アポカリプス・ウィッチ 飽食時代の【最強】たちへ
第一章 ①
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難問排除の一人。
エリシア=ルークスヴェルグ。
本日は一般市民の生活を揺るがす脅威と戦い続ける孤高の女史へお伺いを立ててみようと思います!
「お伺いだなんてそんな、どうか気を楽にして。円滑に進めよう」
エリシア女史はすでに数十の街や州や国などを脅威から守り抜いた功績を持つ御方で、ニューヨーク救済、
「たまたま私が派遣された場所が発達した人口密集地だったに過ぎない。脅威の情報があれば、そこが一〇〇万都市だろうが山奥のログハウスだろうがやるべき事は変わらない。常に全力を尽くす、それしかないのだ」
脅威との戦闘については情報封鎖が敷かれていますが、
「ふっ、情報封鎖が敷かれている通り、お答えする事はできない。済まないな」
今後の活動などは?
「それも情報封鎖だ」
エリシア女史は戦闘面の他に、難処理系のゴミ処理インフラにも深く関わっています。失礼ですが、
「世の中に美しいも汚いもない。あるのは資源と商品のサイクルだけで、片方が滞ればもう片方も倒れてしまう。この星の全ては有限だ。効率的な再処理と、そこから得られる新たな資源だけが人類全体の寿命を延ばしてくれる。ある意味で脅威と戦うよりも重要なのだがな。……失礼、少々頭の痛い話を語り過ぎたかな?」
ではいったん仕事の話から離れましょう。
こちらで得た独占情報によりますとエリシア女史は現在フリーだとか。こんな美人なのにもったいない! 逆玉に乗るとしたらラッキーな男性はどのようなタイプになりますかね?
「できれば情報封鎖してもらいたかったところだが仕方がないな。ちなみに逆玉という考え方自体あまり好かん。そういう目的で近づいてくるのは勘弁願いたい」
では、エリシア女史はむしろ男性に支えてもらいたいタイプ?
「私にだって、王子様に憧れる権利くらいはあるだろう」
おおっとう!
「……、何だ、その意外そうな反応は。そうだな、もしも私を射止めたければ、第一条件は私よりも強い事だ。世界中の王子様、いつでも挑戦を待っているぞ」
1
にこやかな笑顔を映すテレビ画面が一瞬で真っ黒になった。
リモコンのスイッチを押したのではない。投げつけて液晶を
狭い室内で、透き通るような白いドレスを
「にえさま」
「気に
「テレビに罪はないのでは?」
「ごめんなさい」
物言わぬ機械へ素直に頭を下げた。とはいえもちろん後の祭りだが。
洋上水晶魔法学園グリモノアは一日で消滅した。生徒も教師もいなくなった。何が脅威だ、これではどっちが世界を滅ぼしているか分かったものではない。
あれだけの大惨事の中でカルタは比較的軽傷で済み、マリカも脱出時に両足を損傷したものの、後遺症などに悩まされる心配は脱していた。全ては水晶魔法の回復機能のおかげだ。
ここは赤道直下の洋上から比較的近くにあった、南洋の島国。
英語、中国語、韓国語、タガログ語、そして日本語。様々な言語が雑多に飛び交うジャンクな島の、そのまた小さな海岸の洞窟に、一台の安い中古のキャンピングカーが紛れ込んでいた。
全長五〇〇メートル。新しい時代の巨大船舶に最新水晶魔法設備、生徒と教職員合わせて七〇〇名の専門家に護衛艦隊まで。かつての栄華は見る影もない。
きぃ、と
同じキャンピングカーに乗っている、長い黒髪のグラマラスな美人からだった。
かつての
一体あの地獄の中で何が起きたのか。
基本的に水晶魔法使いは致命傷にならない限り、手足を切り飛ばされても、破損部位が水晶化し、速やかに回復プロセスに移る。三〇秒ほど
マリカは運が良かった。カルタはもっと運が良かった。
だけど、生徒会長は嘆かなかった。
そもそもあの地獄から生き残れた事。それ自体が幸運だと、
「散々己の無力を
感慨深そうに言う車椅子の少女は、折り畳み式のテーブルの縁を指先でゆっくりとなぞっていた。テーブルには水晶魔法に関するハンドメイドの実験器具や切手よりも小さなプリント基板がいくつか並べられていたが、正直、子供の夏休みの工作程度のものだった。水晶花の鮮度を保つのも一苦労だ。
海水を吸って、いくら乾かしてもガビガビに固まってページがろくに開かない教科書や参考書。そこから手打ち入力でデータ上に水晶花の管理マニュアルを復元していって……。
(……ゲキハ)
たまたま見つける事のできた書物の裏面には、油性ペンで友人の名前が記されていた。
つい先日まで、同じ船内に学校と寮部屋があるというのに忘れ物をしては、当たり前のように見せ合っていた教科書。ページの隅に
あまりにもプライベートな、いっそ無防備とも受け取れる匂いの残る書籍。
こんな事が起こるなんて、誰も思わなかった。
「……、」
他には、武器になるものがいくつか。伸縮式の特殊警棒にスタンガン、催涙スプレー、軍用の懐中電灯。しかし、そもそも水晶花を操る水晶魔法使いがこんな武器をかき集めようとしている時点でどん詰まりなのだ。万全であれば、むしろオカルトを研ぐはずである。
それでも言う。
長めの軍用懐中電灯を
「まだ
アイネ、と彼は小さく
ソファベッドの肘掛けに腰を下ろしていた女の子が、七色の光を照り返す銀髪を揺らし、小さく首を
有史以来どんな神話や宗教にも登場した事のない、謎めいた水晶少女。
少年が自分で使える最大の『武器』。
カルタはキャンピングカーの扉を開け、アイネが車椅子を後ろから支えて、バリアフリーの電動タラップを使って三人で外へ出る。
海に降り注ぐ太陽光が不思議な乱反射を起こす青い洞窟は、まるで旅客機の事故現場のようだった。
一つ二つ、ではない。
実に数百もの透明な水晶像がずらりと並べられている。砕けた手足を寄せ集め、可能な限り破片の一つ一つをパズルのように組み合わせて、人のシルエットを取り戻し。
それでも、足りない。
保健室で見た三つ編みの少女は全身
ざばりと水を割る音が聞こえた。
南国の洞窟、その温かい海面から顔を出したのは、競泳水着にレジャー用の酸素ボンベを背負ったマリカだった。
「次の交代は
「……、」
カルタはずらりと並ぶ水晶像の中から、一つに目をやる。