インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ⑨

 俺は少し考えてから、


「仮にフロントにあるこの原本を丸ごと改変されていたとしたら、『サナトリウム』にいる全員が雪女のに引っかかっているはずだ。当然、まども。でもそんな荒稼ぎをされたって話は聞かねえ」

「だから『サナトリウム』の利用規約説は空振りだったって事じゃないの?」

「利用規約はフロント以外にも置いてあるはずだ。『サナトリウム』とは名ばかりで、実際には変わり者が集まるホテルとして機能しているんだとすればな」


 そう。

 凍傷さわぎが起きた時、遺産相続エージェントは犯行を続行しねえで、方法を組み替えようとしたはずだ。騒ぎが必要以上に大きくなる事は望んでいねえって思惑がうかがえる。たとえ荒稼ぎできるとしても、『サナトリウム』全体を巻き込むようなそうどうになれば流石さすがに警察が怪しむ可能性が大きくなる。まして、凍傷騒ぎを起こした直後で、成功の見込みも計算できなかったはずだ。最悪の場合、『サナトリウム』中の人間がまとめて凍死しかねない状況に、さしもの詐欺集団もしり込みしたのかもしれねえ。

 だから遺産相続エージェントは、『厳密に区切った被害』を生み出す努力をした。

『サナトリウム』を利用する、特定のターゲットだけを追い詰める『約束』。

 まとしぼって契約させる『利用規約』。


「サナトリウムの部屋に、施設案内の冊子とかはなかったか? ルームサービスやインターネット回線の利用方法なんかとまとめてある本だ。そういうファイルがあれば、おそらく利用規約のコピーもいつしよはさまっているはずだ」

「言われてみれば……」

「そして、そういう簡易型の利用規約には、いちいちサインを書いたりハンコを押したりする項目は存在しねえ。部屋に入った時点で、



 まどの病室に入ってみると、小さなテーブルの上に分厚いクリアファイルが置いてあった。予想通り、施設案内とワンセットになった簡易版の利用規約だ。


「全ての部屋にこのクリアファイルが置いてあるとすれば、特定のターゲットのクリアファイルだけ、別物と交換している可能性があるな」

「他の利用客が宿泊している部屋を調べるのは無理よ」

「最近、不自然に退去した空き部屋とかは? 見逃した事をしやべったら殺す。その後他の女に化けて結婚をせまる。雪女が提示するのはこの二段構えだが、だまって立ち去る事までは制限してねえはずだ」

「空き部屋ぐらいなら、職員に頼み込んで調べる許可をもらえるかもね」


 通りがかった女性職員に空き部屋のかぎを開けてもらい(つーか、どんだけ強権振りかざしているんだこのクラスメイトは)、中へみ込む。


「部屋に入った時点で俺達も『約束の迷路』にはまった可能性がある。気をつけろよ」

「まぁ気をつけるけど。でも相手は雪女でしょ? あたくしこれでも女でしてよ」

「攻撃のトリガーに『結婚』ってワードを使っているだけだし、その辺かなりあいまいになってんじゃねえのか?」

「かもね。でもそれをこうりよしたとしても、部屋の利用規約って施設の管理者と宿泊契約を結んだ人の間で適用されるのよね。私達関係ないんじゃないかしら」


 そうであってほしいのはいつしよだが、何分、集団が好き勝手に内容を付け足しているかもしれねえんだ。常識が通じない可能性は十分ある。

 クリアファイルを手に取り、中を調べる。

 フロントにあったものと同様、意図的に眠たくなるように設計された風に見える文章がしばらく続くが、その所々に違和感があった。

 フォントなどを統一しているため分かりにくいが、フロントでは見なかった条文がちりばめられている。


こうおつの他に、へいっていうのがある」

「これが雪女?」

「遺産相続エージェントかもしれねえけど」


 ただでさえ『分かりにくいフォーマット』で書かれている文章に偽装する形で、さらに人をだますのが仕事のグループが付け足した条文だ。頭の中がこんがらがりそうになるが、何とか文章の内容を組み直してイメージしていく。


 甲は乙の管理する施設の利用に際し、甲は丙との関係性を常に尊重しなければならない。


 丙は甲との結びつきを、金銭じようの関係性の変更ととらえる。


 甲のそうしつは社会性の喪失を意味するものとし、丙は一切の制裁を金銭的行為によって執行しなければならない。


 丙は立場上法的根拠を持つ金銭契約を結ぶ事はできないため、執行の代理は遺産相続エージェントが行うものとする。


「出てきた出てきた。結びつきっていうのは結婚かな。確かに人と人が結婚すれば、遺産の相続優先順位に変更は生じるものだけど……」

「喪失うんぬんの所で、雪女のペナルティとしての『死』が『金銭を失う事による社会的な死』に置き換えられてるな」

「で、妖怪が携帯電話の契約すらできない身の上であるのを利用して、巻き上げたお金は遺産相続エージェントへ回されるようにバイパスが作られている、と」


 話を要約するとこうだ。

 この改変クリアファイルが置かれた部屋を利用する客は、その時点で『雪女と自動的に結婚した』事になる。資産はターゲットと雪女が共同運用する事になり、平たく言えば全額巻き上げられる。

 また、この話をこばんだり、他の誰かに相談しようとすると、やはり『社会的な死を招くほどの金銭的罰則』を受ける事になる。

 いずれのパターンにしても大量の金銭が雪女に回され、しかし預金通帳を作る事もできねえ雪女に代わって、その資産は遺産相続エージェントが管理するようになっている。

 こうして最終的には詐欺グループにだけ全ての金が集まる仕組みが出来上がる。

 利用規約のクリアファイルさえあれば『約束』は成立するため、雪女の力は借りつつも、彼女がこの場にいる必要すらねえ。

 現行バージョンの『パッケージ』を、果たして当の雪女は理解しているんだろうか?


「ありゃ? 成功しても失敗してもターゲットは遺産を失うって事になるの? だったら捨て身で訴えるヤツが出てくるかもしれないじゃない」

「ペナルティは『金銭的罰則』ってだけで、金額までは提示されてねえ。成功したら資産が丸ごと失われて、罰則の場合はさらにマイナスの借金を背負わされるって事かもな」


 それこそ、かかわるやみきんか何かとつながっていて、『社会的な死』と表現されるほどの額を。

 人間にとっては、冬山で凍え死ぬより恐ろしい事態だ。


「ともあれ、これで決まりだな」

「でも、へいが雪女って明確な根拠はあるの?」

「おそらく」


 俺は分厚いクリアファイルのあるページの一文を人差し指で差す。

 そこにはこうあった。


 丙は夏を苦手とし、同季節の象徴であるセミを嫌うものとする。


    11


「んっ? そろそろ予約録画を入れておかないと。深夜ロードショーで地獄のクロノグラフやるというんじゃ見逃せないよね」

「自分の部屋でやって!! 俺は俺で海外ドラマ撮るんだからチューナー占有するんじゃねえ!!」

「……それにしても、雪女の『パッケージ』解明してしまったね。このままでは私の出番なんてないと思うんだけど」

「何だかんだ言って、実は役に立ちたかったのか……?」


 個人としては果てしなく面倒だが、種族としてのしきわらしが家人を手伝いたがっているのかもしれん。だとしたら理性がツンで本能がデレなのか?

 そんな風に思っていたのだが、


「だったら何のために私今までこんな話に付き合わされてきたのやら。これだけの時間があれば主人公のレベルを七から八は上げられたはずよね」

「そんなこったろうと思ったぜインドアようかいに話聞かねえと、ゲーム機全部まどに預けて遊ばせないようにするぞこの野郎」


 全力ですがりつかれて泣きべそまでかかれた。

 水や酸素並に娯楽を必要とするようかいだな。


「でも、『パッケージ』の輸出を皮切りにから逃亡の手引きをしてもらいたがっている遺産相続エージェントは、その手口をあばこうとするしのぶを放っておくのかな」