アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ⑤

 ふう、とうたがいカルタは息を吐いた。

 水晶花。切手よりも小さなプリント基板で制御し、地球中心核の『原初のすいしようはい』から放たれるエネルギーと宇宙から降り注ぐ様々な力がぶつかり合ってできるオカルトな高気圧や低気圧の中で、気象図を読んで畑を耕したり船の帆を立てたりと『最適の流れに乗る』事で様々な超常現象を起こせる最先端の魔法技術。

 だがこの道を究めても五人の難問排除には届かない。


『難問排除』は基本的に攻撃力特化でどんな状況でも一撃必殺だとか、イージス艦のように恐るべき弾幕で歯向かうモノはすなぼこりの一粒まで撃ち落とすだとか、色々言われているが詳細は一切不明。逆にあれだけ全世界的に有名なのに情報が全くれないという方がかえって徹底していて、うすら寒さすら覚える。

 カルタ達が気象図を読む側なら、彼らは天空にドライアイスやサーモバリック弾頭を撃ち込んで人工降雨でも生み出す側か。

 逆立ちしたってここの生徒達じゃ太刀打ちできない。

 しかもカルタの魔法は最初からかなわないと分かっている水晶魔法のスタンダードですらない。いびつでねじ曲がった、誰も見た事のない完全独立型の女の子。


『あ、え、い、う、え、お、あ、お』


 色々と思いをせていると、遠方から問題のアイネの声が飛んできた。


『聞こえていますか、にえさま』

「ああ、だからにえはやめてね。おっかない」



 しばらく自主練を続けていると、い時間になってきた。

 学食がモーニングのメニューを開放する頃になると、誰に言われずとも自然とお開きの空気が漂ってくる。

 やはり自主練組は一番乗りになるためか、まだまだ混雑と言えるほどではない。カルタ、マリカ、ゲキハ、そしてアイネの四人で無事にテーブルの一角へ陣取る事に成功。


「にえさま。アイネはあれがいです、きんぱくカステラ」

「どうしてそう無駄に出費のかさむものばかり選ぶんだよ……?」

「無理なら金粉ようかんでも構いませんが」

「論理的に考えよう。どうして俺が嫌がっているのかを」


 音もなくアイネは首をかしげ、ディスクみたいに七色の光を放つ銀髪を揺らして、


「何でしたら、いっそ金の延べ棒をちよくであっても……」

「純金なのがダメなんだよっ! というか水晶魔法のお前がどうして食事を欲しがるのか!?」

「すでにその質問は七二回目ですが、りちにお答えしたいと思います。この身は水晶、つまりシリコン系半導体であり、純金を取り込む事で内部演算回路を拡張し、より複雑で高性能な要求に従う事ができるようになるのです。全てはにえさまのためと言えるでしょう」

「複雑って、例えば?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、ポッ」

何故なぜ複雑な表情で顔を赤らめてうつむくのかあーっ!?」


 生チョコを塗ったトーストを頰張りながら楽しそうな顔をしているのはゲキハだ。


「おめーらはほんとに見ていて飽きねえよな」

「ふんっ。これってカルタから生み出されているんだから、究極の一人芝居って事なんじゃないの? ふんふん!!」

「俺はおめーも含めて飽きねえって言っているんだがな」


 その後もあれこれ話を膨らませていく事に。

 思春期の少年少女だが、自然と話の内容は水晶魔法へと移りがちだ。


「やっぱり水晶なら振動数合わせてレーザーやメーザーにするのが手っ取り早い高火力よね」

「待て待て。先輩方の中によ、音響兵器に工夫しているのがいてさ」

「レーダーとかソナー的なものじゃなくてか?」

「音の塊をぶつけんだよ、どばーんって。つまりド派手なスピーカー砲。そりゃ音速超過のソニックブームも無力化する俺達が即死するこたねえが、ヘッドオンで一発ぶつけられたらコトだぜ。分厚い壁での面制圧だ、広範囲の足止め役としちゃ上々じゃねえの」

「……そこへレーザーやメーザー叩き込んだら最高よね?」

「おめーはどうしてそうキラキラ攻撃が好きなんだ」


 横で、ちょいちょいとカルタの袖を引っ張る小さな手があった。

 アイネだった。


「にえさま。アイネにアルゴンイオンやイットリウム等希土類元素イオンを注入してくだされば、極太レーザーが実装可能となります。わふわふ」

「ドヤ顔のおねだりしている最中に悪いけど、学食のどのメニューを食べさせりゃい訳?」


 うたがいカルタが言うと、アイネは椅子の上で体育座りし、何だか小さくまとまってしまった。冷遇されて傷ついたとかいう話ではなく、元々彼女は広い空間が好きではないのだ。部屋にあったささがたの民間宇宙機も彼女専用のベッドという事になる。

 何故なぜ普段はカルタの体に収めているのに、寝ている時だけ別々にするのか。

 理由は単純、制御関係が緩む就寝時はふとした寝返りでカルタの腹や背中からきやしやな少女の腕や脚だけにょっきり出てきて大層不気味だからだ。幽体離脱経験者の過半数は就寝時にその現象を体験している、という事実は存外馬鹿にできない。


「はあ、早くにえさまの中に入りたい……(もじもじ)」

「意味深な台詞せりふはやめようか」

「俺はヘキで差別しない人ではあるが、男のおめーが入れられる側っていうのはこれまたバリエーションが豊かだよな……」


『んっ? んん?』と巻き髪ツインテールのマリカは疑問でいっぱいの顔をしていた。多分それで正解だ。ゲキハは少々ハートが汚れちまっている。



 朝のホームルームが始まるまでのわずかな自由時間の内に、カルタは保健室に立ち寄っていた。

 いつもの日課だが、体が悪い訳でもクラスにいづらい訳でもない。

 この巨大船舶の保健室は少々特殊な作りになっていて、一般の学校と同じく簡単な診察台とカーテンで仕切られたベッドがいくつか並んでいる通常レベル、水晶花や魔法などがからむ問題や副作用などに対処する魔法レベル、そしてもう一つ、さいおうに隔離レベルが存在する。


「いつもご苦労様。授業には遅れないようにね」


 セーターとタイトスカートの似合う保健の先生に許可をもらって隔離レベルの扉を潜ると、そこは青っぽい光に満たされた、窓のない空間だった。

 そしてかべぎわには美術館のギリシア彫刻コーナーのように、大きなシルエットがずらりと並べられている。


 髪の先から足の指まで全身が透明な水晶と化した、この学校の先輩達だった。


 致命傷。

 緊急措置としての全身水晶化。


「ここ、誰も彼もが目をらしたくなる場所だから、あんまり来客ってないのよね」


 後から入ってきた保健の先生は小さく息を吐いてそんな風に言った。


「だから、あなたが毎日来てくれて、この子達も喜んでいると思うわ」

「……、」


 理由は様々だ。

 だけど脅威と勇敢に戦ってこうなった、という人は一人もいない。

 もしも火力演習や航空ショーのアクロバットでトラブルが起きればどうなるか。彼らは洋上水晶魔法学園での授業中や『全学大会カタストロフ』の真っ最中に致命傷を負い、学園側に回収されて復活の時を待つ『事故犠牲者』達という訳だ。


「別にそんな博愛精神に満ちている訳じゃないです」


 カルタは思わず否定していた。

 いつもの癖で、一人の女生徒の前で立ち止まってしまう。メガネに長い三つ編みの女の子。へその上を中心に、いくつもの亀裂が走っていた。

 損傷の度合によって、再生完了までの時間は変わる。

 足元にあるデジタルカウンターには、五五〇年弱のカウントダウンが冷酷に続いていた。

 人間一人を死の決定から復活させるのは、最先端の水晶魔法であっても、重い。


「俺はただ、気を引き締めるためにここへ来ているだけですから。空間振動領域も自動水晶化再生も絶対じゃない。死は、すぐそこにあるんだって。……『こうなりたくない見本』扱いされて喜ぶ人なんていないと思いますけど」

「それでもよ」


 保健の先生は態度を崩さなかった。



刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影