アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ
序章 ⑥
「人間にとって一番
もう一度。
もう一度だけ、
どんな表情を浮かべているかは自分でも把握なんかできない。
それでも彼は、単なる置物に向けるのとは違う声色でこう
「行ってきます、先輩」
待ちに待った……と言うほどお利口さんなつもりはなかったが、一時間目がいきなり潰れると知った時には
「例の難問排除だよ。視察訪問に来るって言ったろ、全校集会だってさ。どうせなら『
「なるほど」
他の生徒達に混ざって、マリカやゲキハと一緒に教室から廊下へ。ちなみにアイネはここにはいなかった。今はカルタの腹の中だ。もちろんグロテスクな意味ではなく。
ひたすら広く、天井の高い空間。
一面磨き上げられたフローリングの床。
数多くの高輝度照明。
……どこの学校にでもある体育館だろうが、これが一隻の船の中に丸ごと収まっていると聞けば誰もが驚く。床一面を分厚いビニールシートで覆われ、お行儀良く数百ものパイプ椅子が並べられた光景は、入学式か卒業式のようだった。
男子と女子で大きく切り分けられてしまうため、ストロベリーブロンドに染めたド派手なツインテールのマリカともいったんお別れ。
隣のゲキハはつまらなさそうに言った。
「くそっ、赤道直下だってのにエアコンぶっ壊れてんじゃねえだろうな。例の
「生徒だけで六〇〇人、先生入れたら七〇〇人に届くんでしょ。これだけの人が入る事なんて想定されていないって」
「こーれで学園長の長話が始まるんだぜ。ああもう、あのじいさんが真っ先に熱中症で倒れりゃ
ぶつくさ言っている内に『式典』が始まった。
最初に出てきたのは難問排除の五人組ではなく、やはり予想通りロマンスグレーの学園長だった。人望が厚く、経営能力も高く、政治的な駆け引きもお手の物、何より魔法の才に
老紳士は壇上のマイクを借りて、ゆるゆると
『ええ、このたび
彼は自分が話すのが楽しいのであって、他人にどう思われるのかはあまり重視していない。うるさい生活指導のようにだらけた生徒を見つけて金切り声を上げるタイプでない事は知れ渡っていた。
『……そこで今回は実際に世界各地を渡り脅威と戦っている、難問排除と呼ばれる五名の先人の声を聞かせたいと思う。種は
だから。
突然の破滅的な中断の、意味が分からなかった。
「……あ……?」
その瞬間。
あまりにも鮮やかな、その命の刈り取り。
老紳士の頭が丸ごと吹っ飛び、全身がビキバキと音を立てる。かろうじて水晶魔法使いとしての
ゴトン、と首なし水晶像と共にマイクの倒れる大きな音の方にびっくりするほどだった。それくらい、知覚と認識が遅れていた。
おそらくは、何かを投げた。
剣、
かつこつと。ただかつこつと。
そんなゼンマイの切れた人形達の見ている前で、新たな人影が舞台袖から壇上へ。それは女だった。あまりにも中性的で、一瞬性別の判断に迷ってしまうほどの、長身で細身の、長い白髪を垂らしたパンツスーツの女。
ビリビリと、嫌な予感がカルタの全身を包んでいた。
そいつは足元に転がる頭のない水晶像に
『無能』
一言。突き刺すような、まさに全否定。
『無能、無能、どいつもこいつも全員無能。よって、洋上水晶魔法学園グリモノアは現時刻をもって廃校処分とする!!』
ようやく、ようやっと。
ガタガタガタン!! と一斉に少年少女達がパイプ椅子から勢い良く腰を上げた。その音だけですでに洪水だった。普通の人間だったら、わき目も振らずに逃げ出していたかもしれない。あるいは逃げる事もできずにへたり込んでいたかもしれない。だがここは洋上水晶魔法学園だ。全世界の国や州や街を無差別に消滅させる脅威と戦うために用意された次世代の戦力だ。その胸に水晶花を挿す一軍の中の一軍が、無能呼ばわりに異を唱えるべく壁のように立ち塞がろうとしたのだ。
赤色がなく、無機質で非現実的な水晶の破砕しかないのも恐怖を
人が一人死ぬ事よりも。
プライドを傷つけられた事の方が大事だと言わんばかりに。
隣では
でも、だけど。
だって。
学園長はロマンスグレーの老紳士だった。一見して腕相撲なら簡単に勝てそうだった。だけど実際には、彼は優れた魔法の才を持ち、これだけ巨大な水晶魔法の学校を設立した本物の傑物だ。それが、ああもあっさり? ありえない、まともな人間では絶対にあんな事できない……!!
うずくまりながら、カルタは必死にゲキハのズボンを引っ張り、サインを送っていた。
水晶状のチェーンソーとガトリング砲を組み合わせたような凶悪極まる武装を手にしたまま、
横に。
直後の出来事だった。
『無能』
スピーカーから、再びの声。
『我が身は難問排除の一つ。相対してなお、彼我の力の違いすらも分からぬとはな』
ゴッッッバッッッ!!!!!! と。
いきなり、白髪の女の真後ろ。壇上の壁がぶち抜かれた。
足元が揺れる。
いいや、あまりの超重量に豪華客船のような学園全体が
『インドの変神ヴィシュヌに
寄り添う、あまりにも巨大な影。
剣のようだったし、
一つ一つに意味なんてなかった。