インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ⑧

「遺産相続エージェントはすでに何組かの富豪から大金を巻き上げているらしいからな。もうけは出てる。身分を変えたり行方ゆくえくらませたりするために、に『パッケージ』を売り込む算段なのかもしれねえな」


 そもそも、凍傷さわぎが起きていた頃、遺産相続エージェントはに失敗しかかってそのリスクまでていしている。状況は彼らの計画通りとは評価できねえだろう。ひょっとしたら、遺産相続サービスの最優先目標はすでに『大金を巻き上げる事』から『安全に逃走する事』へシフトしている可能性すらある。


「売り込んだ『パッケージ』がその後に不具合を起こしたら、から命をねらわれかねない。だからリスクは承知で『サナトリウム』に残り、細心の注意を払ってデバッグを続けているといったところかな」

「あるいは、そもそも『パッケージ』をアセンブルするのが目的で、にせっつかれて『サナトリウム』へやってきた可能性も否定はできねえが……まぁ低いな。ただのテストプレイなら本物の富豪を狙う必要はねえし」

「ふうん。となると、『サナトリウム』の詐欺事件と雪女の関連に気づく可能性があるしのぶを、遺産相続エージェントは全力で消しに来たって訳なのね。『パッケージ』完成前によこやりを入れられて骨子をゆがめられるのも避けたいだろうし」

「そーゆー事」

「……ますますきなくさくなってきたね。とか。夜のとうで銃撃戦とかあってもおかしくない空気になってきたよ」

「でしょでしょ」

「しかも致命誘発体の雪女がからんでいるとか。お金を巻き上げられずに済んだお客さんが凍死しかかったって事は、作為的に失敗すれば雪女を攻撃的に扱う事さえできる可能性がある訳よね。組織、銃器、超常の組み合わせ。地方警察の警官程度で何とかなる相手なのかしら」

「だからご相談しているのですよグータラしきわらし。いやーまったく何であのタイミングで雪女なんかに出会うかね俺は」

「そんな大バトルが待っているならやっぱり私の出番じゃないなあ。ぼんぼぼんぼぼぼぼぼんボンサーイ」

「だから飽きるな!!」


    10


 電気どうのバスを使って『サナトリウム』に戻ってきた。

 建物の中での準備に大忙しなスーツの男達はギョッとしたような顔になったが、ここでりようじゆうを持ち出せば流石さすがに富豪達が直接雇っている武装警備員達が安全確保のため一斉に動くと判断したのだろう。ぶるぶると小刻みに震えていたが、横を通り過ぎる俺に手を出す事はできねえ。


まど

「ほいさー」


 良く見るとあちこち物々しい待合室で再びクラスメイトと合流する。


「雪女を利用した『パッケージ』のしようさいあばくって言っても、具体的にどこを調べる訳? 言っておくけど聞き取り調査とかは難しいと思うよ。『サナトリウム』って偏屈な富豪が集まるホテルみたいなもんだから。ご近所付き合いなんて概念もない。私の口添えは職員さんにしか通用しないからそのつもりで」

「多分そっちはいらねえよ」


 俺はパタパタと手を振って、


「今回の『パッケージ』のキモは、そのものずばり『約束』に集約してる。見逃した事をしやべったら殺す、その後他の女に化けて結婚をせまる。この二段構えの応用で資産をじようさせる訳だな」


 ここで言う『結婚』は、もちろんお役所仕事で婚姻届をあれこれする事じゃない。雪女が攻撃のトリガーに使う、口約束の『結婚』。つまり重要なのは『結婚』ではなく、それを約束させる事にある。だから本来は中心に来るはずの『結婚』を別のものにげ替える事もできる訳だ。


「理想的じゃない? まず詐欺集団の事を誰かに話したらアウトって予防線を張った上で、無茶苦茶な取引を迫る。当然断ったらペナルティ。く雪女の特性や条件をスライドさせられれば、決して表面化されない巨額詐欺事件のモデルケースになるわ」

「だったら大量の死人が出ると思わねえのか?」


 まゆは眉をひそめて言う。


「『絶対確実に遺産をコントロールしますのでどうぞよろしく』『何も怪しい事はありませんからさあ全額どうぞ』……こう言われてうなずくヤツがいたら相当の鹿だ。普通の神経してたらまず怪しむ。現に、初期の遺産相続エージェントは失敗していたみてえだし」

「でも、約束をこばんだら死ぬんでしょ? だったら」

「だったら拒んで死んじゃうヤツが出るのが普通だ。


 あ、と惑歌が声を上げた。

 思い当たるふしがあるんだろう。


「例の凍傷さわぎだよ。おそらく最初は雪女をダイレクトに使うか、エージェントの連中が『直接』老人に取引を持ちかけたんだろう。そして失敗し……あやうくペナルティで老人を死なせかけた。あの時点である程度、雪女の特性や条件をいじっていたから死人までは出なかったようだが、

「だから遺産相続エージェントは方法を改めた」

「そもそも疑問をいだかせねえ方法で『約束』させる。引っかかりさえ感じさせなければ、凶悪なペナルティで老人を死なせずに済む。最初の入り口だけが問題なんだ。雪女の『約束』の中に取り込めれば、後は自由に料理できる」

「そんな方法あるの?」


 まどは懐疑的だ。


「遺産相続エージェントの話術自体はそれほどレベルの高いものじゃない。雪女を組み込んでも凍傷騒ぎを起こして失敗しかけたぐらいよ。そもそもの話ベタが何を底上げしたところで、結局ボロが出るのは同じなんじゃない?」

「だろうな。だからそもそも話さねえ。ターゲットの老人だって、そんな『約束』がある事すら知らねえんだ」

「……?」

「前に遭遇した『パッケージ』じゃ、こんなやり方があったよ」


 俺は一度短く区切ってから、


。誰も読まねえ、でも同意しないとソフトを利用できねえ。そういう長文の中にこっそりとな」

「まさか……」

「ここにもあるんだろ」


 俺はあちこちを見回し、


「『サナトリウム』の利用規約。惑歌だって目を通した覚えはないんじゃねえか? そこにこまごまとした条文を追加できるとしたら、得体のしれねえようかいと『約束』させたがっている連中にとっては都合が良過ぎるぜ」



 利用規約の原本は『サナトリウム』正面のカウンターに置いてあるらしい。利用客ならともかく職員には顔が利くらしい惑歌の応援を受けて、俺はその電話帳みたいに分厚い利用規約の原本に目を通す。


 こうおつの管理する施設の利用に際し、内部へ持ち込んだ物品を常に乙へ開示・説明する義務が生じる。


 こうおつの管理する施設を利用する間、乙は甲の所有物の保護に全力をくすが、これは努力目標であって義務は発生しない。よって、乙の管理する施設の利用中に甲の所有物が紛失・破損したとしても、乙に補償義務は生じない。


 甲は乙の管理する施設を利用する場合、乙の管理する備品を適切に取り扱う義務が発生する。甲がこの義務をおこたり、乙の備品を破損させた場合、甲はその全額を補償する必要がある。


「……何でこう、利用規約とか契約書ってヤツは堅苦しい言葉でまとめたがるのかね」

「流し読みさせるためでしょ。ほら、こことか汚ねー。利用客のお財布がなくなっても施設は責任は取らないって書いているのに、施設の備品を壊した時は例外なく利用客が全額弁償だって」

「ただ、雪女がらみのワードが付け加えられているこんせきはないな」


 乙の管理する施設の利用中に甲の所有物が紛失・破損したとしても、乙に補償義務は生じない……という辺りはクサいと言えばクサいのだが、この一文だけで雪女がターゲットの財産を巻き上げるには


「読み違えちゃったかな?」

「いや……」