アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ③

 カルタ達は水晶魔法の恩恵があればたとえ手足を吹き飛ばされても再生できる。致命傷以外なら破損部位が即座に水晶化し、三〇秒キープすれば元通りだ。……ただし、再生準備中にもう一度攻撃を受けて砕かれればチャンスは消えるが。

 致命傷の場合は全身が水晶化する。

 この場合の再生期間は不明。というより、傷の程度による。喉を切られた程度なら一年未満で何とかなるかもしれないが、胴体切断や全身バラバラになれば一〇〇年でも足りない。まして元の肉体がそろっていない場合は、この桁がさらに一〇倍、一〇〇倍と膨らんでいく。感覚的には『じわじわと回復していくコールドスリープ』に近いのかもしれない。


「おかしな事を言っても良い?」

『おめーは大抵いつも変だから心配すんな。で?』

「俺はやっぱり、水晶魔法使いだろうが何だろうが致命傷を負ったら死ぬと思う。だって怪我けがの回復と致命傷の再生って明らかにモードが違う。再生の時は衣服も一緒に固まるみたいだし。なんていうか、魂の入ったままの回復と、魂の入っていない再生っていうか」

『エジプト辺りのミイラの話? あれってよみがえった魂の引き取り先がなくなると困るから当人の死体を保存しているんだったわよね』

『何でもいだろ、どっちにしたって首切り落とされようが心臓ぶち抜かれようがカムバックできるってんだからよ』


 これが人生にやり直しのチャンスがあるコンティニュー権と受け取るか。

 死ぬに死ねない、さまよえる罰当たり達と受け取るかは主義や信条で変わるだろう。


「……、」


 飛行、障壁、そして修復。

 ここまでが水晶魔法使い全員共通の『プリセット』。つまりは、まだ基本。

 さらには装甲としてまとう神格に応じた個別の『スキル』が備わっているというのだから、まったく大盤振る舞いだ。


『これでもメインはチェーンソー使った接近戦なのだぜ? どうせ回転機構を採用したなら可能な限り有効に活用してやらんとなあ』

『何にしたってお上品さが欠けているけどね。……てかアンタのトール最大の利点はブーメラン的な変則軌道の飛び道具でしょ? 何でまた近接をゴテゴテ仕込んでんだか』


 わいわい言いながら楽しそうに海を渡っている二人をヘリポートから見やるカルタ。


「『脅威』なんてさ、ほんとにいると思うか?」


 ついポツリと言ったうたがいカルタの言葉に、へきえきしたようにかざむきゲキハからの返答があった。


『知るかよ、情報封鎖のおかげで何にも分かりゃしねえ。人間なのか、化け物なのか。動物なのか、植物なのか。生き物なのか、機械なのか。ミクロなのか、マクロなのか。サッパリってヤツだ。下手すりゃモノホンの神とか悪魔とかかもな』

『でも、確かに世界中の街が消えてる。場合によっては小さな国レベルでも。消しゴムでザッと擦ったように奇麗な消滅。それだけは事実でしょ』


 柔らかい手でそっと腹の真ん中を押されるような、そんな重圧だった。

 世界中で街や国が消えている。

 それも決まって、一夜にして。抵抗らしい抵抗もできずに。

 元凶については一切公表されず。民間衛星などでもマスキングがかかって観察不可能。だからこそ、様々な憶測だけが不気味に膨らんでいく。

 全世界から隠さなければならないものとは、何か。

 この学園が船の形をしているのもそれが理由だ。周囲に大小無数の護衛艦がはべっているのも。どんな大国の首都も、地下深いシェルターも、世界の果てにある秘密の花園も、もはや決まった土地に拠点は置けない。

 脅威。

 実際にはオカルトじみたものではないのかもしれない。蓋を開ければ順当な戦力、敵兵が待っているだけかもしれない。だけど情報封鎖のおかげで原因や過程がすっ飛ばされ、結果だけを突き付けられる側からすれば立派な悪夢だ。


「何も知らずにただ戦えって言われても困るよな……」

『ある日突然のサプライズパーティの時に困らないようにするための巨大な学校に「全学大会カタストロフ」なんでしょ』

全学大会カタストロフ』はレギュレーションで区分されているとはいえ、この洋上水晶魔法学園の生徒達に明確な序列をつける一大イベントだ。しかしその実態は生徒同士を殴り合わせるような格闘大会や、身体能力を測る運動会に学習能力を測る期末テストといった類のものではない。

 その名の通り。

『災厄』の中に放り込まれるのだ。


うわさにゃ聞いているけどよ、液体ヘリウム高空にばらいて爆弾低気圧作ったり、地下一〇〇〇メートルのたてあなにしこたま爆薬詰めて人工噴火を起こしたり、ったくやりたい放題だよなあ』

『いきなり孤島に連れて行かれたと思ったら、空から遺伝子改良された病原菌のキャリアと化した寒天が雨みたいに降ってくるってヤツの方が厄介だと思うけど』

「ええと、麻酔が切れて目を覚ましたらどっかの紛争地域のど真ん中だった、なんて話も聞いたような……?」


 災害、疫病、そして戦争。

 カタストロフの種類は問わない。事前連絡一切なし、同じ『会場』にいる生徒達とは共闘も対立も選択自在。

 勝利条件はただ一つ。

 学園側が提示した『災厄』を乗り越え、問題の収拾に取り掛かる事。

 無事に乗り越えた『災厄』の回数と主導的な役割をになっていたかいなかを数値化され、全校生徒が一定期間をこなしたところで最終順位が決定される。

 デスクやリングの上でしか役に立たない『頭でっかち』とは違う、ありとあらゆる危機に対応した水晶魔法使いを磨き上げるための仕組み。

 ただし想定される『災厄』が全方位過ぎるせいで、かえって本番……脅威の正体が見えにくい、という部分があるのも事実だった。


『というか、アンタが誘ったのよこの自主練。ぼやぼやお空を眺めているだけでスキルが身につくなら止めないけど、そうじゃないならいい加減に体動かしたらいかが?』


 言われてみればその通りだ。反論もできない。

 胸に手を当て、ガラス細工のような『水晶花』を指先でなぞって、うたがいカルタはこうささやいた。

 切手よりも小さなプリント基板に、髪の毛よりも細いケーブル。

 その先にある『水晶花』へと。


「励起。……頼んだぞ、アイネ」


 直後だった。

 胸の水晶花が砕け散る。だがおかしい。他の生徒達と違って手足が半透明の装甲に包まれる事もなければ、背中から翼が生える訳でもない。

 ずるり、と。

 そんな音すら似合いそうな動作で、カルタの背中側が大きく盛り上がり、肉の中から何かがてきた。

 それは少女だった。



 見た目で言えば一三、四歳くらいのきやしやな女の子。白というより青ざめた肌に、あちこちを光り輝く水晶で飾った透き通るように白いドレスをまとう、ロングヘアの誰か。

 アイネと呼んでいるが、それが銀髪少女の本名かどうかなんて知らない。

 そもそも命を持ち、情動を備える『人物』なのかどうかさえ。

 手にしているのは水晶状の素材でできた抜き身の日本刀に近い。ただし根元辺り、ミネ側で十手のように枝分かれし、レーザービーム照射用の短銃ユニットを並行して備えている。

 持ち物、という概念はない。

 少女の心臓から日本刀まで含めた全てを指してアイネなのだ。


「個体識別名称アイネ、励起完了。ご命令をどうぞ、にえさま」

「……微妙に『にいさま』じゃないんだよな。にえサマかよう……」


 思わず額に手をやってしまう。

 水晶魔法は切手よりも小さなプリント基板を使ってゼウスだのオーディンだの『神の名前』を封入し、その神に付随する伝説や神話から『超常の追い風を受けるのに必要な天球儀やカレンダー』を演算するための足掛かりとする。地球大気そのものは操れないけど、気象予報ができれば効率的に畑を耕したり船の帆を張る事ができる。そんな感覚で奇跡を振りかざすために、だ。

 が。

 ちょっとした手違いだったのだ。

 うたがいカルタの場合、この『神の名前』を封入する前に水晶花が起動し、足掛かりのない状態から演算に入ってしまったのだ。

 結果、生まれたのは何の神話にも依存しない、正体不明の水晶少女。

 アイネという名前も、どこに由来があるのやら、だ。

 ヘリポートの上で休憩していた生徒達が、おっ、という軽い驚きの顔でこちらに注目してくるのが分かった。ちょっと恥ずかしいが、主役はカルタではなくアイネの方だろう。

 おそらくこの巨大な洋上水晶魔法学園でもただ一人。


刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影