アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ④

 完全分離型の水晶花。


『すっげえ話だよな。天才なんだか変人なんだか分かりゃしねえ』

『確かに誰にも真似まねできないのは認めるけど……それだと高速移動もできないし、ご本人様は丸腰だから一発でトドメ刺されちゃうのよねえ。おそらく「全学大会カタストロフ」じゃ何の役にも立たないわよ』

『お姫様抱っこでもしてもらえば?』

『あっはは! そりゃ優柔不断王カルタ様らしいわね』


 散々な言われようだが、うたがいカルタとしても言い返せないのがつらい。まあ、模擬戦では水晶魔法使いを倒すにはというのがセオリーだから、水晶花のみでどくどうするアイネは見ようによっては最強なのかもしれないが……全校生徒が周知ではどうしようもない。生身のカルタが集中砲火を受けておしまいだ。『プリセット』も飛行はアイネ持ち、修復はカルタ持ちで、障壁はどちらも使えるが競合を起こしているのか、かなり弱い。今のカルタでは銃弾一発弾けないのだし。

 一方、アイネはアイネで静かに首をかしげて命令待機していた。


「アイネ、俺の声は聞こえるか」

「イエス、にえさま」

「いつもと同じだ。『花』を振動させて声を送る。どこまで声が届くか、少しでも距離を伸ばしていこう」


 無線機や糸電話の真似まねごとだが、おそらくこれが最も効率的だとカルタは考えていた。カルタさえやられなければ、アイネは並大抵の攻撃では砕かれない。分厚い装甲で覆われた防弾車と、中までみっちり鋼を詰めた四角い塊の違いと言っても良い。

 アイネが、とんっとヘリポートの縁から海へ飛ぶのを見送って、少年は息を吐いた。……実は次元跳躍は流石さすがに無理でも、アイネ一人で空くらいなら飛べてしまうのだが、(あるいはマリカやゲキハと同じく)そこは先輩方の顔を立てた方がいだろうと思っていた。別にカルタが何かした訳ではないのだから、胸を張る理由が一個もないのがかなしいが。

 彼にできるのは、安全な場所から水晶人形にメッセージを送るくらいだ。


『見ろよカルタ、今日は空気が透き通っているらしい。遠くにお飾りのガラクタが見える』


 かざむきゲキハの声に誘われて視線を投げてみれば、確かに水平線のさらに向こうから、何か細長いものが垂直に伸びていた。どこまで伸びているかは想像もつかない。青空の先まで消えていく。


「軌道エレベーター、か」


 確か、ロケットやシャトルより安価で大量の貨物を軌道上に運べる、という触れ込みで開発された巨大建築物だったはずだ。今もどうしているはずだが、色々あって赤字続き。カルタ達ともあまり縁のある施設ではなかった。


『正直、計画が頓挫してホッとしてるぜ。「原初のすいしようはい」は地球の中心に眠っているから、宇宙ステーションとか月面基地じゃ空と大地で二つの力がぶつかり合うのを利用している水晶花は使えねえって話だろ。何のための適合率〇・〇〇〇二%なのか分かりゃしねえ。俺達、時代の判断ってヤツで歴史の闇に埋もれちまうトコだったんだぜ、おっかねえ』

「原初のねえ……。何気なく利用しているけど、結局何なのか分かっていないんだっけ。人の手で埋め込んだえいの結晶だとか惑星の意思っぽい何かとか色んな学説はあるみたいだけど」

『そいつは俺達実践派の仕事じゃねえ、机にかじりつきの理論派とやらに任せておけよ。おっ、そういやエレベーターって言えばさ、大先輩達が視察訪問に来るって話知ってるか。難問排除の五人組ってヤツだ』


 難問排除。

 実戦において、物理的に『脅威』を取り除く事に成功したとされる五人の使い手達。

 その名が不用意に飛び出た直後だった。


 ふっ、と。

 まるで部屋の電気を落としたように、一面の青空が漆黒にまれた。



『……、』

『───。』


 流石さすがの二人も黙り込む。

 おそらくカルタと同じく、突如として朝日から夜闇へ切り替わった大空を見上げている事だろう。


『おいでなすった……ってトコか』

につしよくげつしよくつかさどるヤツが混じっているんだっけ、その五人の中に。行く先々で「しよく」が起こるとかいううわさだったけど、大したパフォーマンスよね……』


 確かに、すごい。

 体から水晶少女を呼び出すだけのカルタには、逆立ちしたってできないだろう。

 ただしこれが、災害、疫病、戦争まで想定した『全学大会カタストロフ』を勝ち抜く力につながるかどうかとなると、また話は別だ。

 まして、その先にいる未知なる脅威との戦いまで含めると。


「……偉い人なのは分かるけど、そもそも脅威の正体も分からないんじゃいまいちすごさが見えてこないよ」

『少なくともヘタレのアンタよりは強そうだけどね』


 難問排除。

 ヤツらと戦う事でぜんクローズアップされた彼らだが、本来の用途は戦う事『だけ』ではないというのがなお驚きだ。

 あまりにも強大な魔法の出力は、それだけで一つの時代を支える。

 全世界の生産施設からゴミ処理まで。

 単独で世界規模の巨大インフラを回せる怪物達。

 ばくだいという言葉でも足りないエネルギーと世界への影響力こそが、『怪物』のあかし

 戦う事『だけ』ですでに手一杯のカルタ達からすれば、雲の上の話どころではない。

 彼らがいなければ世界は止まるのだ。

 ネットもコンビニもエアコンも、それはただ漠然と存在するのではない。どこかの誰かが当たり前の毎日を支えてくれている。その、五五億人分の『当たり前』の部分を個人でまとめてになっているのだ、あの怪物達は。


『北米、南米、ユーラシア、オセアニア、そしてアフリカ。書類上はどうあれ、実質的には全部まとめてんのよね、あの五人で』

『ああ、あの五人でだ』


 世界経済は、たった五人で回る。

 五五億人がせっせと汗水垂らして働いても、結局それは彼女達の輪の中で、仲間内の財布から財布へお札の出し入れをしているに過ぎない……。


『それにしちゃあ、お偉いさんも大変だよな。エレベーターなんてもう誰も注目してねえだろ。ロケットやシャトルより安価で大量の貨物を運べるなんて触れ回って金を集めていたけど、いざどうしてみりゃ大量のデブリをらす恐れがあるってんで民間使用は無期限凍結。結局、国策にしか使う機会がねえってんだから』

「その国策も火の車みたいだけどね。安価で運べる、って事はプロジェクトごとの予算も減らされるって話なんだから。顧客は増えない、値段は下がり続ける一方。一〇〇万円のブランドバッグが一万円に値崩れしているのに、お店にやってくる客の数はこれまで通り、っていうんだから悲惨だよ」

『一応は国策のかなめだから難問排除が直接防衛しているって話だけど、そのお題目だってどうなのかしらね。難問排除が万全の態勢で世界を渡り歩いたら世界中の軍隊なんかいらなくなる訳でしょ。あの五人が、算盤そろばんかんじようできるようになって夢のなくなった宇宙分野なんて一部門のお守りに留まり続けるのもおかしな話だと思うけど。捨てるに捨てられない施設に足止めされるなんて、それも含めて皮肉が効いていそうよね。大人の世界はメンドクサイ。ま、ちょっとくらい周りに花を持たせた方が変に恨まれずにやりやすい、って事かもしれないけど』

『何にしたって宝の持ち腐れとはこの事だぜ。あの五人がいれば政財界だの軍事官僚だのってもう全部いらねえだろ。その気になりゃ壊滅できんじゃねえの? 不定期に一人ずつ小出しするとかじゃなくて連中全員を素直に世界中へ常時派遣していれば、いくつかの街だの州だの国だのだって消えずに済んだかもしれねえってのによ』

「でもさ」


 うたがいカルタは慎重に言葉を選んで発言した。


「その難問排除って、俺達の水晶花とは違う……昔ながらのぎようしんほうだって話だよな」

『だからすごいんじゃない』

『ああ、何で水晶花に乗り換えねえのか不思議なくらいだわな。飛行、障壁、修復……一通りのプリセットもなしで現場に出るなんておっかねえ。ま、ひょっとすると適合率ではじかれたのかもしれねえが、それで世界の頂点に立っちまってるってんだから化け物すぎるぜ』



刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影