第一章 QUALIFYING ①

 ―城北大学〈次世代高校生プログラム〉―


 未来を創るのは、キミだ。


 城北大学では、将来社会を牽引していく科学技術人材を育成すべく、文部科学省の支援により高校・大学連携の特別カリキュラムを実施しています。

 その名も〈次世代高校生プログラム〉。

 日本全国の高校から分野ごとに希望者を募集、3ヶ月間の特別授業を行います。

 城北大学の教授から直接指導を受けながら、最先端設備をフル活用し、最終的に成果物を制作。公開コンペティションにて順位を決定する、ワークショップ形式のプログラムです。

 受講費用だけでなく、制作に必要な素材の購入なども審査の上認可され、すべて文部科学省と科学技術振興機構が負担します。

 新たな時代を切り拓き、未来を創る新しいアイディアを期待します。


 応募要項・選考の詳細はこちら:


 ■


 その日、僕は自分の家で、テーブルの上に置いたスマートフォンを見つめていた。

 そうしていたのは、僕だけではない。

 ちょうど鏡合わせのように、向かいにもうひとり、同じ姿勢で座っているやつがいる。

 ちらりと表情を窺うと、思い詰めた表情が見えた。きっと僕も同じような顔をしているのだろう。僕は自分の胸に手を当て、息を吸い込もうとするが、身体がいつもより硬くなっていて、うまく空気を取り入れることができない。まるで金属でできた風船に息を吹き込んでいるみたいだ。

 手には心臓の鼓動が伝わってくる。僕は自分の身体の中を巡る血液に思いを馳せる。緊張で細くなった血管の中を、無理やり押し出されていく液体。その循環に、僕は自分が生きているのだという事実を感じていた。

 けれど、人は心臓を動かすために生きているのではない。

 なにかを成し遂げるためにこそ、心臓は動く。

 そしてその成果は、今、僕の目の前にある。


「さて、準備はいいか、はじめ


 向かいに座った友人は、顔をあげて僕の名前を呼ぶ。


「ああ、庄一しょういち


 僕は応える。声が震えないように細心の注意を払いながら。

 改めて目の前のスマートフォンの画面を見つめると、そこには〈合否確認〉という黄色いボタンが表示されている。そう、これはすでに出ている結果なのだ。僕たちは、ただそれを確認するだけ。そう自分に言い聞かせる。


「俺だけ受かってても恨まないでくれよな?」

「こっちの台詞だよ」


 押したら爆発するのではないかという緊張感で、僕たちはそのボタンに指を近づける。


「じゃ、3、2、1で押すからな」


 庄一がそう言って。


「よし……」


 僕は頷く。


「いくぞ、3、2、1――」


 僕たちは、同時にそのボタンを押した。

 一瞬の読み込みを挟んで、画面は遷移する。

 僕のスマートフォンは〈川ノ瀬かわのせ はじめ〉と、名前を表示し。

 その下に、が映し出されていた。

 

 内側からわきあがった感情が外に出る前に、庄一が雄叫びをあげた。


「よっっっっしゃあ!」


 あちらのスマートフォンには〈高峰たかみね庄一しょういち〉の名前と共に。

〈合格〉の2文字が躍っていた。


「やった! 合格だ! はは!」

「くっ……」


 僕は奥歯を噛み締めて、固まったままだ。それを見て、庄一は気づく。最悪の可能性に。


「おい、初、お前、まさか……」

「くそっ!」


 僕は腹立ち紛れにスマートフォンを投げ出し、床に転がった。


「は、初、お前、落ちたのか。受かったの、俺だけ?」


 庄一はおそるおそる僕のスマートフォンを覗き込む。

 そこに書かれているのは。

〈合格〉だった。


「うっわ脅かすなよ! 初も受かってんじゃねぇかよ!」

「庄一は気楽でいいよな。僕は違う次元で戦ってるんだ」


 仰向けに倒れたままそうこぼす。

 半分訝しげな、しかしもう半分は納得したような顔をして、庄一はスマートフォンに指を沿わせ、合否確認の画面をスクロールしていく。

 合否欄の下には、今回の試験における、順位が表示されている。

 そこに書かれているのは、だ。

 

 それが、僕の順位である。


「……なーるほどね。またか」

「またって言うなよ! こっちは傷ついてるんだぞ!」

「別にどうでもいいだろ順位とか。心配して損したっての」

「人の悩みをよくどうでもいいとか言えるな。そういう庄一は何位なんだよ」

「そ、それは……人の順位を追求するのはよくないぞ、初」

「どうでもいいんじゃなかったのか」

「いや、だって考えてみろよ! 俺たち合格したんだぞ! 〈次世代高校生プログラム〉に!」


 そう、それは事実だった。

 〈次世代高校生プログラム〉。それは政府肝煎りの人材育成カリキュラムだった。低迷しつつある科学技術を立て直すべく、高校生の段階から優秀な科学技術人材に投資し、未来を担ってもらおう……というのがその目論見だ。まあ、それ自体はよくあるお役所仕事にすぎない。

 このプログラムがたいへんな話題を呼んだのは、別の理由によるものである。

 その理由はふたつある。

 ひとつは、その支援の手厚さだ。

 大学から大学院の博士課程までの授業料、および学業に必要な生活費まで、そのすべてを政府が負担してくれる。

 もうひとつは、その手厚さに反比例した、支援範囲の狭さである。

 〈次世代高校生プログラム〉は、あくまで一種のワークショップだ。最終課題としてコンペティションが行われ、もっとも優秀とされた生徒にのみ、が与えられる。

 すなわち、当該プログラムを実施する大学への、推薦による

 そして学部のみならず、大学院――修士課程と博士課程の期間を含めた最大12年間の学費と生活費をすべてカバーする

 つまり。

 大量の学生から選抜し、さらにその先で争わせ、ごくごく一握りの才能にオールインする。

 それは明らかに、人を育てるためではなく、を見つけるためのシステムだった。

 そのあまりにもなりふり構わない形式には、科学の発展には裾野の広さが必要だとか、同じ予算でいったい何人分の奨学金がまかなえるんだとか、才能なんて結果論で高校生の段階で予期することはできないとか、ありとあらゆる批判が寄せられていた。

 まあしかし、そんなことは僕たちには関係なかった。

 そこに山があるなら登る。当然のことだろう。

 頂上に宝が眠っているとわかっているなら、なおさらだ。


「3万人近い応募者がいて、俺たちは上位48人に入ったんだ。まだ高校生なのに大学でロボット工学がやれるんだぞ、すごいことだろ」


 庄一はそう言いながら、僕にスマートフォンを投げてよこした。綺麗な放物線を描くそれを、僕は危なげなくキャッチする。


「意味がないんだよ、入っただけじゃ」


 もう一度、画面に目を落とす。何度見ても、そこには、2位と書かれていた。


「僕は……1位になりたいんだ」


 そう、僕には逃れがたいジンクスがある。

 僕は、万年2位なのだ。

 いろいろな分野に挑戦してきたが、1位になったことがない。

 それは僕にとって、解かれるのを待つ呪いのようなものだった。

 1位になること。それだけが、僕の目標だった。


「なら、また一緒に河原へ泣きべそかきにでも行くか、初?」

「いつも泣いてるみたいな言い方やめろよ! その⋯⋯何回かだろ!」

「2位を取るたびだろ。あのロボットコンテストで準優勝だったときもさ」

「あれは庄一の責任だろ!」

「何度もしただろその話は、あれは俺のプログラミング通りだったの、バッテリーが過負荷で爆発するところだったんだ、安全停止は想定通りだって!」

「安全停止してなかったら勝ってた!」

「それ言い出したらそもそもお前の設計に余裕がなさすぎ……いや、準優勝だってしっかり賞金出たんだし、もういいじゃないかよその話は」

「よくない、1位と2位じゃぜんぜん違う!」


 庄一はふう、と息を吐いて、急に真剣な面持ちになる。


「……まあそれはともかくさ。今回はあのときに比べてもデカいヤマだろ?」

「ヤマって……ギャンブラーみたいな言い方するなよ」

「なにせコンペに勝てばとんでもない特典だからな。自動的に大学に受かるだけじゃない、金額にしたら、下手すると数千万円だ」

「若干名ってだけで、何人取れるかまだわからないんだぞ」

「なあに、俺たちでワンツーフィニッシュすれば確実だろうが」

「言っておくけど、僕が1位だからな」

「初、俺が言いたいのはだ……せっかく受かったんだ、がんばろうぜってことさ」

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