アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ⑧

 無線機からはこんな声が返ってきていた。


『あなたは少々遊びを盛り込み過ぎる。やられる側の立場に立ちなさい、これくらいスマートにしてあげた方が救いがあるでしょう?』

「殺しに救いねえ?」


 嘲るように眼帯の女は真上を見上げていた。

 このにつしよくの中、一機の大型ティルトローター機が通り過ぎていくところだった。だが眼帯の女が見ているのはもっともっと上だったかもしれない。


『ケルトの光神ルーグにねがう……』


 大空ではなく、宇宙。

 つまりは、惑星を一回り大きく覆い尽くす、網の目のような地球外兵器群を。


 ドガッッッ!!!!!! というすさまじいせんこうが、垂直に落ちる。


 ただでさえ不自然なにつしよくの闇が、さらに異様なまたたきで白く吹き散らされる。

 周囲一面はまがまがしいほどの黒煙が立ち上っていた。

 護衛艦はどれもこれも継戦能力を失い、浮かんでいるのがやっとといった有り様だった。そこへ次々と、順番に、スタンプでも押していくように。極太のせんこうが垂直に襲いかかる。ただでさえあめざいのように溶けようとしていた灰色の艦艇は真っ二つにへし折られ、海のくずとなっていく。


「おっかねえ。あんなもんのどこに救いがあるってんだ」

『少なくとも、痛みを感じる間もなく即死です。生きたままくだかれる恐怖よりはまともでしょう』

「殺される方に『納得』なんかある訳ねえだろボケ、何と言おうが殺しは殺しだよ。それ以上でも以下でもねえ。誤魔化さねえで罪と向き合え、パチモンシスター」

『チッ、海賊如きが上から目線でお説教とは』


 ぶつくさつぶやきながら、眼帯の女はモーターボートのエンジンを止めた。いかりを下ろし、手近な手すりに着物の腰から根付のようにぶら下がる太い金具を固定すると、着物の袖から出したサイコロを三つ、適当に放り投げる。

 実際のところ、これ自体に大きな意味はない。何の目が出ても結果は同じ。

 ただのガイド役だ。複数のサイコロがいずれも一つの面で正確に夜空を見上げてくれれば、それが垂直という『基準』になってくれる。


こくの暴神スサノオにねがう……」


 呟いた直後だった。

 本当に何の前触れもなく、だ。陽炎かげろうのように何かがこつぜんと浮かび上がった。とはいえ三つのサイコロのどれが『軸』になるかはやった本人にも理解できていないのだが、ここまでのサイズであればあまり関係はない。垂直にきつりつし、眼帯の女の身の丈を超え、頭上を飛ぶティルトローター機を追い抜き、夜空の雲さえ軽々と引き裂くその正体は、あまりにも巨大な剣である。

 その長さ、実に全長一〇〇キロ以上。

 取り出す角度によっては、それだけで周囲の街を破壊しかねない。たとえ見渡す限り水平線しかなくても、陸に届いてしまうリスクもゼロとは言えない。

 よって、その角度合わせのために常日頃からガイドを設定しておく必要があったのだ。


「さて」


 重力を思い出して巨大な刃がぐらつく前に、眼帯の女は右手を横に振って難なく柄をつかる。その部分だけでモップよりも長かったが、全体を見ればバランスがっていない事はすぐに分かるだろう。

 だがお構いなし。空いた左手を柄の下側に添える和服の女に、苦しげな表情は一切ない。

 もしも見る者がいれば、勘違いしたかもしれない。

 あれ? 軌道エレベーターが二つあるぞ、と。

 何しろ一〇〇キロと言えば、垂直に立てるだけで大気圏の熱圏、その下端に届く勢いなのだから。

 それだけの大質量が。

 圧倒的な斬撃が。


「よっこいしょ、っと」


 縦に、半月を描くように、あっさりと。

 流星の如き赤熱と、乱された大気が飛行機雲のような尾を引いて。

 洋上水晶魔法学園の巨大船舶を真っ二つにする軌道で、迫る!!



 ッッッゴゴン!!!!!! と。

 豪華客船並みの巨体が、大きく斜めにかしいだ。


「きゃあっ!」

「マリカ!!」


 単に大波にあおられた、というだけではないだろう。

 カルタとマリカの二人は、他の生徒達と一緒にみくちゃになって通路へ投げ出される。

 いきなり目の前の長い通路の床に亀裂が走った。そう思った時にはあれだけ強固に見えた通路全体がボッキリと折れた。あっという間に数メートル台の谷ができて、行き来すらできなくなってしまう。


「うわ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああ!?」


 谷の中に、何人かが落ちていった。

 飛行、障壁、修復。

 水晶魔法使いの『プリセット』。つまり彼らは基本的に飛べる。そこまで習得していなくても、海面を疾走するくらいなら絶対できる。

 にもかかわらず、うねる海へと沈んでいったのは何故なぜか。

 ……怖かったからだ、飛ぶ事が。あの『難問排除』の前で悪目立ちするのは死を招くだけと直感で理解し、大空を塞がれ、かと言って別の打開策も見つけられず。そして自ら溺死というふくろ小路こうじへとまれていったのだ。

 谷の向こう側に残された何十人かがぼうぜんとした目でこっちを見ていた。カルタやマリカの見ている前で『残骸』はシーソーのように大きく傾き、そして海中へと没していく。

 彼らも、選べなかった。

 誰よりも生きたいと願い、しかし、だからこそ、黙って沈んでいった。


「何が……?」


 カルタは混乱のまま、信じられない光景を見て震えていた。


「何が起きたんだ!? この船は脅威と戦うための移動要塞で、水晶魔法技術の粋を集めた神殿でもあったはずだろう!? それが何でこんな、一撃で、真っ二つだって……!?」


 後に広がるのは、につしよくで黒く染まった死の海。

 目の前いっぱい、パノラマに広がる海のあちこちが炎と黒煙で埋まっていた。この船を守るはずの護衛艦隊だった。砲弾やミサイルを受けたのとは違う。どんな素材で造られたのかも分からない巨大な護衛艦が、溶けたあめざいのようにげられている。


「な、何よこれ……」


 マリカの見ている前で、作り物の夜空を漂う雲が吹き飛ばされた。

 垂直に落ちた極太のせんこうが、浮かぶだけで必死だった灰色の護衛艦にトドメを刺す。真っ二つにへし折り、海に沈め、猛烈な勢いで海水を蒸発させて水蒸気爆発まで巻き起こす。

 廃材を寄せ集めた凶暴極まる恐竜とは違う。

 だがあれも最強。

 種類は違うが、紛れもない最強。

 絶対に手の届かない、相手にしてはいけない相手。

 あまりのせんこうに、離れて見ていても目を焼かれたかと思った。

 顔をしかめて壁に手をつきながら、カルタは提案する。


「とにかくここにいても仕方がない。逃げよう!」

「え、ええ……!!」


 折れて消えた廊下の反対側へ走るカルタとマリカ。そしてあざわらうように、船内のあちこちに設置されたスピーカーから若い女の声が飛んできた。


『ぴんぽんぱんぽーん! そろそろ全員くたばったかにゃ? そもっそも水晶魔法なんてそんなもんだよ、げらげらげらげら!!』

「っ」


 この期に及んでこいつだけ雑魚ざことは思わない。

 難問排除。まだまだ船の中に潜んでいる。

 あの『恐竜』や『こうそう』と同ランクの怪物が。


『大きな脅威と戦うためには、エネルギーの効率的な再分配が必要なの。アンタ達さー、セレブってヤツでしょ? 水晶魔法、何の役にも立たないって事は分かってきたよね? つまりアンタ達は丸ごとエネルギーの無駄遣いの、まさにワーストランカー。潰しておいて損はないよねえ、ほら、み・ん・な・の・た・め・に?』

「くそっくそっくそっ!!」

『くっくっくっ、ぶわっはっはっは!! ばっかじゃねーの!? 水晶魔法学園? ぼくちゃんは選ばれた? ありえねーわ!! 気づけよバカ、間抜け! こうなる前に頭を使うんだよおォお坊ちゃんお嬢ちゃん!! こんな無意味なガラクタ魔法なんかにじゃぶじゃぶ無意味な無駄遣いばっかりしやがって、みんなの迷惑だって分かんねーのか!! げらげらげらげら!!』

「カルタ、振り回されないで。向こうが本当の事を話す必要なんてどこにもないんだから」



刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影