ほうかごがかり 【このラノ2025記念復刻SS】

著者:甲田学人 イラスト:potg

「ほうかごがかり」の放課後~啓と菊~

「『狐の窓』をのぞく時に、注意することってあるか?」


 二森啓が、不意に問いかけた。


「えっ。ちゅ、注意?」


 自ら実演しながら『狐の窓』についてレクチャーしていた堂島菊は、その想定していなかった質問に、思わず目をしばたたかせた。

 質問した啓も、菊の隣で、指を組み合わせて窓を作り、それを難しげな顔で覗き込んでいる。菊と同じように自分でも『狐の窓』でオバケを見ることができるようになれないかと、こうして学校でこっそり教えてもらいながら練習しているのだが、まだ啓だけで作った『狐の窓』に、何かが見えたことは一度もなかった。

 そんな中での、啓の質問だった。

 菊は、意味がよく分からず、訊き返した。


「え、注意、って……?」

「これって、オバケの正体を見るわけだろ?」


 ちら、と菊の方に目を向けて、啓は言う。


「そういうの、危険とかないのか? やっちゃいけないこととか、心構えとか、そういう注意はないかと思って」

「あ、うん……注意……注意かあ……」


 菊は悩ましそうに考える。菊にとって『狐の窓』は完全に自衛手段なので、危険性とか一度も考えたこともなかったのだが、こうして改まって訊かれると、期待に応えなければならないのでは、という気分になったのだ。

 菊の悪癖だ。

 何か言える忠告がないかと、菊は必死に考えた。


「……あ、そうだ。え、えーとね……電車に乗って窓の外を見てて、隣の電車が先に動き出した時、自分の方が動き出した感じがすることって、ない?」


 そして思いつく。


「あとは……空港で自分の荷物を受け取る時に、流れてくるバッグをじっと見てたら、荷物じゃなくて自分の足元が動いてる感じになったり……」

「あー、あるな。空港は小さい時に行ったきりだけど」


 その言葉に、啓はうなずいた。菊もうなずく。そして言った。


「それにならないようにする」

「……どういうことだ?」


 いぶかしそうな顔を啓がした。


「えっとね、『狐の窓』の中でだけ、オバケとか景色が動くから……それだけじーっと見てたら、動いてないのに自分が動いてる感じになるの」

「……なるほど?」

「それにならないようにする。危ないから」


 菊の説明を聞いた啓は、「なるほど」ともういちど言って、少し考える様子をする。そしてそれから、続けて菊に質問する。


「……それで、そうなると、どうなるんだ?」

「え?」

「どう危ないんだ? オバケに襲われたりするのか? それとも、あっちとこっちの区別が曖昧になって、向こう側に迷い込んだり?」


 そんな問い。菊は、その問いに目を丸くして、それからひどく困った顔になって、おずおずと答えた。


「え、えっと……そういうのじゃなくて……」

「うん?」


 菊は恥ずかしそうに言った。


「ふらっ、てなるから、危ない……」