インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ⑦

『ええ。真夏の「サナトリウム」で、おじいちゃんおばあちゃんが凍傷になったってぐらいだけど』

「……ありえるのか、そんなの?」

『エコを完全無視した設定温度のエアコンと、寝たきりって環境が組み合わされば。涼風を直接、何時間も肌の一ヵ所に浴びせ続けるとそんな感じになるかもね。ただ、立て続けに四回五回って繰り返されたのは確かに異常だった。「サナトリウム」なんて言ってもアトラクションっていうか、サービス業だからさ。そういう事態が続くとブランドイメージに響くって、職員の人達もあせってたみたいだよ』

「でも、ウワサは沈静化した」

『原因は特定された訳じゃなかったんだけどね。仮に悪意のある人災だとすれば、仕掛けていた側がパッタリやめちゃったっていうのが正しいのかしら』

「そっちも遺産相続エージェントが?」

『凍傷さわぎが起きていた頃にはすでに出入りしていたけど、明確なつながりまでは見えていないわ。ただ、凍傷になったご老人達はいずれもばくだいな財産を持っていた。連中からすれば、しい標的だったのは確かね』

「……質問なんだが、凍傷騒ぎが起きていた頃から遺産相続エージェントが出入りしていたって事は、その時からの被害に遭っていた利用客はいたのか?」

するどいね』


 電話の向こうでまどは笑っているようだった。


『当時の被害はゼロ。美味しいカモには接触していたようだったけど、そこまで簡単に巻き上げる事はできなかったみたい。……ただし、凍傷騒ぎが収まった辺りから、ポツポツと詐欺に実りが現れ始めた。ま、被害者から直接聞いた訳じゃないけど』


 やっぱり、と思わずつぶやく。

 となると、可能性は一つだ。


「最初の凍傷騒ぎは、『パッケージ』の試用テストだな。そこで威力や条件の幅を調整した上で、本チャンの詐欺事件で運用を始めた」

『「パッケージ」……』

。毎度おなじみれいしよう事件の典型例ってヤツさ」


 いくらでもお金を引き出せるキャッシュカード。何人殺したって絶対に犯人が見つかる事のない包丁。

 普通に考えればまず実現不可能な『夢のアイテム』だが、それも普通なんてはんちゆうに収まらない連中の力を上手に組み込む事さえできれば手が届く。

『アイテム』として表に出ているのは一部分。

 実際には、ようかいや犯罪組織といった、もっともっと大きな歯車がいくつもみ合って成立する莫大な完全犯罪施設……それが『パッケージ』。

 昔話に出てくる打ち出のづちやら、有名なオペラで語られる悪魔の力を借りて作られた銃弾みたいなものが、振り込め詐欺のマニュアルみたいに『形のないアイテム』として組み直されたものと考えればイメージしやすいだろうか。

 面倒くさいのは、当の組み込まれているようかいにその自覚はなく、犯罪行為に加担している事も人様に迷惑をかけている事も知らないってところだが。

 雪女の特性と言えば……見逃した事をしやべったら殺す、その後他の女に化けて結婚をせまるの二段構え。『約束の強要』なんて、いかにもグループが欲しがりそうな特性だ。おまけに『喋ったら殺す』から、告訴の妨害まで備えている。

 問題なのは、雪女の約束は『結婚』を軸に置いている事。

 この『結婚』の部分を自由に付け替える事ができるようになれば、どんなじんな金銭契約だって結ばせる事ができる。


「……どうやって『約束』させた……?」


 俺はうめくように言う。


「おそらく凍傷さわぎが起きていた頃は、その『約束』ってのに失敗してたんだ。あるいは『約束』をこばまれたか。当時はストレートに雪女を『サナトリウム』の中へ招いていたかもしれない。でも、凍傷騒ぎがパッタリ収まった時点で、遺産相続エージェントは別の方法を思いついている」

『何か引っかかる事は思い出せないか、とか質問しようとしてる?』

「おおうエスパー!」

『ところが残念、そんなの何にも思いつかないのです!』

「この野郎……!!」


 携帯電話を握りつぶしそうになるが、俺にしたって『何を探してほしい』と明確に注文を出せるほどのビジョンはねえ。指示を出せない人間がまどに成果だけを期待するのも間違っているか。

 仕方がねえ。


「……これからもう一度『サナトリウム』に戻ろうと思う。一般来場ってまだ間に合うか?」

『いやいやしのぶクンりようじゆうねらちされてなかったっけ?』

「だから短期決戦で終わらせてえの。暗い夜道に入るたびにあんなので狙われ続けたらたまったもんじゃねえ」

『そういう事なら。まー時間の方は問題ないと思うよ。何かあれば常連さんの私が口添えするし。ひとまず次からはバス使った方が良いね。各停じゃなくて、ちょっとお高い直行便。それなら山道で止まる必要はないからリスクは減るはず。まぁ、襲撃の可能性を完全に消せるわけじゃないけどさ』

「そうする。つーかお前の方は大丈夫なのか?」

『「サナトリウム」自体は富豪が集まる施設だからね。セキュリティはしっかりしてる。そもそも、ここが危ないようなら、君は帰る前に襲われているね』

いやな証明してくれてありがとう」


 携帯電話を切る。

 老人相手のグループどころじゃねえ。いよいよきなくさくなってきた事態に、俺はゲンナリしながら自分が下りてきた山の方を見返した。

 さて。

 死地へ逆戻りだ。


    9



『パッケージ』には大きな問題点が一つある。


「ぼんぼぼんぼんぼぼぼぼんボンサーイ」

「飽きるなしきわらし!! 話はまだ終わっていない!!」


 人の話を聞き流し、鼻歌混じりで青白い光を発する紫外線ライトの位置を調整したり、透明なはちえに満たされた水溶液にスポイトで栄養剤を注いだりする座敷童。盆栽自体は浴衣ゆかたようかいに似合わなくもないが……何でこう全体的にSF臭を漂わせたがるんだ!?

 ちなみにこの趣味があるせいか、この座敷童はグータラのくせにうちのじいちゃんからえらく可愛かわいがられている。


「いやあ、聞けば聞くほど私の出番はなさそうだなと思ってね。あれね、もういっそネットの知恵袋とかに書き込んだ方が良いんじゃない?」

「あれ、訳知り顔で答えを書き込んでくるヤツがいまいち信用できねえんだよな……」


 そして話を脱線させるな。

 うるんだ子犬のひとみで見上げるぞこの野郎。


「……ど、どうしたのしのぶへびが獲物をねらうような目をして。ついに思春期の性欲が暴走寸前だとか?」

「もう良いです、はい。とにかく話を元に戻してくださいます?」

「ふーむ。雪女の約束を利用した遺産じよう関連の『パッケージ』ねえ」


 真っ赤な浴衣の座敷童は一通りSF盆栽の手入れを終えると、ようやくこちらに向き直る。


「事が『パッケージ』にまで発展しちゃうと、やっぱり遺産相続エージェントの最終目的はアレなのかな」

「そこそこの疑惑をぶつけられても行方ゆくえくらまさねえで『サナトリウム』の出入りを続けているって事は、ありえるかもな」

「『パッケージ』の輸出……」


 そう。

 妖怪の特性や条件を人間が構築する犯罪計画に組み込んだ『パッケージ』は、確立したプランや方法論そのものを『商品』として売り出す事ができる。振り込めがパターン化されて全国にばらかれたのと同じだ。

 当然、拡散すれば社会がゆがむ。

 事は『サナトリウム』の中だけでは済まなくなる。

 世界でたった一つしかない打ち出のづちとは違う。『パッケージ』はようかいの力を借りているものの、あくまでも人間の手で作られているのだ。完成品を求める心、製造に必要な技術と材料、それらがそろえば誰だって用意できる。してしまう。