アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ②

「悪い。だけど訂正はさせてもらう、夫婦漫才じゃあないんだ」


 何だかんだでゲキハも付き合う流れになった。今からでは二度寝するにもはんなので、時間を無駄にしたくないのだろう。だらしなく制服を着崩し、ポーズで不良ファッションやってますみたいな格好のゲキハだが、本当に頭が悪いなら洋上水晶魔法学園には入れない。


「自主練って言ってもどこでやってる訳? 体育館、プール?」


 マリカの質問は、端的にこの船の大きさを示していた。

 生徒・教職員合わせて七〇〇人以上の生活空間、各種の教室、実験室、挙げ句に講堂、体育館、屋内プール。その全てが一隻の船の中に収まっている。『水晶花』なんて持ち出さなくても、これだけで魔法みたいな話だった。

 水晶魔法は特別な使い手だけのものだが、彼らが生んだ副産物は世界中に散らばった。いうなればばくだいな火力と鉄工所の関係だ。数々の新素材やそれを最高効率で扱う様々な新技術の実用化によって最も恩恵を受けたのは、建造、建築分野だろう。

 平たく言えばビルは超高層化し、地下はどこまでも広がり、船や飛行機はとことん大型化した。世界の景色は一変したのだ、既存の積み重ねによって。

 ただし、


「どこだっていんだけどね。ほら、俺の『水晶花』はちょっと変わっているからさ」

「ああ」

「まあ、な」

「だからそっちに合わせるよ。どこだったら思い切り羽が伸ばせそうなんだ?」


 うたがいカルタが譲った事で、今日の練習場所は決まった。

 豪華客船の二倍に匹敵するサイズの巨大な船の、一番後部。ヘリポートになっている広大な平面に三人してやってくる。

 すでに結構な数の生徒達が集まっていたが、別にヘリポートの上でボールを蹴ったり取っ組み合いをしている訳ではない。

 落ちているのだ。

 ヘリポートの縁から、エメラルド色に輝く海へ。


「テスカトリポカ、励起」


 隣で、巻き髪っぽいツインテールのマリカがささやいた。

 直後に胸に挿していたガラスの花のようなものがうごめく。切手よりも小さなプリント基板から発せられた電気信号が髪の毛よりも細いケーブルを伝い、そして花が開く。開花。そこからバラバラに砕け散る。自壊した透明な粒子は少女の全身を取り巻き、手足を包む冷たい装甲となり、その各部から刃のように鋭い翼を伸ばしていった。

 他に特徴的なのは水晶のように半透明な、レイピア状のデバイスか。もちろん研いだ刃で切り裂くなんて原始的な理論ではなく、超高速振動や熱源化、分子をつなぐ電子間の活動阻害など様々な上乗せをしてあるはずだが。

 花弁については気にする必要はない。こうしている今も、散った分だけひとりでに補充されていく。


「トール、励起」


 やはり、ゲキハもささやく。

 彼の場合は背中一面から一〇枚もの大きな翼を湧き出させた。

 こちらの武器はかなりゴツい。素材こそマリカと同じきやしやな水晶を思わせるが、内実は身長よりも巨大なチェーンソーにガトリング砲を寄り添わせたようなデザインだ。これを片手一本で気軽に振り回しているのも含めて『水晶魔法』の恩恵とでも呼ぶべきか。

 と、一口に水晶魔法と言っても扱う神格によって取り回す『力』には随分と差がある訳だ。例えばマリカのテスカトリポカなら『光』を軸に、かざむきゲキハのトールなら『電子』を軸に、種々様々な現象を起こして武装化する。

 うたがいカルタはそっと息を吐いた。

 それから笑って片手を振る。


「いってらっしゃい」


 応じるように笑って、二人もまたヘリポートの縁から飛び降りた。

 だがいつまでっても水を破る音はない。代わりに鋭い笛のような音がさくれつした。見下ろせばエメラルドの海を引き裂くようにして、海面すれすれを自在に移動する二つの影がある。

 ジェット戦闘機よりも高速で、フィギュアスケートよりも繊細。

 完全にロックオンされた状態から七〇発ものミサイルを連続回避し、条件次第では艦載迎撃レーザーさえ振り切るという『伝説』がささやかれるその姿。

 一人残されたカルタの、胸の花が微細に振動していた。

 それはすぐに人の声を作る。

 はるか高みのクラスメイト、マリカとゲキハのものだ。


『ひゅう! じゃあ最初は連携から行くか。スラローム、印つけるから交差挙動で合わせてくれい!!』

『アンタと実戦で編隊組むなんてありえないと思うけど、まあ練習だしね』

『にしても、やーっぱ先輩方はすげえよなあ』

『チッ、今日も上から悠々と見下ろしてくれちゃってさ』


 カルタもまた、海ではなく空を見上げていた。

 ある種の特殊な花粉を体内に取り込む事で、『乗る』でも『着る』でもなく『生やす』装甲を獲得した水晶魔法使い達。従来のつえやカードセットと違って手持ち、接続時のエネルギーロスを完全にゼロにした魔法超伝導とでも言うべき存在。挙げ句に地球の中心核にあるとされる『原初のすいしようはい』と宇宙から降り注ぐ様々な力がぶつかり合ってオカルトな高気圧や低気圧のような『力の渦』がランダムに発生する世界で、電子制御の水晶花に従う事で効率的に畑を耕したり船の帆を張る感覚で様々な超常現象に手を伸ばす化け物達。そう、かつての神官や巫女みこが創世から滅亡までをになう天球儀やカレンダーにのつとって神事をす事で、一個人でありながら多くの民衆を統括し文明を形作る力をも手に入れたのと同じように。

 そんな王たる彼らでも、明確な序列がある訳だ。

 輝く海面を猛烈な速度で疾走するマリカやゲキハ。しかし、そんなクラスメイト達のさらに頭上を飛び交う特異なシルエットがいくつもあった。翼をはためかせる天使にも悪魔にも見えるそれらは、カルタの先輩達。おそらく二年生レギユレーシヨン2だろう。

 まるで小さなカートとフォーミュラ1。一年生レギユレーシヨン1に過ぎないカルタ達では、『全学大会カタストロフ』で共に戦い挑戦する資格すら与えられない。

 ……飛び級カテゴリエラーと呼ばれる特殊制度を使わない限りは。


『きっひっひ。あんまり熱心に見上げているとパンチラのぞろうと誤解されるぞう?』

「っ!?」


 びくつくカルタに、ケタケタ笑いながらマリカまで言葉で追撃してくる。


『あのヘタレおさなみはあんぜんパイとして他の学年まで知れ渡っているから大丈夫よ。にしても、やっぱり三年生レギユレーシヨン3は顔も出さない、か』

『次元の向こう側ってヤツじゃね?』

流石さすがに眉唾だと思うけどねえ。でもあの生徒会長ならやりかねないか』


 彼ら水晶魔法使いは揚力やジェット噴射を使って空を飛んだり海面を滑るように移動している訳ではない。

 水晶魔法は励起振動を利用して空間や次元を震わせて見えない帆を張り、オカルトな高気圧や低気圧が作る大きな流れに乗る力を人に与える。それでもやっぱり物理的な抵抗、取っ掛かりが多いに越した事はないようで、一年生は海、二年生は空、と扱うフィールドは変わってくる。

 では三年生はどうか。

『伝説』によれば、極限まで励起振動を高めると次元が限界を迎えて破断してしまうのだとか。彼らは次元の裂け目に潜り、その向こう側さえ自分の領域にしてしまっているらしいと聞く。平たく言えば次元跳躍、ワープやテレポートをものにしているという訳だ。


(水の上を走れ、空を飛べ、次元を渡れ。……まあ、どれもこれも無理難題だけど、イメージのしやすさだけなら確かに順当なのかなあ?)


 そこまでするには訳がある。

 そんな『力』を手に入れなければならないほどの、合理的かつ切迫した理由が。


『フリーで飛んでるドローンに狙いを定めるぞ。A00からN99までマーク、俺が追い立てるからお前がトドメだ、目標は三〇秒。マリカお嬢ちゃんにできるかにゃーん!?』

『ああもう、乱射バカの光学ガトリングと組むなんておっかない! アンタこそ空飛んでる先輩方に当てるんじゃないわよ!』

『どうせ当たっても死なねえだろ、空間振動領域で守られてんだから。しかも障壁ぶち抜かれたって基本的に不死身なんだしよ』



刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影