アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ⑦

 それら、びた金属でできた『何か』がグシャグシャにまとまって、集まって、くっついて、膨大な山ができていた。それは太い尻尾を振り、二本の後ろ脚で立ち、二本の前脚を胸の前で畳み、凶悪な牙をずらりと並べた巨大極まる顎を備えた怪物だった。一瞬にして舞台壇上の上端を打ち壊し、体育館全体の天井すらかすめる勢いで肥大したその正体は……、


「きょう、りゅう……?」


 誰かが、ポツリとつぶやいた。

 カルタではない。この最悪の状況で、そんな悪い意味での注目を集める下策など絶対に取らない。そしてだからこそ、少年は隣のゲキハ一人とどめる事もできなかった。

 その前に、次の動きが来た。

 居並ぶ水晶の刀剣や巨砲を前に、マイクを口に寄せて、悠々と女は告げた。


つまよう、だな』



 ほうこうだけで、皆がひるんだ。


 壇上から、すさまじく巨大な質量が躍り出てきた。


 最初に踏み潰された最前列の十数名は、まだ幸せな方だったろう。


 本番は、その次。


 巨大な顎が、牙が、予想通りの最悪ぶりを発揮する……ッッッ!!!!!!


「あぎゃががががががががががががががががががががががががががががががが!!」

「いらい、痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいい!!」

「とれっ、うそだろ、何だよこれ、俺の足、足い!?」


 破壊というより破砕。

 赤や黒の極彩色ではなく、透明な水晶の砕ける音と共に少年少女の手足が吹き飛び、胴が千切れ、全身がバラバラにされていく。

 いては千切り、首を振ってはしやくして。辺りにらされるどころか、生存者の頭の上にパラパラと降ってくる始末だった。

 水晶花なんて、水晶魔法なんて、ちゃちな半透明の装甲なんて、全身を守る透明な壁のような空間振動領域なんて、致命傷以外の傷は三〇秒もあれば全回復するなんて、そんな理屈をいくらかき集めたってどうにもならない。

 質量が違う、密度が違う、暴力が違う、恐怖が違う、さつりくが違う。

 バギバギバギバギボギボギボギボギボギ!! と。

 とても人間を砕くとは思えない音が連続する。


「……、」


 平和のための力、世界的な巨大インフラを支える用途でも使われるエネルギー。

 くそったれだとカルタは思う。

 どれだけ大義名分を並べても、あれはやはり人類が生み出した最悪の『力』だ。戦う事で、血を吸う事でもって本来あるべき輝きを取り戻す、妖しい魔剣の類だ。

 うずくまったまま、必死に親友のズボンを引っ張るカルタは、ぼうぜんと立ち尽くすゲキハがこちらを見ているのに気づいた。涙をこぼすのも忘れて小刻みに震えるゲキハに、今からでも伏せるように目で訴えるカルタ。だがゲキハは応じなかった。彼はただ、首を横に振っていた。

 その唇が動いていた。

 わるい、おれがばかだった。


 ばぐんっっっ!!!!!! と。

 もう、声を掛ける暇もなかった。


「……あ……」

(うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)


 一瞬で切り離される胴体。ガラス細工のように砕かれる装甲や武装。そして消えてしまった上半身。残った下半身だけが速やかに透明化し、遺跡からはんに発掘された石像のようにごとりと床に投げ出される。

 うたがいカルタは歯を食いしばり、キラキラとまたたく粉末状の欠片かけらでいっぱいになった両手で口を押さえて、必死で声を殺す。封じた悲鳴が別のラインへ抜けたように、ボロボロと涙が止まらない。

 次々に散らばる水晶の残骸に、乱反射する光。


(なん、もん)


 水晶魔法を扱う天才達がくうから呼び出した半透明の剣やつえなど、そこから飛び出すレーザーやメーザー、音響兵器などあの女の言った通り、つまように等しい。巨大過ぎる肉食恐竜に致命傷は与えられないが、つんつんつつけば不快をもたらす。そして破砕の返礼が待っている。どうにもならない。ガタガタと震えて体を縮ませるうたがいカルタの頭の上にも、次々とダイヤモンドダストのようなきめ細かい水晶の粉末が降り注いでくる。

 徹底的に無機質で、非現実的。

 だけどこれは、紛れもなくを形作っていた肉片の、なれの果て。


(難問排除……!! あれが、でもどうして……!?)


 身体からだの内側がうずいている。胸の水晶花が訴えている。

 出せ、使え、目の前のリスクを斬り捨ててやると。

 分かっている、だがカルタは無視した。ここで水晶魔法を取り出すというのは、アイネを完全分離させるというのは、サインだ。無謀な戦いを始めるという自殺のサイン。絶対に乗る訳にはいかない。こんな所で死にたくない。

 水晶魔法は風を読んで帆を張る行為だ。

 地球中心核にある『原初のすいしようはい』のエネルギーと宇宙から降り注ぐ様々な力。このせめぎ合いで生まれる高気圧や低気圧のような変異点を読み取り、見えない追い風を丁寧につかむ事で超常現象を起こす力でしかない。

 だけど難問排除は違う。ヤツらは人工降雨。巨大な爆弾やドライアイスを使って直接気圧を変動し、雲を生み出し、天気をまわす。人の都合で嵐を呼ぶ。あんな化け物相手じゃいくら気象図とにらめっこしたって何にもならない。無理に帆を張れば船ごとひっくり返される。


「はあ、はあ! ふうう!!」

(……マリカは、あいつは、あの子は一体どうなった!?)


 視界全体に真っ白なノイズがかかったような、貧血とも過呼吸とも違う異常事態。もう、勝つとか負けるとかいう次元ではなかった。つんいになり、ひたすらザラザラと肌をさいなむ床をって、むかしみが座っていたであろう辺りを目指す。


「マリカ……」


 椅子の並びなどないに等しかった。

 ほとんど透明な水晶像も、いくつか重ねれば曇りガラスのように景色を濁らせる。

 折り重なる『死体』に紛れて恐竜の目を欺き、逃げ惑う声に耳を塞いで。

 永遠に等しい数分間のきの末に、汗だくの少年の手をつかむ者が現れた。


「カルタ! アンタは無事だった!?」

「マリカ!!」


 もう身も世もなかった。

 彼女は賢明だった。水晶花で武装したりはしていなかった。

 うたがいカルタはそんなむかしみの少女にしがみつき、抱き着いて、その生存を確かめる。匂いも、ぬくもりも、胸から伝わる鼓動も本物だ。この巻き髪ツインテールの少女は現実逃避が生み出した妄想の産物ではない。


「……ッッッ!! ゲキハが……」

「っ」

「ごめん、俺、ゲキハがっ、目の前で、止められなくて……!!」


 涙が出た。

 だが終わりは来ない。

 悪夢は覚めない。自力で生き延びるしか逃げ切る方法はない。


「人の流れに乗りましょう。出口に向かわない事にはどうにもならないわ」


 それしか道はなかった。

 チラリと背後を振り返ると、壇上の白髪は一歩も動いていなかった。


(なんて野郎だ……)


 そして多くの人を盾にして、同じ境遇の生徒達の犠牲もいとわずに、二人で手をつないで。何とかしてカルタ達は激流を下るように体育館の外へ飛び出した。

 まさにその直後だった。

 まだ覚めてもいないのに、もう次の悪夢がやってきた。



「何だよ、もう始めちまったのか。全員集合してからって話だったろ」


 明らかに不自然な、につしよくの夜空の下。

 けらけらと笑うように言う眼帯の女がいた。金髪に白い肌の西欧人だが、格好は派手な色の着物を着崩している。

 難問排除。

 その一人。

 彼女は水上でも時速一五〇キロは出る、セレブ向けの高速モーターボートを乗り回していた。洋上水晶魔法学園から近過ぎる。普段であればここまで接近する前に周辺の護衛艦から警告が発令、従わなければ機関砲や対艦ミサイルなどの洗礼も辞さなかっただろう。

 だが来ない。

 不気味な沈黙だけが続く。


刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影