない」
「お。こっちの声が届き始めてる」
「僕が告白したとしたら、町野さんはどう答えるのかな」
「ずっと前から、答えは用意してあるよ」
「たとえば……『町野さん、好きです』とか」
「知ってた」
「『僕とつきあってください』とか」
「それは無理」
チェックアウトの二時間前に起きて、みんなで海を眺める。
「楽しかったね。なんか四コママンガみたいなスピード感で」
まぶしさに目を細める町野さんの横顔は、どこか悲しそうだった。
昨晩は町野さんを夕涼みに誘ったまでは覚えているけれど、気がつくと僕は男子部屋の布団の上で寝ていた。
ラノベでたまにある演出みたいに、記憶が1ページくらい抜けている気がする。
「んじゃ、商店街で土産買って帰るべ」
八木が大きいタクシーを呼んで、みんなで熱海駅へ向かった。
干物や温泉まんじゅうのお店を冷やかしていると、ふと違和感に気づく。
「あれ? 町野さんは? タクシーには一緒に乗ったはずだけど」
かまぼこ屋さんの前にも、いちご飴の店の前にも、町野さんの姿がない。
「スズリは急用で、一時間ほどで戻るそうデス」
こっちに知りあいでもいるのかなと思っていると、ほどなくして本人が帰ってきた。
そうしてみんな、もれなくびっくり仰天する。
「いやー。ここへきて、至っちゃった。若気」
町野さんの象徴たるポニーテールが、さっぱりショートになっていった。



