こちら、終末停滞委員会。【このラノ2025記念SS】

著者:逢縁奇演 イラスト:荻pote

焼き肉パーティ in 恋兎寮

 どうやらメフと小柴は『全部が終わったら焼き肉パーティをしよう』と約束していたらしい。


(食材を買い込む必要があるから、荷物持ちに俺が駆り出されたわけだ)


 それは全然良いんだ。むしろ役に立てて嬉しいしね。検査入院とか資料制作で久しく運動してなかったから、バザールを散歩するのも楽しいしね。

 その辺りは本当に、全然良いんだけど……。


「心葉先輩! 次あっちあっち! 早く来てくださいっ」

「ちょ、ちょっと待てって!」


 小柴は小さな柴犬のようにパタパタと走りながら――俺の腕をしっかりと両手で握っていた。

 ぎゅうーっと抱きしめるように掴まれているものだから、歩きにくい……以前に、かなりドギマギしてしまう。


「……小柴……小柴サン? あの。そんなくっつかれると、荷物も運びにくいんだけど」


 既に、山程の食材を抱えていた。豚や羊の肉に、大きな魚、香辛料に沢山の野菜。果物とお菓子まで。


「…………」


 文句を聞いた小柴は『お散歩おわりだよ』と言われた時の柴犬の虚無の目つきで俺をじーっと見てから――


「先輩先輩! あと、海老は絶対買わないとですよね! それに焼きそばも作りたいしー。先輩は何か食べたいものありますか?」


 ――ガン無視して、にっこりと笑っていた。更に強く、俺の腕をぎゅーっと抱きしめる。


「……小柴」


 それを諌めたのでは俺ではなく、買い出しの付き添いに来ていた長身の少女――メフだった。


「往来でくっつくのはやめなさい。言万くんも困ってるでしょ」

「……ぐるる」

「まあ! 今、唸ったわね」


 小柴の珍しい行動(?)にメフは一瞬驚いてから、むう、と眉根に皺を寄せていた。


「ま、まあまあ、メフ。俺も別にそこまで困ってるわけでもないから」

「えへへ、ですって。聞いてました? メフ先輩。お許しもでましたっ」


 メフは視線の温度を30度ぐらい下げて、ジトっと俺を見つめた。


「なに嬉しそうにしてるんですか」

「い、いえ。そういうわけではないのですが」

「……小柴は中学生ですよ? 分かってます?」

「…………何の話してます?」


 俺はブルブルと震えながら、視線を逸らした。


「……だって」


 小柴は消え入りそうなほど、小さな声で呟く。


「ほんとに……怖かったんですから……」

「…………小柴」

「離したら……またどこか行っちゃいそうで……怖いんです……」


 彼女の寂しさと怖さが、俺の終末を通さなくても明確に伝わってしまった。いつも元気な小柴の震える声なんて、初めて聞いたから。


「……ぁ」


 俺は彼女の頭を、ぽんぽんと撫でる。


「大丈夫だよ」

「……心葉先輩?」

「もう、帰ってきたからさ」

「…………」

「ビビらせてごめんな」


 俺の言葉に小柴は目を丸くして、ぷくーっと頬を膨らませてた。


「び、びびびび、ビビってなんかないですからっ!」

「ビビってたくせにぃ~~」

「は、はぁ~~~っ!?」


 頬を赤くしながら、小柴はパンパンと俺の肩を叩く。


「……じゃあ今回は、俺の一勝ってコトで良いか」

「負けてない! 負けてないですからぁ!」


 やいやいとじゃれつく俺達を見て、メフは保護者のように小さく笑うのだった。


   ■


 買い出しを終えた俺達は恋兎寮に帰ってきて――また外に出たのは、小柴が焼き肉のタレを買い忘れたと気がついたからだった。

 あれが無いと恋兎先輩がうるさいからと言う理由で、俺とメフの2人でまたバザールに向かっていた。


(しかし小柴はなにげに凄いよな。中学生なのに、料理スキルは恋兎班で一番だ)


 彼女はキッチンで、大量の食材と格闘している筈だ。ちなみに、料理スキルは小柴>メフ>俺>恋兎先輩>ウー先輩の順番だ。イメージ通り過ぎるな。


「……だけど、意外だったよ」


 夕暮れと夜の間のような空の下、あぜ道を歩く。


「小柴が、あんなにショックを受けてたとは」

「……小柴だけじゃありません」


 メフは長い髪に夕暮れを反射させながら、呟く。


「恋兎先輩も酷かったんです。1日中泣き通して。あの人、脱水症状で死んじゃうんじゃないかって思ったんですから」

「……全然想像つかないけど」

「小柴はずーっと顔真っ青で呆然としてるし、恋兎先輩は泣き続けるし。寮の家事はぜーんぶ私がしないといけなくて」

「大変だったんだ」

「……他人事みたいに!」


 メフは、俺のかかとを軽く蹴った。俺は何だか笑ってしまった。……ちょっと嬉しかったんだ。そんなに皆に、想われてたって事が。いや、良くないんだけどさ。


「でも、俺は信じてたよ。きっとメフが皆を支えてくれるんだろうなって」

「!」

「損な役回りだよな。……でも、だから俺、あんま心配してなかったよ」


 メフは強い人だから。誰よりも入念に未来について考えて、不測の事態に備えられる人だから。俺は彼女のそういう所を、本当に尊敬しているんだ。


「…………ばか」

「えっ、なに」

「……私、……がんばったんだから。ほんとに」

「……ありがと。ごめんね」

「そう……思うんだったら」


 メフが不意に、立ち止まった。彼女の高い背が夕闇に照らされて、長い影を作った。


「……だったら……なんで私の頭は、撫でてくれないんですか」

「えっ!?」

「小柴は……ぽんぽんってしてたのに。私だって……怖かったのに」

「い、いやいやいやいや」


 だって小柴は中学生だから。甘えたいのが全身で伝わってきたから。理由を並べようと思ったら、幾らでも出来るはずだった。


「………………」


 だけどいつも冷静なメフの視線が、まるで子供のように揺らいだのを見て。


「……うん」


 俺は腕を伸ばして、彼女の頭に触れようとする。けれどそれより先に、彼女は屈んで、形の良い頭を差し出してくれた。


「……メフがこんな風になるなんて。よっぽど怖かったんだな」

「……そうですよ……ホント、怖かったんだから……」


 彼女のサラサラの髪を、不器用に、おずおずと撫でていた。緊張と高揚でどうにかなりそうだったけど、そういう場合じゃないのも分かっていた。


「……頑張ったな、メフ。……ありがと」

「……ん♪」


 彼女は俺の手に、頭をぐりぐりと押し付けた。まるで大きな馬が甘えているようで、めちゃめちゃかわいかった。


(くそ。かわいいな)


 この人は基本的に超美人なお姉さんなのだ。俺の如き青少年には、この状況はかなり手に余る。


「は、はいっ。おわりっ」

「……ん?」


 メフは頭を上げてから、小さく笑う。


「なんか言万くん。……顔、赤くなってないですか」

「な、なってないですっ!」

「……ふーん」


 息を吐いて、彼女は踵を返すと、歩き出す。


「それでは、買い出しに行きましょう。いつまでもこんな所で油を売ってる暇はありません」


 彼女の言葉はツッコミどころがありすぎた。けれど、俺は何も言わずに彼女の後を歩く。


「……」


 だって彼女は耳まで真っ赤で、顔を見ずとも、その照れ臭さが伝わってしまったからだ。


   ■


 夜になって、恋兎寮のリビングには、所狭しと料理が並べられていた。


「す、すげー! 小柴、これ作り過ぎでは!?」

「ふっふっふ、こんな量も食べ切れないんですか? じゃあ小柴の勝ちで良いですね」

「……さっき負けた分、速攻で取り返そうとしているな」


 サラダに揚げた魚に羊のスープに。大きなホットプレートでは、肉がじゅうじゅうと焼けている。


「ふわぁ~。良い匂いアルね~。これ、何事ある?」


 廊下から現れたのは恋兎班の最年長・ウー先輩だった。彼女は眠たげに目を擦っている。


「今日は心葉先輩おかえりパーティです!」


 小柴の言葉に、ウー先輩は首をかしげた。


「……おかえり? 心葉。お前、どっか言ってたノ?」

「……ええ。ちょっと別の次元まで」


 ウー先輩は驚こうと目を見開きかけたが、すぐに眠気に負けたのかその場で横になった。横になりながら、怠惰に焼き肉を口に入れていた。この人は本当にだめだ。


「ただいま~! うえーん、疲れたのだわ~っ!」

「はぁ~……だるっ。ホントだるかった、書類制作。連中、しつこくてさあ」


 玄関から元気な恋兎先輩とダウナーなLunaさんが入ってきて、恋兎班の面々が揃う。


「それでは、今回の終末停滞と、言万くんの帰還をお祝いして――」


 皆がテーブルを囲むように座って、紙コップを握った。


「「「「「かんぱーい!」」」」」


 こうして『お疲れ様焼き肉パーティ』が始まった。机に並べられた料理はどれも絶品だ。特に俺が気に入ったのは、薄い太麺の焼きそばだった。ちょっぴり辛くて口飽きしない。


「ンーっ! これ美味しい! ニャオ、また腕を上げたわね」

「えへへー。ちゃんとたいちょ用に、辛くないのも用意してます」

「偉すぎ。免許皆伝」


 料理下手の恋兎先輩が勝手に小柴に免許皆伝を与えていたけれど、一体何の免許なんだろう。トンチキな会話に笑う俺を、恋兎先輩はジーッと見つめた。


「ていうか。……うん。別に、私は良いのだけれどね?」


 正確には、恋兎先輩は俺の両隣を見つめていた。


「ぱくぱくっ。こっちのお味はどうですか? 心葉先輩っ」

「あ、言万くん。ジュース、注ぎましょうか」


 俺の両隣を、小柴とメフがぴったりとくっついていたのである。体をぎゅっと寄せて、まるで赤ちゃんのふくろうのように。


「メフニャオコンビは、どしたの?」

「……何と言うか2人とも、人恋しくなってしまったみたいで」


 俺が呟くと、二人はジトっとした目を俺を向けた。


「は? 負けてないですが?」

「ね。何の話かわからないね、小柴。私達いつもこんな感じだよね。普通だし」

「ねーっ」


 しかもこのコンビ、結託しているのである。ぎゅーっとくっつかれているもんで、ちょっと暑かった。


「へえ、良いじゃんご主人ちゃん。両手に花だね」

「まあ、気分はかなり良いです」

「ふふ、素直で草」


 美少女2人に挟まれて、いい匂いがした。けれどそれは焼き肉の匂いにかき消されていた。


「メフ先輩。心葉先輩が生意気です」

「ね、生意気だね。嫌がらせしよっか」

「口にデスソースつめちゃお」


 完璧なコンビネーションで、二人は俺の口の中にデスソースをぶっかけた。


「ぎゃあ! 激辛っ!? 水っ、水っ、水っ」

「あはははは」


 小柴とメフは楽しそうに笑っていた。いやそれならよろしいですけどね。俺の口の中は普通に地獄なんですけどね。

 ただ、皆が笑ってたから、それなら良いなと思った。良かった。


 そんな、居心地の良い夜だった。

 そんな、泣きたくなるぐらいに優しい夜だった。

 そんな、かつての俺が夢に描いたような、本当に幸せな夜だった。


 俺は、生きててよかったなって、思った。心の底から、そう思った。