アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ①

『無能』


 悪魔は言った。


『無能、無能、どいつもこいつも全員無能。よって、洋上水晶魔法学園グリモノアは現時刻をもって廃校処分とする!!』





 暗い室内で、デジタルの目覚まし時計が電子音を鳴らしていた。

 うたがいカルタが思わず大きなベッドの上から手を伸ばそうとしたところで、指先がボタン以外の何かに触れた。まるで、本屋さんで欲しかった本を手に取ろうとした時に、他のお客さんの指先とぶつかってしまったような、あの感覚。

 げんに思うカルタに、暗がりの中で誰かが言った。


「なぁーによ、優等生。こんな早くにセットしちゃって。アンタ自主練でもやってるの?」

「マリカ?」


 聞き慣れた声に目を細めて見れば、闇の中に少女らしいシルエットがぼんやりと浮かんでくるのが分かった。

 同い年のむかしみ。長い髪を赤みの強い金髪、ストロベリーブロンドに染めて巻き髪っぽいツインテールにしちゃった、小柄な割にメリハリのいたスタイルの女の子。……のはずだが、ちょっとおかしい。いくら何でも、普通に衣服を着ている女の子が暗がりの中であれだけはっきりと女性らしいボディラインが浮かび上がるものなのか。

 嫌な予感がして、うたがいカルタはベッドの中でこう尋ねる。


「ちょっと待ったマリカ」

「何よ今さら。一緒におとんも入った仲でしょー? それに自慢じゃないけど私の部屋がどうなってるか分かるよね。ネット通販で新作水着買い込み過ぎたおかげでまたまた山積み、足の踏み場もない倉庫状態。こっそりヘルプを求めに来るのなんて一度や二度じゃないでしょうに」

「それもそれで問題だけど、そうじゃなくて、まさかその格好……」

「これ?」


 なまめかしいシルエットは無駄に腰へ両手を当てて、


「アンタ知ってるよね? 私、裸じゃないと眠れないって話」

「うわあーっ!!」


 あまりの衝撃に大きなベッドから転げ落ちた。

 本当に最後の抵抗で、床に転がりながらも足の指に引っかかっていたシーツを宙へ放り投げる。頭からかぶる羽目になった少女が布越しにくぐもった声で抗議を上げてきた。


「ふぁによー、おさなみのらしじゃお目汚しとでも言うの?」

「ちがっ、根本的に……!!」

(……ひいいー!! 素数か、円周率か、とにかく何でもいから気を紛らわせろっ! そうだ水晶魔法についての予習と復習をカンペキに……!?)


 カルタはわたわたと認識を改めようとしたが、ここで不運が重なった。IoT家電なんて変にいじくるんじゃなかった。目覚ましセットから三分後、起床サポートサービスの設定に合わせて電動カーテンが自動的に左右へ引かれていったのだ。

 人間の体内時計は太陽光と密接に関わっていて、例えば時差ボケからの復帰プログラムには人工的に光量を増減させるといった方式も採用されている。

 のだが、ここでうたがいカルタの心臓にガツンときたのは部屋いっぱいに差し込む朝日ではなく、その照り返しを受けてまばゆく輝くツインテールの裸身の方だった。

 もちろん直前にシーツを蹴り上げていたため、ある程度は少女の体は隠されていたのだが、


「おはようカルタ君、今日も素晴らしい青空よ?」

「ばはっ! まっ、まりまりマリカ!! もうちょい、もうちょいちゃんと隠そうか!?」

いっていって、このままシャワー浴びちゃうから。あっ、朝シャン私が先でいよね?」

「あうあうあう」

「お先に譲ってもらえるならごほうとして、朝っぱらから乙女の残り香に包まれた幸せなシャワータイムをたんのうできますけど?」

「あうあーっ!!」

(あわわあわあわようは俺達人間はおっぱい天気を直接操る事はできないけど高気圧とか低気圧とかの気象情報を読んで『流れに乗っかる』事で災害を防いだり大規模な農業を成功おっぱい水晶魔法でつまり切手よりも小さなプリント基板で水晶花を電子制御しその中に神の名を封入おっぱいおっぱいつまり手から炎を出すとか空を飛ぶとか奇跡のような現象が起こせる訳であってあはアハハダメだやっぱり意識するってえーッッッ!!)


 色々な理由で頭が爆発したカルタの叫びを受けて満足したのか、けらけらと笑いながらシーツ一枚のあまあしマリカはバスルームへ消えていった。

 ややあって、扉一枚隔てて聞こえる水音にこれまたはんもんさせられる少年だったが、落ち着きなく行ったり来たりする少年の足がふとまどぎわにあった樹脂の塊にぶつかった。

 ささにも似た形だが、寝そべったカルタよりも大きい。一人乗りのボートの上に丸いカバーをつけたようなその正体は、民間宇宙機の試作モデルだ(そりゃあ大気圏外の宇宙ステーションから放てば小旅行くらいはできるかもしれないが、多分孤独で死ぬ)。ここ最近は宇宙開発のハードルも低くなったので、『学校』にもこんな代物がゴロゴロ転がっているものなのだ。

 ふう、と一息ついてかがみ、改めて宇宙機の表面をノックするように軽くたたく。

 応じるように、向こうからもコンコン。


「……大騒ぎして済まない、起こしちゃった?」


 もう一度コンコン。気にするなと言っているように聞こえた。

 それからカーテン全開の窓の方へ目をやる。

 部屋には大きなベッド、テーブルが一つ、電子レンジや電気ポットなどはあるが、キッチンやダイニングは存在しない。先ほどツインテールのマリカが入ったバスルームはトイレとセットになったユニットバス。こう聞くと、まるでホテルの部屋みたいだと思う人もいるだろう。

 近いが、違う。

 窓の外は大海原だった。それも日本の海とは明らかに違う、赤道直下のエメラルドに輝く熱い海。ここは全長五〇〇メートルの、原子力空母の二倍近い巨大船舶の中なのだ。

 そして。

 ゴッ!! と窓のすぐ外を何かが横切った。

 分厚い強化ガラスをビリビリと震わせたものの正体は、うたがいカルタの動体視力が狂っていない限りは、人間のように見えた。それも手足に装甲、背中に翼、半透明の鋭角的な特殊素材で覆われた、カルタと同じ年代の女子高生だ。

 世界的に見れば珍しいのかもしれない。

 だが『その一員』たるうたがいカルタには、おさなみの裸身よりも見慣れた光景だった。


「……洋上水晶魔法学園グリモノア、か」


 改めて、自分が立っている場所、所属している勢力について思いをせる。

 そう。

 彼もまた、胸に新世代の『水晶花』を挿す魔法使いの一人なのだ。



「何よ、シャワー浴びなかったの? ばっちいヤツね」


 湯上がりで桜色の肌なおさなみに言われて、おざなりに顔だけ洗ったうたがいカルタは閉口していた。あんな女の子の匂いがむんむんになっちゃってるシャワールームに長時間留まっていたら血圧がどうかしてしまいそうだとは口に出して認めたくなかった訳だ。

 彼らがまとっているのはこの『学校』の制服。

 どちらも紫系のブレザーなのだが、赤道直下という立地だとあまり評判は良くない。一部、頻繁に女子生徒のシャワーシーンの機会に恵まれるとして狂喜乱舞している層もあるらしいのだが、カルタは当てはまらなかった。単純に汗が鬱陶しい。

 せめてもの抵抗とばかりに、カルタは羽織ったブレザーの下にワイシャツではなくランニングシャツを着ていた。


「アンタこれから自主練でしょ」

「マリカはどうすんの?」

「まーだ学食やってる時間じゃないし、付き合うわよ。『全学大会カタストロフ』も近いし、何よりおなかを空かせた方がご飯は美味おいしくなるものだし」


 適当に言い合いながら二人して部屋を出ると、隣の部屋からクラスメイトのかざむきゲキハが顔を見せてきた。

 カルタと同じ部屋から(シャワー直後のがみで)出てきたところを見られても気にするマリカではない。キョトンとしたまま彼女からこう話しかけていた。


「何よ、アンタも自主練? うちのクラスってそんなに真面目ちゃんばっかりだったの?」

「……隣人の気持ちも考えろ。おめーらの夫婦漫才が壁突き抜けたおかげで俺はここんとこいっつも早寝早起きなんだよ……」


刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影