続・ツッコミ待ちの町野さん

#56 二年後には筋肉もてあます町野さん

 人が逆張りをするのは、反逆心ではなく「逃げ」の場合が多い。

 たとえば僕がアウトドアを好きじゃなかったのは、いわゆる「リア充」のコミュニケーションツールだと思っていたから。

 自分の性格ではそこに入っていけないと判断して、「苦手」の箱に分別した。そうすることで周回遅れになってしまい、その自覚がますます興味を遠ざける。

 でもいざやってみるとキャンプは楽しく、「逆張り」の愚かさを悟った。


「だから人類も、逆張りしないでドミノをやってほしい!」


 こんな風に、部室の床にひとりで並べてもつまらなそう?


「それが逆張りさ。人生に周回遅れなんてないよ」


 始めるにも牌はそれなりの値段だから、まずは将棋の駒をおすすめしたい。

 百円ショップには、プラスチックのポケット将棋がある。普通の将棋と違って駒の大きさが均一なので、机上のミニドミノにちょうどいい。


「その際の並べかたは、ストレートや扇形よりも円やS字が――」


 面白いと言う前に、部室の引き戸ががらりと開いた。


「はい、二反田。机持って。そこに運んで」


 現れたのはショートカットの水泳部女子、だけれど今日は制服姿。

 きびきびと体を動かし僕に指示して、あっという間に机で島を作る。


「いらっしゃい、町野さん。これってラジオブース?」

「そう。二反田のつまんない自分語りが長かったから、すぐ始めないと」

「そんなに長かったかな……ところで、なんでラジオ?」

「と、いうわけで! 好評につき二回目の放送です。わー、ぱちぱちー」

「有無を言わさず始まった……誰に好評だったんだろう」

「番組タイトルもあらためまして、『運動部JKの、二年後には筋肉もてあますラジオ』。パーソナリティは前回に引き続き、町野硯でお送りします」

「二回目にして早くもこなれてる」

「わたしねー、最近髪をショートにしたんですよ。そしたらこれが楽で楽で。もういっそ坊主にしちゃおうかなーなんて」

「冒頭のフリートークだけは、ちょうどいい感じなんだよね」

「だってほら、女子はみんな男子の坊主頭に触りたいじゃないですか。でもこのご時世、本人の許可をもらっても触るのはセクハラかなーって」

「『人による』って答えが出ちゃう時点で、判断がむずかしいね」

「だから代替品を探そうかなって。なかったら自分で坊主にして触る動画を撮るつもりで」

「謝罪会見と思われそう」

「本当にね、いろいろためしてみたんですよ。タンブルウィードとか」

「風で転がる草の塊ね。荒野まで触りにいくのすごいね」

「そして最終的に『これだ!』って思ったのは、ツーブロック女子のカリアゲ部分」

「ほぼ坊主だそれ!」

「というわけで検証のため、水泳部の一年坊主をなでくり回してみました」

「パワハラだからセクハラじゃない理論!」

「結果、坊主は思ったよりも『頭』感強くて。わたしの理想の坊主の手触りは、ツーブロック女子のカリアゲ部分でしたー」

「過程はともかく、『レモンよりレモン味』って結論は腑に落ちるね」

「じゃ、ふつおた読みまーす。ラジオネーム、『ぜっぺきオオカミ』さんから」

「ピタゴラスイッチの四角い犬、フレーミーの亜種?」

「『すずりん、こんばんは。ついでに「順張り」を肯定するのではなく「逆張り」を否定することで、自分が「逆張り」の「逆張り」をしていることに気づかない愚かな作家の人、こんばんは』。こんばんはー」

「……こんばんは。ちょっと思考漏れてるから、頭にアルミホイル巻いてくるね」

「『先輩に触られるのはいやじゃなかったです。頭の形が悪くてすみません』。だって」

「水泳部の一年生! ……なんで僕知らない子に煽られてるの?」

「形は悪くなかったよ。今度アイスおごったげるね、大神」

「『狼』のイントネーションじゃなかったけど大丈夫?」

「続いてはお待ちかね。『二反田を見たんだ』のコーナーです」

「きちゃったね……僕の口の中がカラカラになる時間……」

「最初の発見報告は、ラジオネーム『ゴッドノットミート』さんから」

「カタコト英語。『神は肉じゃない』?『神は会わない』? どっちも微妙に怖い」

「『六月の十五日に、桜木町で二反田を見たんだ』」

「ガチのやつきた……っていうかこれ、町野さんだよね?」

「『二反田は、めっちゃかわいい女の子と歩いていました。歩道側を』、だって。あらら」

「『歩道車道より固定の立ち位置』って、町野さんが言うから!」

「ちょっとフォローすると、二反田もそういうのは知ってるよ。ただめっちゃかわいい女の子が横にいたから、舞い上がって忘れちゃったんだろうね。あはは」

「話が噛みあわない……ハッ! 神会わない……ゴッドノットミート……!」

「二通目は、ラジオネーム『伊豆のロドリゴ』さんから」

「長いトンネル抜けてきたね……って、前回の最恐リスナーだ!」

「『先日、夢の中で二反田を見たんだ。フフ』」

「もう怖い!」

「『二反田は年季の入った定食屋さんにいました。汚れた壁のメニューに「ポークジンジャー定食」を見つけると、「この雰囲気で『生姜焼き』って言わないんだ……」なんて、お得意のぼそぼそツッコミ』。あはは。言いそう」

「本当に言いそうで怖い」

「『パーティーを追放されたら落ちこんだまま一生を終える二反田ですから、メニューも冒険なんてしません。しかし目の前でポー定が売り切れてしまい、渋々にマム丼を注文』」

「マム丼? お母さんの手料理みたいな感じかな」

「『着丼すると、むせ返る甘い香り。二反田は炊きたてごはんの上に乗ったカントリーなお菓子をおかずに、「甘いよう……別々にしてよう……」と、半べそで食べているところがかわいかったです♥』、とのことでしたー。一周回って怖くないね」

「怖いよ! いま背後振り返っちゃたよ!」

「『追伸 わたしロドリゴ。いまあなたの隣の県にいるの』」

「こわ……くないか。伊豆だもんね」

「それじゃあ最後の発見報告。ラジオネーム、『伊豆のロドリゴ』さんから」

「もう許して!」

「というのは冗談で、そろそろエンディングトークです」

「助かった……ごめん。ちょっとお茶飲むね」

「選ばれたのは、『必殺技をくらわせて動かなくなった敵を見ての第一声』?」

「『やったか……?』じゃないです」

「最後にお悩みのメールを一通。ラジオネーム、『よろしければ1を、訂正する場合はサンを推してください』さん」

「僕スタジオジ●リに電話しちゃった?」

「『すずりん、グーグルマップで出身の小学校、及び中学校に低評価をつけている人、こんばんは』、はい、こんばんはー」

「そこまでいやな思い出ないよ! こんばんは!」

「『痩せたいのに、食べるのを我慢できません。スーパーで鶏皮が安かったので、これ幸いと鶏皮せんべいを作ったあと、もったいないので鶏油でチャーハンまでいってしまいます。どうすれば、すずりんみたいなスタイルを保てますか』、だって。女の子かな?」

「もう答え出てるんじゃないかな。『水泳を始める』」

「そだね。でも水泳って、ウェアとかジムとかお金かかるし、体型に自信がない場合は人前で水着になるのもいやだろうし、よく考えてからね」

「いいね。リスナーに寄り添うパーソナリティ」

「それよりも、まずは積みゲーと積み電子書籍をするくせ治そっか」

「そんなくせ、どこにも書いてないけど」

「『安かったから』とか『鶏油がもったいない』とか、貧乏性が出てる。こういう人は絶対に積むよ。セールに弱くて、物が捨てられないから。わたしもそうだったし」

「ということは、町野さんは治ったんだ?」

「うん。二反田が『セールが「いまだけ!」だったことはないし、この世のコンテンツはどうせ消費しきれないしね』って、達観ぶってたからむかついて」

「言った記憶ないけど、すごく僕っぽいね……」

「だからサン推しさん、『二反田ごときにできるなら』って思うと、すぐ痩せられるよ!」

「お役に立てるなら、もうそれでいいです」

「というわけで、お相手は町野硯でした。それじゃあ、またいつか! バイバーイ」

「今後も不定期でできたらいいね。さようならー」


 町野さんが、よっとスマホの録音ボタンを停止した。


「一回目のほうが、ボケ数多くて勢いあった気がするなー」


 手応えが薄いのか、口をとがらせる町野さん。


「ラジオって習慣と結びつくから、聞き流せるくらいがちょうどいいと思うよ。一回目は町野さんにとっての『神回』ってことで」

「二反田はどうだった?」

「白米と同じくらい好きです」


 楽しかったし、なつかしかったし、僕が求める日常の安心感もあった。

 ここのところイレギュラーな出来事が多かったので、またいつもの日々が続いていく感覚があってうれしい。


「京王線、小田急線、千代田線が通る?」

「それは白米じゃなくて、初台だね。好きどころか降りたことないね」

「外国から船で運ばれてきた?」

「舶来だね。もう日本史でしか使わない言葉だね」

「プリーズ、スイカ、買イカタ」

「How to buy? だね。初台に行きたい客船のインバウンドだね」


 ボケが規定数に達したのか、町野さんの口が「ω」の形になった。


「満足。じゃ、部活に戻るね」

「うん。がんばって」


 去っていく後ろ姿を見送って、僕はまたドミノを並べ始めた。

 僕にとっては、毎日神回だよと思いつつ。

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