アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ

序章 ⑨

 分かっている。

 そんな事よりも、ここまでの暴虐を働く相手が絶対的優位に立っていて、何でもかんでも許されるようなこの空気が嫌なのだ。

 勝ちたい、というおもいは最初からなかった。

 生きたい、という願いもどこまでつか分からなかった。

 なら次はどこまで妥協する。あいつら、難問排除に奪われる? 転落していく自分を感じながら、しかしうたがいカルタには打開策もない。ただむかしみの少女の手を取り、走り続けるしかない。

 意味なんてなかった。

 最初から手詰まりだった。


 ドゴァッッッ!!!!!! と。

 二発目の鋼。全長一〇〇キロの業物が振り下ろされ、半壊した巨大船舶へ直撃した。


 向こうは。

 わざわざ小さな羽虫を探して船内をうろつく必要なんてなかったのだ。ただ圧倒的な大質量で、もはや漂うだけの船ごとへし折って沈めてしまえば皆殺しは完了するのだ。

 同じ船内には、連中の仲間もいたのかもしれない。

 だが最強であれば、同じ最強の攻撃はしのげる。船が沈もうが関係ない。みじめに命を落とすのは周りで群がる羽虫の塊だけだ。


「がァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 バラバラに砕け散った建材に混ざって、カルタやマリカも宙へ投げ出された。つかむものなんて何もなくて、ただ汚れた海へと沈められた。

 がばごぼと大量の海水をみながらも、何とかして海面を目指す。辺り一面に浮いていた木の板をつかむ。


「はあ、はあ!!」


 息を整えるが、そこで顔が真っ青になる。


「マリカ……?」


 いない。

 いつでも少年を励ましてくれたはずの、あのツインテールの少女が。


「マリカ! どこだ、マリカ!?」


 ゲキハは死んだ。他のクラスメイトや担任の先生がどうなったかも分からない。状況を考えれば全員生還なんてありえない。死んでいる方が当たり前、というメチャクチャな状況。緊急回避の水晶像を砕かれて、今後目を覚ますまで何百年、何千年とかかるのが『幸運』と呼ばれる世界。それでもうたがいカルタは信じられなかった。むかしみが『いなくなってしまう』なんて可能性を。


うそだろ、ちくしょう、待てよ、ちくしょう、マリカぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 目の前が真っ暗になった。

 直後の出来事だった。


「……はあ、はあ、うるっさいわね。ちゃんと生きてるわよ」

「まり、か?」


 少し海面が波打てば、それだけで見失ってしまいそうな小さな影。

 だけどいる。

 空になったポリタンクをつかみ、あおざめた唇で語りかけてくるおさなみは、確かにいる。


「大丈夫、足も二本あるわ。……これ以上ダメージをらわなければ、だけど」

「ううっ、ひっく、うええええ。うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 もう止まらなかった。

 子供のように泣いた。

 だがそれだけだった。カルタとマリカは生き残ったが、それだけだった。辺り一面はハリケーンが通過した直後の川のようで、一面が割れた板や家具の残骸で埋め尽くされていた。そして動くものはほとんどなかった。カルタ達と同じようにむかしみもいただろう。今日たまたま知り合った友人達だっていただろう。あるいはもっと深い関係の恋人達だっていただろう。

 誰も。

 見渡す限り誰も、残っていなかった。

 死の海に浮かぶ二人の頭上を、何か巨大な影が通過していく。それは軍用のティルトローター機だった。ロープが次々に垂らされ、ピンピンしている若者達がつかまっていく。明らかに生徒ではない、教職員でもない。その中には、壇上に立った『恐竜』の白髪女も交ざっていた。

 そうして、ようやく思い至る。

 あれは『軍』のティルトローター機。

 本来であれば世界をおびやかし人類を威圧するまま追い詰めた脅威と戦うための力の持ち主。ぎようしんほうの使い手、そのプロフェッショナル。

 難問排除。

 最強の五人。


「何が正義の代表だ……」


 ギリッ、とうたがいカルタは奥歯をめた。

 天に向かってえるように、彼は叫んでいた。


「これが正義のやる事かあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そんなもの、どこにも届かなかった。

 うたがいカルタ、一五歳の春。

 栄光ある彼の水晶魔法学園生活は、血の涙と共に終止符を打たれた。





 こうして始まる。

 世界全土を巻き込む少年少女のあだちが。


行間〇




『結局自炊派が最強よね』


 まだ洋上水晶魔法学園グリモノアが沈む前、あまあしマリカはそんな風に言っていたものだ。

 彼女は船内の学食のテーブルに陣取っているが、何も頼んでいない。

 注文カウンター側でただただ少年少女が繰り広げるお昼休みの死闘を眺めながら、お弁当箱の中身を箸でつついている。


『ああ、こういう時ブルジョワジーな言葉が浮かんで仕方がないわ。パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない』

『カルタの弁当勝手につつきながら何言ってやがるんだ』

『うっ、うるさいわね。そういうアンタもミートボールかっぱらってんじゃない』

『何でもいから争うなら俺の弁当から離れてくれ!』


 当の本人、うたがいカルタからの苦情なんぞ聞きやしない。

 カルタは別に毎日弁当を作っている訳ではないが、たまに作るとこうなる。今日は弁当を作ってきたと公言しなくてもバレる。おそらく嗅覚だろうとにらんでいるが対処のしようはない。


『にしても聞いたかよ、「全学大会カタストロフ」の内容』

『同じクラスなんだから聞いてない方がおかしいっての。災害、疫病、戦争、何でもござれ。ようは世界中のヤバいトコに放り出されて生き残れって内容でしょ』


 うんざりしているのはみんな一緒だ。

 カルタはカルタでアスパラのベーコン巻きを取られる前に回収しながら、


『……水晶魔法ってそんなに便利なものだったっけ?』

『にえさま。このアイネの機能に不満があるならば速やかに純金を補給し機能の拡張を実行する事をオススメします』

『そんな便利な機能をつける前に借金で死ぬ。ていうか何でテーブルの下に潜っているんだ!?』

『おっ、アイネちゃんだー。ほらほらお姉さんが卵焼きをくれてやろう』

『あと俺の弁当そいつにわせてもこっちの腹が膨れる訳じゃないんだマリカ!』


 わいわい騒ぎながらお昼休みの時間が流れていく。


『でも何とかなるんじゃね』


 かざむきゲキハはそんな風に言った。

 言っていた。


『何だかんだでこれまでの先輩方も乗り越えてきたんだろ。水晶魔法にはそれくらいの可能性ってのがあるんだろ。だったら大丈夫さ、俺達はレールに乗っているんだ。変な風に脱線しねえ限りはやっていけるって』


 そうなのだろうか。

 そうなのかもしれない。

 カルタは少し考え、そしてうなずいた。


『……だよな』



 いいや。

 そうでなければやってられない。



刊行シリーズ

アポカリプス・ウィッチ(5) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(4) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(3) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ(2) 飽食時代の【最強】たちへの書影
アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへの書影